2 しんぺんせいり
「うん」
何だか書いているうちに本当に死にそうな気分になってきた。
メッセージはこんなところでいいだろう。続いて事務的な話に移る。遺書なのだから本題はむしろこっちだ。
遺書となれば遺産相続の話は避けては通れないだろう。私の遺産というと郵便貯金に入っているのが全部だけど、お年玉もほとんど使わずに我慢して貯金にあてていたのでそれなりの金額はあるはずだ。
相続先は兄になるのかな、やっぱり。
兄にやるくらいなら慈善団体に寄付して欲しいと書いてもいいけど、それは流石にちょっとカドが立つだろう。これを読まれる時は私は死んでいるのだから、文面からは天使のような少女が思い浮かぶようにしていた方がいい。これまた我ながら片腹痛い話だが。
ただし、くれぐれも私の貯金は大事に扱い、いざという時のために決して無駄遣いはせぬこと――と、厳重に書き添えておいた。
あとはいくつか簡単に箇条書きに近い感じで書く。
私の同級生で子供タレントの星井里奈(本名吉田里奈)は我がクラスの誇りなので、私がいなくても応援を続けること。
ノラにきちんと餌をやること。
ノラを毎日散歩に連れて行くこと。
ノラのシャンプーは週に一回行うこと。
ノラに予防接種を定期的に受けさせること。
「うーん」
私は唸ってから、書き終えた紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放った。
これはノラの項目を別に用意すべきかもしれない。思えば犬とはいえノラは立派な家族なのだ。しかも父母のように無駄な喧嘩はしないし兄のように煙草も吸わない。私の言うことはきちんと聞く、とても可愛い奴だ。
ノラとの馴れ初めにもちょっとした思い出がある。私達がこの町にやってきたのは二年前のことで、それ以前は三つほど離れた町の借家に住んでいた。その家の近所に花屋さんがあって、そこに置いてあった青紫色の花がとても綺麗で、私はずっとそれに見とれていた。その花屋のお姉さんがとても親切な人で、せっかくだからと私にその青紫色の花をくれたのだ。しかし家の庭は日当たりが悪く、その花を植えるには適さないと言われた。仕方がないので近所の公園の隅の方に勝手に植えた。
それがいつの間にやら繁殖して、数年後の秋には公園の外縁をぐるっと青紫色の花がなぞるくらいになっていた。私としては小気味良かったので、特に用がなくても半球体の遊具の中で長い時間を過ごしたり、滑り台の上から花を眺めたりしていた。
そんなある日、私の花壇を掘り返しているけしからん子犬を見つけた。それがノラだ。
大抵の子犬は可愛く出来ているので私は一目で気に入った。大した悶着もなくすんなり飼えることになった気がする。少なくとも記憶に残らないくらいにはすんなりだった。
名前は野良犬だったからノラ。正直、安直だったと思う。
まあそれはいいのだけど、私がいなくなった後のノラは少々心配だ。家族のうちで一番私に懐いているのは言うまでもないけど、まともに世話をしているのも私だけだ。今は両親も私に義理立てして予防接種や私の不在時の面倒なんかは見ているけど、私が死んでも続けてくれるかどうか、どうも怪しい。
私はそろりと家の外に出た。おっかなびっくりといった足取りだったが、幸いにもスズメバチに襲われることなくノラの小屋まで辿りついた。ノラはもう寝ていたが、私に気づくと尻尾を振りながら擦り寄ってきた。
「ねえ、ノラ」
私はノラの目をまっすぐ見ながら話しかける。
「あんた、私がいなくなったらどうする?」
ノラはぺろりと私の頬のなめた。