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リィンバース 〜神秘の花の物語〜  作者: Hoppy5
1章 二人の姉弟
6/6

4節 お前はいったい誰なんだっ‼︎

この節はまだ未完成です。

 ──最初に見えたのは、炎が燃え広がる屋敷の一室で血を流して倒れている男女の姿だった。その(かたわ)らには、血に(まみ)れたナイフを握った人影が(たたず)んでいる。


 クローゼットの中で息を潜める二人の子供は互いに身を寄せ合いながら、薄く開いた扉の隙間からその凶行を目の当たりにしていた。


「父さん……母さん……」


 少女が少年のことを強く抱きしめたとき、その光景が炎に巻かれて消えた……。




 ──次に見えたのは、焼け落ちた屋敷の前にたむろする人々と、(すす)で汚れた二人の子供の姿だった。その人集(ひとだか)りの中から男の声が聞こえてくる。


「もうここにお前たちの居場所はない。即刻出ていけ‼︎」


 男の言葉に触発されるように、ほかの者たちも子供らを追い立てる。


『出ていけ‼︎ 出ていけ‼︎ 出ていけ‼︎』


 二人の絶望に打ちひしがれる表情を見た瞬間、その光景が急速に遠のいていった……。




 ──最後に見えたのは、闇の中で悲しい表情を浮かべる少女と、その背後に忍び寄る灰色をした獣の姿だった。獣は左目が潰れていて、赤黒く染まった顔が異様な気配を(かも)している。


