第5話「酒場での一幕」
《王都グランド・ラプト》の西側にある商業区はグランド・ラプトで最も多くのプレイヤーが集う場所だ。
NPCが営む宿屋や雑貨屋、武具店だけでなく、プレイヤーが個人でアイテムを販売できる『露店』が所狭しと並び、昼夜を問わず人で溢れかえるカオスな様相を呈していた。
ここに足を運ぶプレイヤー達の目的は多くの場合その露店にあり、目的のアイテムや装備を探す者、転売で一山当てようと奔走する者など、理由は異なれど、グランドラプトにある他の区とは明らかに違う、どこかひりついた空気が流れている。
そして、柔和な笑みを浮かべる青年――オルコも、そんな空気を肌で感じつつ、けれど楽し気に商業区を緩歩していた。
「安いよ安いよー」
「さー! 見て行ってくれ!」
時折かかる客引きの声に釣られるように足を止め、陳列された装備を端から眺めていく。オルコの視線が止まったのは『ガブリース・ロッド』と銘打たれた杖だ。薄紫色のすらりとした杖の先端には水色の魔法石がはめ込まれており、それを覆うように羽細工の意匠が施されていた。
確か、序盤に登場する鳥獣型フィールドボスからドロップするウィザード用の武器だ。序盤で入手出来る割に性能が高く、そこまで手ごわいボスでもない為か割と安価で販売されている。
「おいおい、あんたどう見たってウィザードにゃ見えねえが……」
オルコの目線の先にある杖を見て、露店の主である髭面の男が口を開いた。
そう言われ、オルコは咄嗟に自分の身体に目を向けると、フルプレートの鎧がガシャリと無骨な音を鳴らした。
確かに、とてもじゃないがウィザードには見えない。むしろその対極のような格好だ。
オルコは苦笑いを浮かべ、店主に尋ねる。
「あはは、確かに。一つ聞きたいのですが、この杖を落とすフィールドボスはどこに沸くんでしたっけ?」
店主は「あん?」と訝しむように喉を鳴らすが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「500ゴールドでいいぜ?」
そう言って手を差し出す店主を、強かだなあと眺めながら、空中に音も無く表れた布袋を掴み、店主の手に乗せた。
「へへっ、まいど!」
いかにも商売人らしい笑顔でそう言うと、空中に現れた紙束を丸め、オルコに投げ渡す。オルコはそれを受け取ると、礼を言った後に目的の場所へ足を進めるのだった。
◇
からんからん、とドアに備え付けられたスイングベルが鳴り、来店を知らせた。
間接照明で仄かに照らされた店内にはテーブル席が2つとカウンター席がいくつか用意されているだけの簡素な作りで、さほど広くはない。
店内にはNPCと頭上に表示され、カウンターの奥でシェイカーを振る男が一人と、その向かいの席で暇そうにグラスの淵を指でなぞる男が一人。
触れれば指が火傷しそうなほど真っ赤な髪の毛は野暮ったく切り揃えられ、革製の軽装に身を包む男の腰には三本の短剣が収められている。垢抜けていないようで、どこか剣呑な雰囲気を感じる男だ。
「やあルイン、待たせたね」
そんなルインに声をかけ、横にある木製のハイチェアに腰を掛けるのは、先ほど店にやって来たばかりの青年――オルコだ。
ルインはオルコを一目見るなり、真剣な表情を浮かべ――
「なあ、あんた恋をしたことはあるか?」
と、真っ直ぐな目でそう尋ねた。
それはオルコにとって微塵も想定していなかった質問で、脳内では大量の疑問符が飛び交い始める。
何を言おうか……いや、何を言えばいいのか分からなかったオルコは口を噤む他なく、気まずい沈黙が場を支配した。
それから数十秒の間を開けた後、ルインは赤い髪をガバっと持ち上げた。
「……っ、すまん、忘れてくれ……」
「わ、分かった……それで、今日ここに呼び出した訳を聞いても?」
ルインはグラスに残った酒――風味の液体――を一息で飲み干すと、ふぅと息を吐いた。
「ああ、呼び出したのは他でもない。天衣無縫のオルコ……あんたをうちのギルドに勧誘したい」
オルコはその言葉に胸を撫で下ろした。
空いたグラスを弄っているこの男は、唐突にあんなことを言う男ではなかったと記憶していたからだ。それこそ数度話した程度の間柄で、恋愛話を語り合うような仲では決してない、とも。
「……その話は前に断ったはずだけど」
「いーや、あんたは『考えておく』と言ったんだ。だから俺はその答えを聞くためにお前を呼び出した」
「どちらにせよ、さ。なら今正式にこの場で返答しよう。ギルドの誘いは断らせてもらう」
その返事に、ルインはお手上げだ、とばかりに肩を竦めて小さく息を吐く。
「理由を聞いても?」
「君たちが僕を誘う理由は、次の大型アップデートで実装されるギルド戦で良い成績を残すことだと認識してるけど……」
相違は? と目線で問いかけるオルコに、ルインは口を噤んだままだ。それを肯定を受け取り、話を続ける。
「腕を買われるのは素直に嬉しい。だけど生憎プレイヤー間での戦闘に興味が無い。それに、皆が言うほど、自分の腕に覚えがあるわけでもないしね」
――天衣無縫のオルコ
誰が言い始めたかも分からないその呼び名は、上位のプレイヤー達で度々話題に挙がる名であった。
曰く、その美しい剣技を以てボスを切り裂く。
曰く、ソロで挑むが、その者の身体に傷一つ残らず。
本人は噂に尾ひれがついて回っているだけだ、と一蹴するが、周りはそうもいかなかった。そしてそれは「かっかっか」と喉を鳴らすルインも同じだ。
「あんたがそう言うんなら、そうなんだろうなあ。……まぁいいさ、あんたがこの世界にいる限り、いつまでもソロで居るわけにはいかない。そうなった時に後悔すればいい」
オルコはその言葉を聞き終えると、木製のハイチェアから立ち上がった。
店のドアが開き再びスイングベルが音を鳴らす。
半歩だけ外に足を踏み出したオルコは、振り返らずに口を開く。
「このゲームが始まって1か月――本当に強いプレイヤーならこれから頭角を現してくるさ」
それは暗に「これ以上俺を誘わないでくれ」という意思表示であり、それを薄っすら感じ取ったルインはつまらなさそうに鼻を鳴らすのだった。




