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リィンバース 〜神秘の花の物語〜  作者: Hoppy5
1章 二人の姉弟
3/6

1節 どうしてなんですか‼︎

 見渡す限りの広大な森。その中に位置する、難民が(つど)う辺境の開拓地、ロート村。


 その村の広場を横切る一人の少女に対し、遠巻きから侮蔑(ぶべつ)の視線を向ける村人たちが、口々に彼女を(ののし)っている。


「ほら見てよ、あの女だ」


「生意気な弟がいなくなっていい気味」


「あの女もどこかに行けばいいのに」


「捜索なんてやってられるかよ」


「問題を持ち込むのはいつもよそ者だ」


「村に受け入れたのが間違いだったんだ」


 少女は(うつむ)き、グッと唇を噛み締める。


 少女にとってこんな誹謗(ひぼう)はこの村に来てから日常茶飯事で、これまでだったら気にすることもなく聞き流せていたが、今はその一言一言が重くのしかかった。


(どうして……)


 少女は村長の家での出来事を回顧(かいこ)する。





 ◇ ◇ ◇





「──え⁉︎ 捜索を……打ち切るって……」


「ど、どうしてですかトマーさん! どうして‼︎」


「まだ弟は見つかっていないのに! あの森のどこかにいるはずなのに! どうしてなんですか‼︎」


 『バンッ!』と机の上に両手をつき、(まく)し立てるように声を荒げる。


 トマーからの呼び出しに、行方(ゆくえ)がわからなくなっている弟の捜索に関して、なにか進展があったのではないかと期待を胸に抱いていた少女は、突然告げられた捜索打ち切りの言葉に動揺を隠せなかった。


 しかしトマーは彼女のそんな様子を前に、至って冷静に説明を始めた。


「落ち着いてくれミリィ。君の言っていることはもっともだし同情もする。だがこれ以上は、私の力ではどうすることもできないのだ」


「それって、どういう意味ですか?」


「すでに知っているかもしれないが、捜索にあたっていた者の一人が、森の中で魔獣に遭遇して襲われている。(さいわ)い軽い怪我で済んだようだが、場合によっては命に関わっていたかもしれない」


「そんな……」


 聞き及んでいなかった話を前に、ミリィは衝撃を受ける。


「この辺りでは見かけない種類のようだ。得体の知れないなにかが潜んでいる危険な場所に、これ以上村の者たちを行かせるわけにはいかないのだ。わかってくれるね?」


 そう同意を求められたが、ミリィは食い下がった。


「そ、それじゃあ! 弟はどうなるんですか⁉︎」


「人を襲う凶暴な魔獣がいる場所には行きたくないと(みな)が恐れている。私も同感だ」


「それなら、私一人でも探しに行きます!」


 そう言ってミリィは駆け出そうとしたが、足が思うように動かず、その場で(つまず)いてしまう。


「無理をするなミリィ。その身体の状態で捜索に向かうのは無理だと、自分自身が一番わかっているだろう?」


 苦悶(くもん)の表情を浮かべるミリィをその場に引き起こし、トマーは話を続ける。


先刻(せんこく)、街道沿いの街から定期巡回に来た自警団員に、ギルドへ捜索願いを出すよう手配した。戦闘経験のある者が派遣され魔獣が駆除されれば、安全に捜索を行うことができる。そうだろう?」


「それは、そうですが……だけど!」


「この村にも剣や農具など自衛に使える物はある。だがそれを実戦的に使いこなせる者はほとんどいないのだ」


「・・・」


「これが現状における最善策だ。弟の身を案ずる君の気持ちは痛いほどわかるし、つらいだろうが、ここは我慢してほしい」


 ミリィはなにも言い返すことができず、強く歯を食いしばる。


「それに、君の弟が必ずしも森の中にいるとは限らない。昨夜の見張りが、森のほうへと向かうなにかを見たというだけだからな。もしかしたら、最寄りの街に出かけただけで、もうじき帰ってくるかもしれない」


