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月 ―EML1と2の間で

 西暦二一二四年二月二一日


 乗員二名と乗客九名、機材類を積んだ軌道間連絡船ひばり三号は、月の公転軌道を横切ろうとしていた。


 現在、月面上空一万キロメートルほどのところを飛んでいる。ここから月を肉眼で見たならば、腕を伸ばして親指と人差し指を広げたときの幅くらいに見えていただろう。

 核融合エンジン付近に付いている二枚の放熱板は若干赤いながらも白熱しておらず、エンジンが推進モードになっていないこと、つまり慣性のみで飛行していることを物語っている。




 乗員二名と乗客定員二四名、最大五〇名を乗せて飛行できる〝ひばり三号〟は、日本の核融合ロケットF1C(エフワンシー)ロケットの派生型で、メインエンジンに小型のタンデムミラー型核融合炉を使う、旧型のロケット/宇宙船だった。


 全長は二五メートルほど。前部の与圧モジュールは直径一六メートル、高さ八メートル強のやや平たい円筒形で、中身が膨らんだ缶詰を連想させた。中は二階建てになっており、上階〝メインデッキ〟が座席のある乗客区画で、下階〝サービスデッキ〟にはトイレや予約制の個室などがある。

 船体後部には推進剤タンクとエンジンが付いており、横に放熱板が広がっている。


 これだけの小ぢんまりした宇宙船だが、平均加速度〇・〇五Gを維持でき、地球低軌道から月周辺までの三十八万キロメートルなら十五時間半で飛行できた。


 長時間の噴射と高推力を両立できる核融合ロケットでの飛行は、道のりの前半はひたすら加速し、増速量が最大となる中間で一旦エンジンを止めた後に船体を反転。後半は再度エンジンを稼働して再び加速――逆方向なので減速になる――というパターンが基本だった。ただし加速時間が長くなると増速量が増え、そのぶん減速につかうエネルギーも多く必要になる。

 近距離の場合、宇宙放射線被曝など健康に考慮するのを大前提とした上で、経済性も考慮し、前半の加速を適当なところで止め、慣性飛行を多くとる方法が用いられる事が多い。時間は少し余計にかかるが、燃料や推進剤消費を抑えられるほか、放熱板の劣化を抑えることもできる。


 ひばり三号の任務は、地球-月系ラグランジュ点二(EML2)を回るHORICX(ホリックス)――ハロー軌道上研究産業複合体――の日本ドックと、地球-月系ラグランジュ点一(EML1)周辺のハロー軌道上にある中継ステーション〝ゲイトウェイ・ワン〟との間を往復して人員や貨物を輸送することだった。


 今回の飛行も比較的近距離のため、慣性飛行を多くとるプランがとられた。加減速を三時間ずつ、中間を慣性飛行ですませる方法だが、四時間半ずつの加減速を行うのに比べて時間が四〇分強余計にかかるだけですむ。


 現在、ひばり三号は行程のほぼ中間地点にいた。船体を反転させる頃合いである。



 「乗客は全員、着席しています。RCSチェック、こちらでも問題なし。いつでもいけます」 右の操縦士席に体を固定している長谷部が言った。

 操縦室前面のモニタには、乗客室にある赤外線センサ、圧力センサ、映像による乗客の状態の解析結果が表示されていた。すぐ下には船内カメラを使った(プライバシなどに考慮していることはもちろん)映像もあり、すべてで問題の無いことを、左の船長席に体を固定している山崎も確認した。


「放送を開始」 山崎が言った。長谷部はうなずくと手元のタッチパネルを押し、中性的な印象のあるコンピュータ音声を流した。


「ただいまより、逆噴射の姿勢をとるため船体が回転します。座席番号AとDから始まる方は体が座席から少し浮く感じに、BとCから始まる方は座席に少し押しつけられる感じになります。体調に変化があった方はお手元のボタンでお知らせください」


 音声が流れている間、船長の山崎は行程の再確認を行った。ここまで目立った問題は今のところ無い。


「これより船体回転を開始する。回転運動(ローテーション)自動(オート)。ピッチ、ロール、ゼロ。ヨゥ、プラス一八〇、セット」 山崎は作業内容を声に出しながらボタンを押していった。 「実行」


 操縦室のモニタに、稼働するRCSスラスタの番号、回転率、推進剤消費量、消費電力などの数値が流れる。山崎はそれらの数値を一瞥した後、操縦桿を軽く右に倒した。


 全長四十メートルほどの船体の前後から、互い違いに薄く白い蒸気が円錐状に噴き出した。音もなくゆっくり、ゆっくりと船体が回転していく。それまで月面に対して左側(・・)を見せていた宇宙船だが、徐々にメインエンジンのノズルが月面側を向くようになった。回転は止まらず、船体の右側(・・)が月面の方を向き出す。