 危険を感じたボクは少女に向かって大声で何度も呼びかけるが、どうしてか気づいてくれない。


 獣がゆっくりと近づいていく。


 ボクは彼女を助けようと勢いよく走り出すが、その身体は(なまり)のように重く、思うように動けなかった。


 走っても走っても前に進めず、自分だけ時間の進みが遅くなったような気持ちの悪い感覚が(まと)わりつく。


 やがて歩みを止めた獣は、鋭い牙を()いて少女へと襲いかかった。


「やめろぉおおおおおっ‼︎」


 突き立てられた牙がそのか細い身体を貫き、吹き出した血飛沫(ちしぶき)が視界を埋め尽くす。


 力なく倒れた少女の噛み傷からは赤い鮮血が止めどなく流れ、横たわる姿を囲むように血溜まりを作った。


 獣のギラついた眼光がボクのほうを向く。


 大きく開かれた口の周りはべっとりとした返り血で赤く染まり、その口の中には不気味な闇が渦を巻いている。


 そしてボクの意識はその渦の中へと吸い込まれていった……。





 ◇ ◇ ◇





「うわぁああぁぁあああっ‼︎」


 目の前が歪むような感覚に動転し、少年は叫び声を上げた。


 乱れた呼吸の中で早鐘(はやがね)を打つ心臓の鼓動が胸を叩き、身体が小刻みに震えている。


 頭が重く、クラクラしてなにも考えられずにいると、不意にさっきの光景が脳裏にちらついた。


「あいつはっ⁉︎」


 少年は慌てて辺りに視線を巡らせるが、そこには獣も少女もいなかった。


 日が落ちた暗い森の中に、木の間から月光が差し込んでいる。


「ここは……」


 ついさっきまで、真っ暗な空洞の奥へと進んでいたはずなのに、気がつくとまた見知らぬ森の中にいた。


 ──そう、知らない森の中だ。


 そのはずなのに、目の前の風景をどこかで見たことがあるような、そんな既視感を少年は抱く。


 それに、さっきの光景はなんだったのか。


 まるで現実のような生々しい存在感。つい最近、似たような感覚の中に引きずり込まれたが、そのときより遥かに鮮明だった。


 炎の熱や焼け焦げた臭い、人々から向けられる悪感情、牙を()く獣の殺気。


 そして暗闇の中で手を差し伸べ笑顔を見せてくれた少女が、たくさんの血を流し倒れていた。


 そのことを思い浮かべると手が震え出す。彼女は自分にとってなんなのか、どうしてこんなにも胸が痛むのか。


 少年が苦悶に表情を歪めたとき、聞き覚えのある笑い声がどこからか聞こえてくる。


「キィッヒッヒッヒッ! いい夢は見れたか小僧?」


 ハッとした少年は声のするほうへと視線を向ける。


「お前はっ⁉︎」


 月の明かりに照らされた朽木(くちき)の先端。そこには化け物に襲われる直前に出会った赤服の老人がいた。


 ついさっき辺りを見回したときは確かにいなかったはずなのに、いつの間に……。


 少年が驚きに目を見開く中、鼻を鳴らした老人は呆れた様子を見せる。


「おやおや、もしかして泣いておるのか?」


「泣いて……いる?」


 そう言われて初めて、一筋の涙が自分の(ほほ)を伝っていることに気がつく。


 どうして涙を流しているのか。血に(まみ)れた少女の姿が脳裏に浮かび、振り払うように両手で顔を(ぬぐ)うと、少年は目の前の老人を睨みつけた。


「お前はいったい誰なんだっ‼︎ 夢ってなんのことだっ⁉︎」


「ヒッヒッ、威勢のいいガキじゃわい。そうでなくてはな」


 問い詰められた老人は不適な笑みを浮かべ、頬杖(ほおづえ)をつきながら自身の名を告げる。


「ワシの名はレプラ・ホルン。アンテモッサの長老じゃ」


「れぷら……ほるん? あんてもっさ⁇」


「覚える必要はないぞ? どうせ短い付き合いになるんじゃからな」


「それってどういう意味だよっ⁉︎」


「キッヒッヒッ、言葉通りの意味じゃ」


 含みのあるその言い回しに少年は一抹(いちまつ)の不安を覚えたが、そんなことはお構いなしにレプラは続ける。


「お前がさっきまで見ていたものは、この先に降りかかる大きな試練の啓示じゃ」


「なんだよ、それ……。いったいなにを知ってるんだっ⁉︎」


「やれやれ、尋ねてばかりおらんで、少しは自分の頭で考えたらどうなんじゃ?」


「そう言って、またボクがもがき苦しむさまを嘲笑(あざわら)うつもりだろっ! おちょくるのもいい加減にしろっ‼︎」


「ヒャッヒャッヒャッ! 少しは学習したみたいじゃな」


「この、クソジジイ……」


 人をコケにするようなおどけた態度を見せられ、少年は苛立ちからギリッと歯を鳴らした。


 その様子を見たレプラはニヤリと口角を吊り上げ、満足そうな笑みを浮かべる。


「焦らんでも、じきに全てわかるわい。その道の先へと進めばな」


 レプラは少年の頭上のほうを指差す。


 だが、その指し示す先にあるのは、暗くて見通しの悪い鬱蒼(うっそう)とした森の風景だけ。道と呼べるものなど、そこには存在しない。


「道なんて、そんなのどこにあるんだよ?」


 目の前の老人がまたなにか企んでいるのではと警戒し、さんざん酷い目に遭わされた意趣返しのつもりで、皮肉を込めて聞き返す。


「キッヒッヒッ、お前の目は節穴か? ほれ、うしろを見てみろ」


 レプラは(あご)をしゃくり少年を(うなが)す。


 ささやかな反抗すらも軽くあしらわれ、それどころか、たったの一言に己の確信が揺らぎ、背後に意識が傾いてしまう。


 手のひらの上で踊らされているような不快感。だが少年には、これからの行動を決める指標がなく、望むと望まざるにかかわらず、その言葉を聞き入れるしかなかった。


 道なんてあるわけがない。そう自分に言い聞かせながら目をつむり、意を決して背後を(かえり)みた。


「・・・」


 視界いっぱいに広がる夜の暗闇、代わり映えのしない森の風景。わかりきっていたこととはいえ、まんまと乗せられてしまったことに腹を立てた少年は「ジジイッ‼︎」と声を荒げながら、ふたたび老人のほうを振り返る。


 しかし、込み上げた怒りも束の間、少年は眼前の光景に目を疑った。


 (まばら)に根を下ろしていたはずの木々が整然と奥に向かって立ち並び、伸びた大枝が重なり合って弓形(ゆみなり)を描き、その中心に大きなアーチを形造っている。


 形容するなら、それは(まぎ)れもなく〝道〟だった。


 その尋常ならざる光景に少年は身震いをする。ほんの一瞬目を離しただけでこんなにも地形が様変わりするなんて、理解ができなかった。


 そしてレプラと名乗った老人の姿も、朽木(くちき)と共に消えていた。


 ごくりと喉を鳴らす。弄ばれたことへの怒りなどは完全に頭から抜け落ち、目の前で起きた不可思議な出来事に戦々恐々としている。それに加えて、一人取り残されたことへの心細さで足が(すく)んでしまっていた。