「お気遣いは無用です……」


 真夜中に子供が一人で、危険な森を抜けて街へ出向くなど考えられない。そもそも、弟が私だけをこの村に残していくはずがなかった。


「……そういう可能性もあるということだ」


 トマーも内心ではわかっているようで、それ以上は言わなかった。


「ミリィ、早まった行動だけは(つつし)んでくれ。君にまでなにか起こったら、亡くなった君たちの両親に合わせる顔がない。いいね?」


 そう締め括ったトマーの背に小さく「はい」と告げたミリィは、村長の家をあとにした。





 ◇ ◇ ◇





 帰路の道中、ミリィは忌々(いまいま)しい思いで自分の胸に手を当て、ギュッと拳を握った。


(私のせいだ。私が……こんなものに(おか)されたりしなければ)


 弟が森になど入ることもなかった。


 そう思えば思うほど、後悔ばかりが胸に湧き上がってきてしまう。それに加えて、人を襲う魔獣まで森に現れて、いろいろなことが重なって気がおかしくなりそうだった。


 すぐにでも弟を探しに行きたい。そんな(はや)る気持ちを抱きつつも、こんな身体の状態ではどうにもならないと、自分を(たしな)めることしか今はできなかった。


 物思いに(ふけ)りながら歩いているうちに、村外れの物置小屋へと辿り着く。そこがこの村における、自分たち姉弟(きょうだい)の住まいだった。


「……なにをしているんですか?」


 ミリィの言葉は、小屋の前で待ち構えている、この村の少年たちに対して向けられていた。


「なにってそりゃあ。弟が消えてショックを受けてる、可哀想なお姉ちゃんを(なぐさ)めにきてやったんだよ」


 ヘラヘラと(しゃく)(さわ)る笑みを浮かべる少年とその取り巻きたち。従えているのは、村長の息子であるウェイバーだった。


 ミリィは目を閉じて心を落ち着けると、毅然(きぜん)とした態度で気丈に振る舞う。


「私なら大丈夫です。ご心配ありがとうございます、ウェイバーさん」


 精一杯の作り笑顔でそう答え、力強く少年の瞳を見据(みす)える。


「へぇ、さっきまでは随分(ずいぶん)つらそうにしてた気がしたけど、意外に元気そうじゃん。俺の見間違いだったのかな?」


「そうかもしれませんね」


 適当にあしらって早く終わらせたかったが、邪魔をしてくる弟がそばにいないせいか、いつもより執拗(しつこ)かった。


「いつまでもそんな所に突っ立ってたら疲れるだろ? 小屋の中でゆっくり話そうぜ」


 そう言って手招(てまね)きをするが、当然ミリィは(ことわ)る。


「いいえ、私はこのままで全然平気ですよ? いくらでもお話しできます。もちろんウェイバーさんも平気ですよね?」


 作り笑顔でニッコリ微笑(ほほえ)む。


 強がりではあるが、彼らと同じ空間に身を置くなど、想像するだけでゾッとする。どんなにつらくても、一日中この場に立ち続けているほうがマシだった。


「へっ」とつまらなそうに悪態をつくとそれ以上は絡まず、ゾロゾロと連れ立って小屋から離れていく。


 内心でホッとしたミリィだったが、その去り際に「そうそう」と、わざとらしくウェイバーが声を上げた。


「俺に感謝しろよ? 毒の治療に必要な物がなにかを、わざわざあいつに教えてやったんだからなぁ」


「えっ⁉︎」


 先程までの余裕が失せ、顔色が変わったミリィを見たウェイバーは、不敵な笑みを浮かべながら続ける。


「親父から聞いたぜその身体のこと。でも残念だったなぁ。村に薬が残ってれば、あいつも夜の森に入る必要なんてなかったのに」


 血の気が引くのを感じたミリィは、その場でよろけそうになるのを()え、ウェイバーを問いただした。


「あなたがあの子を()き付けたの⁉︎」


「人聞きが悪いな。知りたがったのはあいつで、俺はただ教えただけだぜ?」


 動悸(どうき)が止まらなかった。続く言葉が喉元まで出かかっているのに、それを発することができない。


「そういや魔獣も出たんだって? つくづく運のない姉弟だな」


 ウェイバーとその取り巻きたちは、青ざめた表情のミリィを尻目に、クツクツと笑いながらその場をあとにする……。




 ──その頃、林道へと続く村の正門に、フラフラとした足どりで近づいてくる一つの人影があった。


 正門の見張りがその異様さを見咎(みとが)めたとき、村の中に警鐘(けいしょう)が鳴り響いた。





 ◇ ◇ ◇





 『ギィィ』と扉のきしむ音が響く。


 開け放たれた小屋の中は薄暗く、その中央にはクロスの()かれた木箱と小さな樽が二つ。(すみ)には木を組み合わせただけの簡易な寝床(ねどこ)と、奥には使われなくなった農具や道具、自分たちが使う日用品が置かれている。


 ミリィは小屋の入り口で呆然(ぼうぜん)と立ち尽くし、ここでの生活を振り返る。


 両親を亡くし、父の親友であったトマー・ハンスを頼りにこの村を訪れ、住人たちから受ける日々の仕打ちにも耐えてこれたのは、弟の存在があったからだ。


 たった一人の家族。姉として、貴族の長女として、なにがあっても弟を守ると心に決めていた。……そのはずだった。


「う……く……」自然と涙が溢れる。


 守るはずの自分が守られて、なにもできない今の自分に、ただ愕然(がくぜん)とする。


「ルエ……どこにいるの?」


 自分の身体のことなんてどうでも良かった。無事に帰ってきてほしい。ミリィの望みはそれだけだった。


「うっ⁉︎」


 ズキンと針で刺したような痛みが胸に走り、ミリィはその場にうずくまってしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息をするたびに胸がズキズキと痛み、表情が苦悶に歪む。


(こんなもの……)


