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第8話「王立魔法学区」

 羊皮紙の中身は、どこかを指し示す地図だった。

 赤く点滅を繰り返す位置がニアの現在地、端にある赤丸で囲われた地点が目的の場所だろう。相変わらずゲームには疎いニアは、なんとなくそう察して歩き始めた。

 道中に何度かスライムと遭遇するも、段々と要領を掴めてきたニアはこなれた杖捌きでいなしていく。そうしていつのまにか辿り着いたのは王都グランド・ラプトだった。


(街に戻ってきちゃったけど、これであってるのかな?)


 不安を覚えつつも、地図に記された赤丸に近づいているのだから大丈夫だろうとさらに歩みを進める。

 狩りをしていた街道から噴水広場を横切るように東へ移動すれば、そこは《王立魔法学区》と呼ばれるエリアだ。

 行き交う人影の大半は少年少女で、彼らの手には紙紐でくくられた書類の束が握られている。男女でそれぞれ共通の衣装を身に着け、時折通り過ぎるキチンとした佇まいの大人にお辞儀する姿に、ニアは「なんだか学校みたいだなぁ」という感想を抱いた。

 このエリアに初めて足を踏み入れたニアだが、予想は見事的中していた。

 

 王立魔法学区は、その名の通り魔法を学べる学園がモチーフのエリアである。

 魔法と冠するこのエリアに足を運ぶプレイヤーのほとんどがウィザードを初期クラスに選択しており、彼らの目的はただ一つ。このエリアにいるNPCから受注できるクエストの報酬にある。

 それはゲーマーであれば胸を躍らせること間違いなしの『転職』や『スキル習得』といった魅力的な報酬が多く、このエリアを拠点として活動するプレイヤーも少なくない。

 そんな訳で――本人の知らぬところではあるが――ウィザードのニアがこの場所に居るのは不自然なことではない。

 ……ただ彼女が足を踏み入れるには、少々早かったようだ。


「見た所、君はこの学校の生徒ではないようだが、何か用かな?」


 背後から急に声をかけられたニアは、身体をびくりと震わせ振り返る。

 そこに立っていたのは、如何にもといった印象な老齢の男だった。

 オールバックの白髪をなびかせ、金縁のモノクルの奥でぎらりと輝く目つきに思わず圧倒されたニアは、自然と後ずさりさせられていた。

 これが昨日の事であれば「すびばせんでじたああああ!」と涙目になりながら逃げだしただろう。けれど、ログイン二日目にしてNPCとプレイヤーを見分けられるようになっていたニアは、目の前に立つ教師然とした男がNPCだと感じ取った。

 ならば大丈夫だ……多分。


「えーと、その……制服を忘れてしまいまして……あ、アハハー」


 かくはずも汗が額を走る感覚を覚えながら必死の言い訳をすれば、教師らしき音は眉間に皺を寄せ「やれやれ」と頭を振る。小さく嘆息してから不満そうに口を開いた。


「全く嘆かわしい、もう少し我が校の生徒として自覚を持ちなさい。それと、流石にその格好は看過出来ん。すぐ総務の窓口に行って新しい制服を受け取りなさい」


 それは暗に、分からない事はそこに居るであろうガイドに聞けというNPCならではのヒント……なのだが、そこまで読み取れる経験も余裕も残念ながらニアは持ち合わせていない。ピッと姿勢を正し、逃げるように言われた場所へ向かった。





 ようやくそのヒントの意味が分かったのは「あのー……制服が欲しいんですけど……」と尋ねたNPCの頭上に疑問符が浮かんだと同時で、窓口では気まずい空気が流れていた。

 その沈黙を破ったのは窓口にいた女性のNPCだ。


「何かお困りですか? 当窓口では冒険者様の転職についてご案内しております」


 それは予め設定されていた定型文的な口調で静かに告げられた。

 訳も分からず目をぱちくりさせるニアを他所に、NPCは話を続ける。


「ウィザードには三種類の上位クラスがございます。エレメンタリストはより強大な魔術を習得可能となり、集団戦に特化したクラスとなります。サモナーは使役した召喚獣と共に戦闘する事が可能なクラスとなります。そして錬金術師は――――」


