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第7話「錬金工房への案内状」

 前日のログアウト地点『ビギナー街道』に降り立ったニアは、あたりをキョロキョロと眺めた。昨日とは見える景色が違っており、何か違和感のようなものを感じる。

 地平線の奥で赤く輝く夕日を見れば、その違和感の正体に気づいた。


(わぁ、綺麗だなぁ……)


 この世界では、現実世界と同様に時間帯によって天候が変動し、見せる景色を大きく変えるのだ。

 夜になれば太陽は姿を隠し、現実に引けを取らない――あるいは現実よりも綺麗な月が雲間から姿を覗かせるし、ランダムで変動する天候は時に雨として冒険者にしばしの休息を与える。

 これは『GranTreeSaga』の醍醐味の一つでもある。


 しばらく眺めていた夕日はやがて地平線の向こうへと沈んでいき、すっかり暗くなった道を、街灯がふんわりと照らした。

 そこでようやく本来の目的を思い出したニアは、頬をぱちんと叩き、いつの間にか固くなっていた身体を起こすように、ゆっくりと歩き始めた。


(居た!)


 昨日激戦を繰り広げた液状の魔物――スライムが茂みから飛び出してきた時、ニアはオルコに貰ったアドバイスを繰り返し頭の中で思い浮かべていた。


『いいかい? 大事なのは"こうしよう”という意思だ。それさえあれば、後はシステムが君の身体を補助してくれる――――こんな風に』


 そう言って片手剣を鞘から引き抜き空中で鋭く振り下ろせば、その剣線は実体を持ちスライムへと飛翔する斬撃へと変わる。そしてコンマ数秒後にはスライムの身体を真っ二つに切り裂き、少し遅れてから残り体力を示すHPバーが一瞬で0になったのだ。

 

 その光景を思い出し背中にぞくりとしたものを感じていると、スライムがニアの小柄な身体をめがけて飛んできた。ゲーム本来の楽しみ方としては、回避した後に華麗な反撃を加えるところだろう。

 けれどニアは避けようともせず、スライムの攻撃を受け入れる。

 べちゃり、と粘液が張り付く音がした。


(はぅ、ひんやりしてて気持ちいい……)


 通常であれば、その不快感に目を細めて軽く鬱になる所、この少女は嫌がるどころか喜々としてスライムの攻撃を受け入れていた。あいつやべえよ、とたまたま通りかかったプレイヤー達がヤバい奴を見る視線を向けているのをニアは気づかない。

 そうしてしばらくスライムの感触を楽しんだのち、またしても本来の目的を忘れかけていたニアは地面に置いておいた杖を構えた。


(えーっと、確か……)


 木を削りだして作られただけの簡素で無骨な杖を目いっぱい持ち上げ――


「えいっ!」


 気の抜けた掛け声と共に振り下ろせば、スライムのHPバーの2割ほどが消滅した。

 なんでもいいから、攻撃するタイミングで声を出すといい。そう言ってくれたオルコの言葉を思い出しつつ、すぐに二撃目の準備に入る。


「とりゃぁ!」


 そう小さく叫んだ時、ニアは自分の身体がぐいんと引き寄せられるのを感じた。振り下ろされていた杖は、その反動を利用するように持ち上がり、スライムの身体をめがけて思い切り振り上げられた。

 パコン、と子気味良い音が薄暗い街道に響く。やがてスライムのHPバーが0になり、霧状の靄となって霧散していった。

 

「え?」

 

 その様子を、ぽかーんと口を広げて見ているニアは、それが急所攻撃――クリティカルヒットと呼ばれる現象が偶然発生した事を知らないまま、けれどオルコが言っていた"システムのアシスト"の意味を確かに理解した。

 ふんす、と鼻を鳴らし、両手で小さくガッツポーズを作ると、次なる敵を探しに街道を奔走するのだった。





(なんだろう、これ)


 視界に現れた《インベントリが一杯です》とのシステムウィンドウが現れたのをきっかけに、アイテム整理を始めたニアは、いつの間にやら拾っていた見慣れないアイテムに首を捻る。

 モンスターを討伐した後にアイテムを落とすことがある、というのはオルコから何となく教わっていたので、唐突に表れたシステムウィンドウと《スライムの粘液》という素材がインベントリを埋め尽くしていた事に驚きはない。問題なのはその中で《錬金工房への案内状》という一つだけ毛色が明らかに違うアイテムの存在だ。


(使用しますか……はい、いいえ……うーん?)


 視界に現れたその表示を特に不審がる様子もなく、何の気なしに『はい』のボタンに触れると、ぽふん、という音と共に白い煙が空中で舞い始める。

 やがて煙が晴れると、その場にふわりと浮いていたのは一枚の封筒だった。

 どこか古めかしい茶封筒に押されたシーリングスタンプを丁寧に剥がすと、中からは出てきたのは一枚の羊皮紙だ。三つ折りされたそれを恐る恐るという手付きで開けば、再び別のシステムウィンドウがニアの視界に現れた。


《クエスト:錬金工房への案内状を受注しますか?》


 なんのことやら、と混乱したニアは、ゆっくりと受諾のボタンに触れた。

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