 胸を押さえたまま暫く立ち上がれなかったが、痛みが引いていくにしたがって、次第に呼吸も楽になった。


 よろよろとその場に立ち上がり、ミリィは独り言のように(つぶや)く。


「私は、どうしたらいいの……」


 誰もいない小屋の中で自問したとき、遠くのほうからなにか音が聞こえてきた。様子が気になり小屋から出ると、近くを通り過ぎた村人たちの会話が耳に入る。


「おい、本当なのか?」


「なんでも森のほうから来たらしいぞ」


「みんな広場に集まってる」


「行ってみようぜ!」


 その会話を聞いたミリィは〝もしや〟という思いに()られ、考えるよりも早く、村の広場へと向かい動き出していた。





 ◇ ◇ ◇





 正門前の広場では、()を描くように人集(ひとだか)りができていた。


 その中心で地べたに座る人物はぐったりした様子で、(いぶか)しげな表情を浮かべる村人たちの喧騒(けんそう)に囲まれながら、トマーからの質問を受けている。


「森のほうから現れたというのは君だね? いったいなにをしにここへ来たのだ?」


 トマーが問いかけると同時に〝ギュウルルル〟と謎の音が鳴り渡り、周囲が不穏な空気に包まれる。


 またしても聞こえてきた怪音(かいおん)の出どころは、どうやら目の前に座る人物の腹部のようだった。


「その前に、なにか食べ物を分けてくれないか? 昨日からなにも食べてなくてな……」


 力なくそう訴えた男の腹から盛大な音が鳴る。かなりの空腹のようだったが、トマーはその希望には応じなかった。


「……生憎(あいにく)だが、素性の知れない(やから)にやれる物はない」


 無慈悲な返しに、男は恨めしそうな視線を向けるが、すぐに力なく項垂(うなだ)れた。


「トマー、早くこいつを追い出そう! よそ者を村に入れるとろくなことがない」


 村の男がそう提案すると、周りの者たちも同調しなじり始める。しかしトマーはそれを(しず)め、ふたたび目の前の人物に声をかけた。


「すまないね。森に現れた魔獣のことなどあって、みんな神経質になっているのだ。それ以外にもいろいろと問題を抱えていて、よそ者を歓迎する余裕がないのだよ」


 トマーの口調は穏やかでありながら、その言葉には(とげ)があった。だが目の前に座り込む人物は空腹ゆえか、そんな些細(ささい)なことは気にした様子もなく口を開く。


「あぁ、あんたらもあの魔獣のことを知ってるのか。俺も昨日襲われてさんざんだったよ」


 その言葉を聞いた途端、トマーは目の色を変えた。


「君も魔獣に襲われたのか⁉︎ もしやその剣で魔獣を仕留めたのか‼︎」


 グイグイと迫ってくる中年男の剣幕(けんまく)に、彼はひきつった表情を浮かべる。


「荷物と食料を荒らされただけだ。その(あと)を追いかけたら、見失ったうえに道がわからなくなってな」


 そこまで聞いた段階でトマーは大体察した。