 と、そこまで聞いたニアは勢いよく手を挙げた。

 どうやら質問があるようだ。


「はい! 召喚獣に猫は含まれますか!?」

「もちろん、猫型の召喚獣も存在しますよ」


 声を荒げて問うニアに、柔和な笑みで優しく答えるNPC。

 その瞬間、ニアの頭を支配したのは無数の猫と日向ぼっこする自分の姿。それは夢のような光景で想像するだけで軽くトリップしてしまいそうだったが、なんとか自制することが出来た。

 そして高らかに宣言する。


「私、サモナーに転職……? します!」

「サモナーでございますね? でしたらこちらをお持ちください」


 そう言われ渡されたのは、またしても地図だ。

 地図には現在地を示す点滅と赤丸で示された目的地が描かれており……と、そこでようやく本来の目的を思い出した。とても魅力的な話だったが、転職しにここまで足を運んだわけではない。


「あっ、えと……転職っていつでも出来るんですか?」

「はい、レベルが一定以上のウィザードであればいつでも可能です」


 なんだか嫌な予感がする。

 ごくり、と固唾を飲み込み、意を決して口を開く。


「一定以上とは……?」

「レベル10以上、となります」

 

 やはり、と肩を落としたニアは虚ろな目を浮かべ、ずるずると足を引きずりながらその場を後にした。それは奇しくもにゃん蔵から告げられたレベルと同一であり、現在ニアのレベルは4。サモナーに転職して猫パラダイスを築くという夢が、あっけなく砕け散った瞬間であった。


 それからしばらく敷地内を彷徨っていたニアは、巨大な建造物の前に立っていた。

 石造作りのその建物は物語に出てくる神殿のような形をしており、外壁の所々に植物の蔦が巻き付いている。どこか悠久の年月を感じさせる建物を前に、本当にここで合っているのかと不安になったニアは再度地図と照らし合わせる。

 現在地を示す点滅と、目標地点を示しているであろう赤丸の距離はかなり近い。どうやらここで間違いないようだと当たりをつけ、建物の内部へと歩みを進めた。


 一歩足を踏み入れると、すぐにむせ返るような埃っぽさを感じた。

 思えばこの建物の周りには人影が無かったことを思い出し、もう使われていない施設なのかもしれない、とぼんやり考える。

 建物の内部には、所狭しと並んだ本棚には一分の隙間も無く本が敷き詰められている。

 どうやらここは図書館のようだ。それも、かなり古い。

 本棚から適当に一冊の本を抜き取ると埃が広がり、たまらず目を細める。ひらひらと空を舞う埃を払っていた、そんな時だ。


「……あっ!」


 図書館の奥の方、薄暗い暗闇の中にぎらりと青く輝く双眸をニアの目が確かに捉えた。じぃ、とニアを見つめる瞳の正体は一匹の黒猫だった。

 手に持っていた本を棚に戻し、慌てて歩み寄ろうとするニア。けれど、黒猫は逃げるように身を翻し、更に奥の方へと消えていった。

 そうして、少女と黒猫の追いかけっこが始まった。


「ね、ねえ、待ってよぅ!」


 黒猫は一定の距離を保つように逃げ回る。

 息を切らしたニアが立ち止まれば黒猫も立ち止まるし、息を整え再び走り出すと、黒猫もまた走り出す。そんな微笑ましいやり取りはしばらく続き、ようやく終止符が打たれたのは、ニアが本棚の角を曲がった時だった。


「さあ! もう逃げられないよ!」


 いつの間にか図書館の最奥まで来ていたことに気づいたニアは、得意げに鼻を鳴らし、じりじりと距離を詰めていく。そして――――。


「観念して……あれ?」


 壁とぶつかった。

 確かにあの角を曲がったはずなのに……と後ろを振り返る。けれどやはりこの通りは一方通行になっていて、別の通路への道はない。


「うーん、おかしいなぁ……って、わわっ」


 それは不思議そうに首を捻るニアが壁に手をついた瞬間だった。

 青白い光がニアの手を包んだと思えば、数秒後に壁がちりちりと音を立て始めた。無数の輝きがやがて壁を覆いつくすと、次の瞬間にはすっかりと形を変えた。

 突如出現した木製のドアが、ぎぃぃいと不気味な音を鳴らし、ひとりでに開いていく。

 

 その様子を口をぽかんと開けながら見ていたニアは、身体の前で手をぎゅっと握りこむ。そして、ドアの奥へと姿を消していった。

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