 再び白い蒸気が互い違いに、先ほどと左右逆のRCSスラスタから噴き出した。回転速度が徐々に落ちていく。やがて、進行方向に船尾――メインエンジンのノズルが向いた状態で回転が止まった。


「回転完了。姿勢安定、微調整の必要なし。軌道は……、現在のところ顕著なズレは認められない」 山崎が言った。長谷部は軌道の詳細な確認をしているが、これには間をおいた数回の測定が必要なので時間がかかる。しかし簡易的な測定では特に異常は認められない。

 少したって長谷部が山崎に軌道問題なしの報告を行い、船内放送をかけた。


「船体の反転が完了いたしました。今しばらく無重力状態が続きます。船内を歩く場合は十分ご注意ください。予定では今から一時間半後にメインエンジンを点火し、逆噴射に入ります。噴射は三時間続きますので、その間〇・〇五Gの加速がかかります。逆噴射前には放送をかけますので、それまでの間ごゆっくりおくつろぎください」


 山崎と長谷部はお互いに向き合い、うなずき合った。行程の半分が終わったことになる。




「すまんな、本来なら君がこっちに座っていても良さそうなもんだが」 山崎船長が言った。


「いえ、私はあくまでも代理ですから。十日前にこっちに来てから今日まで暇でしたしね。月周辺飛行の経験を積めて感謝してるくらいです」 長谷部が言った。


「ひま、ね。何やってるかは聞かないでおくよ」 苦笑しながら山崎が言った。長谷部が何らかの資料(・・・・・・)に没頭していたことは一部の宇宙飛行士たちが知っている。 「俺らは話に乗らなかったからな」


 話に乗らなかった――、やはり山さん(・・・)たちにも(有人超光速宇宙船)の話がきていたのか、と長谷部は思った。ただ、長谷部と違うのは二人とも既婚者で子供もいたことだ。地球に家庭があるのならば、例の話(・・・)を断るのも仕方がない気がする。


鳴川(なるかわ)のやつは()の方でちょっと面倒なことになっててな。まあ、それがなくても話に乗らなかったみたいなことを言ってたねぇ。俺は荷が重すぎるわ、いくらなんでもな」


 果たしてそうだろうか、と長谷部は思った。


 七年前の地球低軌道ステーション事故により、一時的な人材不足を補うために火星圏から月周辺へ呼び戻されたのが山崎と鳴川だった。現在二人とも五〇歳を超えており、年齢的にも体力的にも有人超光速宇宙船のテストパイロットとして候補に入るのは非常に難しいとみるべきだろう。

 とはいえ、長年の経験の蓄積は何物にも代えがたいものがあるはずだ。たとえAIによる解析で、それらの経験が誰にでも使えるようになっているとしても。


 長谷部が一言声をかけようとしたとき、音が鳴った。警告音ではなく何らかの呼び出し音を示す柔らかい音色だった。長谷部がチェックすると、客席の一つからの呼び出しを示している。



 今回の乗客は全員JSA(日本宇宙機構)の職員だった。地球から出向いた八名と、木星圏から来た一名である。いわば〝仲間内〟の関係であり、通常なら使われない乗員との直接会話が許可されていた。

 最近、JSA本部から二十人ほどが日本ドックに向かう事になった。中でも非常に重要な数人は別々の便で運ばれた。最初のグループは三〇時間前、日本ドックに到着しており、今回の飛行は二回目のものだった。


 山崎も長谷部も、誰がどの席に着いているか把握している。呼び出しがあった座席番号は、今回の乗客の中で重要度が最高ランクの人間だった。普段は特別な便宜が図られるわけではないが、緊急時においてこの人物の安全確保は何者にも優先される。座席配置も救命カプセルのすぐ近くに配置されていた。このことは山崎と長谷部の他、一部にしか知らされておらず、口外も厳禁となっている。とはいえ誰も言わないだけで、当人含め皆が薄々感じ取っていたが。



 長谷部は山崎の方を向いて軽く頷いた。山崎は少し考えてから頷き返す。長谷部はタッチパネルを操作して通話をオープンにした。やりとりは操縦室内のスピーカーから聞こえるようになる。


「操縦士の長谷部です。いかがいたしましたか」

「宇宙船技術部門A2プロジェクトチームの胡桃沢です。お伺いしたいことがあるのですが、今よろしいでしょうか」


ゲイトウェイ・ワン: 地球-月系ラグランジュ点一(EML1)周辺のハロー軌道上にある多国籍中継ステーション。主に地球や外惑星と月周辺との中継基地として使われ、人員交代や物資・推進剤補給に用いられる。

 NRHO軌道にあった従来のクラシック・ゲイトウェイ(月周回有人拠点)は月面崩壊事件時に近月点付近にあったことから破壊され、月から離れたハロー軌道上に新たに作られた。二一二四年現在、月面との往還の利便を図るため、再びNRHO軌道に移動することが考えられている。


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