「なるほど……この村に来た理由はわかった。しかしこんな辺鄙(へんぴ)な土地へ、君はなにをしに来たのだ? ギルドから派遣された捜索隊の者なのか?」


「捜索隊? なんだそりゃ?」


「だろうな」と、トマーも最初から期待はしていない様子だった。そもそも、ギルドに捜索願いはまだ届いていないだろう。


「では冒険者なのか? その剣も見せかけではなさそうだが。しかし空腹で倒れそうになっているようでは、それほど旅慣れしているとは思えないな」


「ったく、言ってくれるぜ」


 つらそうに身体を起こした男は、トマーに向かって名を告げる。


「俺の名はエリアス。傭兵だ」


「傭兵? なるほど……傭兵か」


 (あご)に手を当てて、なにかを思案するトマーだったが、首を振るともう一度エリアスに質問を繰り返す。


「それで、ここへはなにをしに来たのだ?」


 再三に渡る同じ質問に、いい加減うんざりした様子のエリアスは、深く嘆息(たんそく)すると面倒くさそうに答えた。


「……調査だ」


「調査だと? いったいなんの調査だ?」


 問いただすトマーの表情が(けわ)しさを増す。


「……最近、この地域に出没してるって噂の魔獣のだよ」


「それは、君と村の者を襲った魔獣のことなのか?」


「さぁな、多分そうなんじゃないか? まぁ、それももう終わりだけどな」


「なぜだ? 君は魔獣を仕留め(そこ)なったのだろう?」


 エリアスはもう一度ため息を()く。


「あのな、俺の仕事は〝調査(ちょうさ)〟であって〝駆除(くじょ)〟じゃない。人を襲う危険な魔獣がいるってわかっただけで、もう充分なんだよ」


 そう言うと、エリアスはフラつきながらその場に立ち上がり、村の正門のほうへと歩き始めた。


「どこへ行くつもりだね?」


「見りゃわかるだろ? 帰るんだよ。依頼人に報告する」


「ちょっと待ってくれ! 君にその調査を依頼した者がいるのか?」


「当たり前だろ。俺が道楽でこんな辺境の調査をするような人間に見えるか?」


「依頼主は誰だ⁉︎」


「あんたに教えてやる義理はない」


 トマーの表情がだんだんと(くも)っていく。


「そうそう、近日中には魔獣の討伐隊が押し寄せてくるだろうから安心しな」


「じゃあな」と後ろ手にヒラヒラ手を振って返す。


「待ってくれ!」


 呼び止められたエリアスは不機嫌そうに背後を振り返る。


「傭兵だと言っていたが、腕は立つのか?」


「それをこの場で証明してみせる(すべ)はないな」


 トマーは暫し塾考(じゅっこう)するとエリアスに提案をする。


「どうだろう。食料を提供する代わりに、森の魔獣退治を引き受けてはくれないか?」


「なっ! 突然なにを言い出すんだトマー⁉︎」


 トマーが切り出した提案に、真っ先に反応したのは村人たちのほうだった。


 ようやくよそ者を追い払えると、緊張の糸が弛緩(しかん)した瞬間の出来事で、怒りや戸惑いの様相を見せている。そんな中、トマーは村人たちを(しず)めることもせず、じっとエリアスを見据えている。