 あちこちから聞こえてくる鳥獣の鳴き声や、草木の()れる微かな音にすら敏感に反応してしまう。


「……なんなんだよ、あのジジイは」


 無意識に発した言葉だったが、それと同時に老人の言っていたことが頭に浮かぶ。〝その道の先へ進めば全てわかる〟と確かそんなことを言っていた。


 自分を(あざむ)くための戯言(ざれごと)なのか、それともほかに思惑があるのか。意図が掴めず困惑する。


 そんな中、目の前に現れた道の奥へ向けた視線の先で、(ほの)かに(きら)めく光りが見えた。


 不思議なことに、その光りを見たとき少しだけ胸の不安が和らぐのを感じた。


「……上等だよ」


 たとえ(たばか)られていたとしても、この道行く先に自分が失ったものを知る手掛かりがあるなら、立ち止まっているわけにはいかなかった。


 怯んだ心を鼓舞するように拳を握り、闇路(やみじ)の奥に見える光りへと向けて震える足を踏み出した。





 ◇ ◇ ◇





 長い道のりを経て、光りの向こう側に辿り着いた少年の前には一面の白い花畑が広がっていた。


 開けた天井には大きな月が佇み、真夜中の広場は月光に照らされ白昼(はくちゅう)のような明るさに満ちている。


 ずっと薄暗い中にいたせいもあってか、その明々(めいめい)とした空間に心弛(こころゆる)びしてしまう。


 だが、それも束の間のことで少年は胸の内がざわめくのを感じた。


 ここに来たのは初めてのはずなのに、見覚えのある光景を前にして猛烈な既視感に襲われる。


 この場所はいったいなんなのか。モヤモヤとした気持ちの悪さから逃れようと意識をほかのことに向けようとしたとき、少年の脳裏に数多の映像が(なだ)れ込んできた。


 それらは急流のように目まぐるしく過ぎ去っていき、映し出される情報の波に翻弄されてしまう。


 けれども、どれ一つとして今の自分に覚えのあるものはなく、それなのに、その断片が視界を横切るたび胸を(えぐ)られるような不快な感覚に見舞われた。


「ぐっ、うぅぅ……」


 押し寄せる激痛に少年は(ひたい)と胸を強く押さえる。しかし、歯を食いしばって必死に耐えても、なにかを思い出すまでには至らなかった。


 あと少しでわかりそうなのに、そこに手が届かないもどかしさが焦燥を駆り立てる。


 ほどなくして、脳裏を埋め尽くしていた奔流が落ち着き痛みが引いていくと、少年は感情任せに近くの花を蹴散(けち)らした。


「クソッ‼︎」


 花弁が(ちゅう)を舞い、破れた花筒から花汁が飛び散る。


 ここに来れば全てわかるとジジイは言っていたが、あるのは広場に咲き乱れる白い花と、胸に渦巻くわだかまりだけだった。


 なにもわからない。なにも思い出せない。途方に暮れ立ち尽くしてしまう。


 ふと、先ほど散らした花の花弁が視界を横切り足元へと舞い落ちてくる。特に意味もなく、なんとはなしにその花びらをじっと見つめる。


 純白の中に水滴を落としたような赤黒い斑点(はんてん)模様が異様に目を引く。けれども、模様と呼ぶにはそれは歪で、(こす)り付けたように見受ける印象だった。


 その擦れた赤黒い模様がまるで〝血〟のようだと思えたとき、自分が八つ当たりをした辺りの花にも同じようなものが付着していることに気づく。


 それは花畑の中へと向かって続いているようで、失いかけた手掛かりを見つけた少年は吸い寄せられるようにその跡を辿り始めた……。




 ──(はや)る気持ちに()き立てられ、眼前の花を掻き分けて一歩、また一歩と足早に進んでいく。


 これまで自分が体験した不可解な出来事の答えがすぐそこにある。そう信じたいという(すが)りつくような思いが少年を駆り立てる。


 散見する赤黒い模様が視界に入るたびに心中を掻き乱されるが、その歩みが止まることはない。


 そうして花畑の中程(なかほど)を目前にしたとき、周囲に満ちる花の香りとはあきらかに違う、なんとも言えない異臭が鼻をついた。その臭いは目と鼻の先にある、不自然に(くぼ)んだ一角から漂っているようだった。


