第6話「明日は雨が降る」
ベッドの上で目を覚ました沙織が感じたのは倦怠感だった。
フルダイブ特有のソレは、特に人体に影響を及ぼすものではないが、初めのうちはそういった症状が出る場合がある、と説明書に書いてあったことをぼんやりと思い出す。
(あれ……私何か慌ててたような……まぁ、いっかぁ……)
不快ではない、浮遊感にも似た感覚をしばし味わうとしよう。
そう決めて再び目を瞑りかけた所で、部屋のドアがコンコン、とノックされた。
「ふぁ~~い」
と間抜けな声で返事をすれば、双子の妹、香織がひょこりと姿を現した。
「入るよー……って、えぇっ!?」
信じられない! といった様子で目を見開き、ふるふると震わす指が示すのは、沙織の頭をずっぽりと覆うヘッドマウントだ。ゲームのゲの字くらいしか知らなかった姉が……よもや一人でゲームとは……。
「明日は雨決定だこりゃあ……」
戦々恐々として呟く香織とは対照的に、ベッドから起き上がり大きく伸びをする姉の部屋着の裾からは、柔らかい肌が呑気に露出していた。
いまだにチラつく靄を頭の中から振り払った沙織は、その場で立ち尽くす妹に声をかける。
「ふわぁ、疲れたぁ……香織、どうしたのぉ?」
「……ご飯だから呼んできてって。お姉、ご飯の時間は誰よりも先に席に座ってるのに珍しいねーってお母さんが……」
(ご飯……?)
そこでようやく沙織は思い出した。
「――――ああぁっ! そうだ!」
ログアウトを促すポップアップが見て、慌てて切断したのだ。
ほとんどの時間をキャラクタークリエイトに費やしたとはいえ、半日以上はゲームの中にいたはずである。沙織がゲームを起動したのが午後1時過ぎ、つまり今は夜中の……そこまで考え、疑問が頭に浮かんだ。
「ねぇ香織、今何時?」
「……夜の7時」
あれぇ? と一人頭を捻っていると、何かを察した香織が口を開いた。
「ああ、ゲームによっては、現実と時間の進み方が違う……って、まさか本当にダイブしてたの?」
基本的に機械音痴な上に、今まで一切興味を持たなかった姉の事だ。
きっと快眠装置か何かと勘違いしてうたた寝していたに違いない。
ゲームを始めようものならキャラクリで本名を入力して、その場で詰むのが関の山……いや何なら名前入力のウィンドウすら見落として詰むまであるだろう。
そう考えていた……いや、そう考えていたかった香織はやはり動揺を隠せない。けれど、床に転がる話題の新作『GranTreeSaga』のパッケージを見つけてしまえば、もはや認めざるを得なかった。
ベッドの上でちょこんと座る姉の目の前にパッケージを持ち上げる。
「…………これ、やってたの?」
「うん! すっごく面白かったよ!!」
頬を綻ばせ、きらきらした目で大きく首肯する姉の様子を見た香織は「ふ、ふーん」とどこか嬉し気である。沙織がここまで明るい表情を見せるのは、姉が愛してやまない『にゃんデブー』関連くらいだろうなぁ、と思っていたのに。
「そうだ! 香織も一緒に始めてみない!?」
「え……う、うーん、私は……いいかな……」
「そっかぁ、残念。もし気が変わったら教えてね! お姉ちゃんが教えてあげるから!」
その後も、最初の街で右往左往していた所で親切な人が色々教えてくれた事や、見知らぬ人にアバターを褒めてもらったけど上手くお礼を言えなかったこと、ゲーム内のにゃん蔵の毛並みがヤバかったこと。
それらを喜々として話す姉の様子を見て、まあ本人が楽しいならいいか、と納得するのだった。