 空腹を訴え、食料を分けてほしいと望んでいたエリアスだが、しかしトマーの申し出を断った。


「冗談じゃない。確かに腹は減ってるが、魔獣退治となれば命懸けだ。その対価が飯だけってんじゃ割に合わない。それに、森の中で迷ってた昨日とは違って、今度は帰り道もちゃんとあるしな」


 そう言ってエリアスは正門のほうを指差すが、ここぞとばかりにトマーも()き伏せてくる。


「言っておくが、ここから一番近い人里まで、大人の足でも半日はかかるぞ? もうじき日も暮れる。ただでさえ足場の悪い森の中を夜に、しかもそんなフラフラの状態で抜けるのは酷なのではないかね? 道中にまた魔獣が襲ってくる可能性もある」


「・・・」


 言葉には出さなかったが、エリアスの微妙な表情の変化から彼の心を読み取ったトマーは、付け加えてこう提案した。


「ではこうしよう。仕留めた魔獣の首を持ち帰ったら報酬を支払う。宿と食事の面倒も見よう」


「トマー⁉︎ いったいなにを考えてるんだ‼︎」


 村人たちはますます動揺した様子を見せるが、トマーは端的に答える。


「派遣された討伐隊に、この村が拠点にされてもいいのかね?」


 トマーの鋭い視線が、感情任せに言葉を吐き出していた村人たちを射貫(いぬ)く。戸惑う者は依然としていたが、特に声を上げていた者たちは、気勢を削がれ閉口(へいこう)した。


 トマーはエリアスのほうへと向き直る。


「もちろん無理強いはしない。腕に自信がないのであれば、断ってくれて構わない。だがこの条件は、今のお互いにとって有益だと私は考えるが、君はどうかな?」


 エリアスは(しば)黙考(もっこう)する。


 腹の虫が鳴き止む気配は一向になく、正直なところ、空腹が限界を越えて意識が朦朧(もうろう)とし始めていた。


 ここでぶっ倒れれば、いくら非人道的な村だったとしても、最低限の介抱くらいはしてくれそうなものだが、これまでさんざん自分を(そし)ってきたこいつらの世話になるのは、我慢ならなかった。


 背に腹は代えられないと、エリアスはトマーの提案をしぶしぶながら引き受ける。


「いいぜ、交渉成立だ。ただし報酬の半分は先に貰う。残りは首を持ち帰ってからだ」


「よかろう。頼りにさせてもらうぞ? 私はこの村の(おさ)を務めているトマー・ハンスだ」


 差し出された右手を見つめながら「トマー・ハンスね……」と、小さく呟いたエリアスは軽く握手を交わし、周囲から湧き立つピリピリとした空気を肌に感じながら、村の中へと(まね)かれる。


 歓迎はまったくされていないが、ようやく面倒な包囲から解放されて、そこはかとなく安堵(あんど)したとき、解散し始めた見物人の中から「待って下さい!」と声が聞こえた。


 その直後、人混みを掻き分けるように、エリアスの前へと現れたのはミリィだった。





 ◇ ◇ ◇





 〝もしかしたら〟と(あわ)い期待を抱いていたが、やはりそこにいたのはルエではなかった。


 村の外から来たよそ者。其処彼処(そこかしこ)から聞こえてくる嫌味の言葉からも、私たちと同じく歓迎はされていないようだった。


 今しがた、トマーになにを言われたかはわからないが、がっくりと(うつむ)いてしまっていた。


 この村の住人たちの陰湿(いんしつ)さは身に染みているがゆえに、鎮痛(ちんつう)面持(おもも)ちで地面に座り込む人物が、精神的に追い込まれていくさまを、これ以上見続けるのはミリィには耐え(がた)かった。


 その場を離れようと身を(ひるがえ)す。すると、囲いの中から一際(ひときわ)大きな声が聞こえてくる。


「君も魔獣に襲われたのか⁉︎ もしやその剣で魔獣を仕留めたのか‼︎」


(魔獣を、仕留めた⁉︎)