 (くぼ)みの(ふち)に垣間見える(おびただ)しい深紅の光景に全身が戦慄(わなな)き、進もうとする意思に対して進みたくないという本能が足を引っ張り浮き足立つが、ここまで来てあとには引けない。


 生毛(うぶげ)が逆立つようなビリビリとした感覚に嫌な予感を抱きつつ、この身になにが起きているのか、答えを求めてその場所へと踏み込んでいく。





 ◇ ◇ ◇





 目の当たりにした凄惨(せいさん)な光景に息をのむ。


 そこにあったのは一面を染めるドス黒い血痕と、まるで食い荒らされたかのように無惨な姿をした、人と(おぼ)しき残骸だった。


「うっ⁉︎」


 散乱した生々しい臓物と死臭に嘔吐を(もよお)す。


 目を背けたくなるほどの残酷な惨状。初めて触れる人の死を前にして動悸が激しくなる。


 思わず後退(あとずさ)りするが、自分はなんのためにここまで来たのか、それを思い返すことでなんとかその場に踏みとどまる。


 一見した限り、ここにあるのはズタズタにされた血塗(ちまみ)れの屍だけ。広場をくまなく探し回ればなにか見つかるかもしれないが、それは干し草の山から針を探すような行いに思えた。


 それに、あの陰険なジジイに言われるがままここまで来たが、全てがわかるどころか、案の定なにも思い出せはしなかった。


 この光景を自分に見させることで精神的苦痛を与え、せせら(わら)うのが目的だったのかもしれない。


 相対したのはたった二回だけだが、あの不気味な老人からはそういう意地の悪さがひしひしと感じられた。


 今もこの森のどこかから、こちらの様子を窺っているに違いない。


「……ふざけんな」


 見知らぬ森で目覚め、得体の知れない老人に出会い、巨大な化け物に襲われ、空洞の中をひたすら歩き、いくつもの不可思議な体験をさせられ、その挙句にこんな血みどろな痕跡の前に立っている。


 それでもまだ、自分に関することは一つも思い出せていない。


 考えるべきことは沢山あるのに、意識を傾ければ猛烈な痛みに襲われ、なにかを掴みかけても指の隙間からするりと抜け落ちる。


 (むく)われない現状に、自分をここまで突き動かしてきた気力が失われていく。


「…………?」


 思考を放棄しかけていると、目の前の遺体が身に纏うボロボロの衣服から、なにかがはみ出ているのが見えた。


 はらわたとは違う、細長い紐のように見えるそれをおもむろに引き抜いていくと、金属製の丸い飾りのようなものが現れ、その表面には均整(きんせい)のとれた模様が彫られていた。


「ペン……ダント?」


 ……まただ。初めて目にするのにどこかで見たことがあるような、これまで何度も繰り返してきた既視感に呻吟(しんぎん)してしまう。


 様々な感情が胸の中で渦巻き、そのたびに耐え難い激痛が心身を(さいな)む。


 もう、うんざりだった。


 どうしてこんな目に遭うのか。自分がなにをしたというのか。頭の中に浮かんでくる光景はなんなのか。あの少女はいったい誰なのか。答えの出ない自問に意気消沈する。


 そんなとき、ペンダントに触れていた指先に、ほんの少し違和感を覚えた。


 全体が丸みを帯びた(なめ)らかな作りの中で、そこだけが僅かに突き出ている。それは留め金らしく、ペンダントの側面には薄い筋が走っていた。


 血糊(ちのり)の付着した合わせ目は固く閉じられていたが、力を込めるとパキパキ音を立ててゆっくり開かれていく。


 (ふた)の内側にあったのは四人の男女が描かれた肖像で、いずれも夢の中で見た覚えのある顔だった。そこにはあの少女の姿も写っている。


 穏やかな表情を浮かべる大人の男女は、夢の中の一室で血を流して倒れていた二人に似ている気がする。


 そして、少女の隣に写る少年を見たとき、吸い寄せられるように少年の瞳と視線が重なった。


「ッ⁉︎」


 息の詰まるような苦しさと同時に、『ドォンッ‼︎』と打ち鳴らすような大きな鼓動の波紋が全身に広がる。


 その瞬間、胸の内に秘めた魂が激しく揺さぶられ、心の奥底で感情を抑圧してきた不快なくびきが粉々に(はじ)け飛ぶのを感じた。


 視界が歪んでいく。意識の彼方から自分の名を呼ぶ誰かの声が聞こえると、目の前が真っ白になった……。





 ◇ ◇ ◇

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