 自身の耳を疑う言葉を聞き、もっと詳しい話をと聞き耳を立てるが、周囲の喧騒(けんそう)がそれを邪魔した。


 だがミリィの瞳には僅かな期待と希望の光りが(とも)っていた。魔獣がいなくなったのであれば、ルエの捜索を再開できるはずだからだ。


 二人の会話の内容はほとんど聞き取れなかったが、周囲のやり取りから、魔獣はまだ仕留められてはいないことと、彼が傭兵であるらしいことが伝わってきた。


 それを知ったミリィは、自然にその考えへと至った。


 この場で彼の実力を知る(すべ)はないが、魔獣と遭遇して無事にこの村まで辿り着いた者が、弱いはずがない。そして傭兵が(たずさ)えている一振りの剣……。


 根拠も確信もないが、今はそれに(すが)る以外に方法はなく、ミリィは決心する。


 二人のやり取りがいち段落し、囲んでいた見物人たちが、やおら解散し始めた頃合いを見計らい、ミリィは声を上げる。


「待って下さい!」


 気怠そうな表情を浮かべる男の(もと)に駆け寄ったミリィは、ありったけの想いを込めて頭を下げた。


「お願いです! どうか弟の捜索に力を貸して下さい‼︎」


 突然目の前に現れた少女に頭を下げられ、懇請(こんせい)されたエリアス。しかし、空腹と疲労で頭が(ぼけ)ていたのに加え、それまでのやり取りで鬱憤(うっぷん)が溜まっていたせいで、咄嗟(とっさ)に言葉が出てこなかった。


「ミリィ、その件についてはさっき話合っただろう?」


 割り込んできたトマーの言葉から〝聞き分けなさい〟という圧力をミリィは感じたが、その問いかけには反応せず、ひたすら頭を下げ続ける。


「いったい、なんの話だ?」


 無理やり言葉を(ひね)り出したエリアスが、代わりにトマーの言葉を拾う。


「……実は、彼女の弟が昨晩から行方(ゆくえ)知れずでな。村の者たちと協力して、森の中を捜索していたのだが……」


「まだ見つからない、と」


 ちらりと少女に視線を向ける。膝下(ひざもと)のスカートを握る手が、小さく震えているように見えた。


「なんでそのことを黙ってたんだ?」


「この村の中で起こった問題に、よそ者の君を巻き込む必要はないし、彼女の弟が森の中にいるという確証もなかったのでね」


「魔獣退治には巻き込んでおいてか?」


「それに関しては、お互いに合意したはずだ」


「・・・」


 言っていることに間違いはないように思えたが、その言い草が妙に引っかかった。それに、同じ村の住人が姿を消したのに、なぜこんなに薄情(はくじょう)なのか。


 エリアスは(わずら)わしさを感じ、雑に頭を掻くと考えるのをやめた。


「ミリィとか言ったか? そっちの事情は知らないが、俺もタダ働きをするつもりはない。相応の見返りはあるのか?」


 そう尋ねられたミリィは、消え入りそうな声で答える。


「……お金は……ありません」


「それ以外の物は?」


「今の私に……報酬として差し出せる物は、なにもありません」


「はぁ」と息を()いたエリアスは、ミリィを置いて歩き出す。


「まっ、待って下さい‼︎」


 顔を上げたミリィの切実な表情が、エリアスの視界に入る。


「……俺は善人じゃない、ただの傭兵だ。相応の対価が用意できないなら諦めてくれ」


 その言葉を聞いたミリィは動揺し、愕然(がくぜん)とした。


 外来(がいらい)の者であれば、必死に頼めばきっと協力してくれるはずだと、そんな甘い考えを本気で抱いていたのだ。


 ミリィは悔しかった。なにもできない今の自分が。誰かを頼った心の弱さが。


 エリアスは漠然(ばくぜん)とした後味(あとあじ)の悪さを感じつつも、今にも泣き崩れそうな少女を残し、その場をあとにした。

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