第4話「杖の威力(物理)」
「えいっ!」
気の抜けた声と共に杖を振り下ろせば、ニアの目の前でもにょもにょと動いていたスライムのHPバーがほんのわずかに減少した。
それを見たニアは、緊張させていた口元をわずかに綻ばせた。
(出来た……っ!)
ニアがスライムと激闘を繰り広げているのは、通称『ビギナー街道』と呼ばれる狩場だ。この狩場にはスライムやゴブリンなどの低級な魔物しか存在しない為、ビギナーが基礎を学ぶに適した場所である。
もっとも、あまりにも狩り効率が悪いために、この狩場を使用するプレイヤーはほとんど居ないのだが、ニアがそんなことを知る由もない。ついでに言えば、スライムは脅威性が低く、激闘を繰り広げる相手ではないことも。
とは言え、数分おきにひんやりした身体をぶつけてくる魔物が消滅した時、ニアは確かな手ごたえを感じていた。
「そうそう、その調子」
ニアの背後から狩りの様子を見守っていた長身の青年――オルコは手をたたき合わせながらニアに身体を寄せる。
「じゃあ目線を左上に合わせてみてごらん、黄色いゲージが見えるだろ?」
オルコが指につられる様に視線を動かすと、Expと書かれたゲージが現れた。
「え、えと……1割くらい、黄色く塗りつぶされてます」
「それそれ! そのゲージが最後まで溜まるとレベルアップするんだ。1割くらいなら、あと9体スライムを狩ればレベルが上がるから」
ニアと同じ茶色の髪をなびかせ、フルプレートの鎧で全身を包んだオルコは、相手によっては自分の見た目に気圧されることを知っている。
だからこそ出来るだけ柔和な笑みでニアに接していたのだが、それでも鎧ががしゃりと音を立てれば、その度にびくりと身体を震わすニアを見て親近感が湧いていた。
この小動物のような初心者が、出来るだけこの世界を楽しめるように手ほどきしたいところだ。けれど、約束の時間を知らせるメッセージを受け、口惜しそうにニアに告げる。
「ごめんね、この後知人と会う約束をしててね。もう少し教えて上げられると良かったんだけど……」
「いっ、いえ……っぁ」
申し訳なさげに頭を掻くオルコに、ぶんぶんと頭を横に振ると、勢い余ってか、三角帽子がニアの頭からはらりと落ちた。拾うべく慌てて身を屈ませるが、帽子に先に手を触れたのはオルコの指先だった。
お互い身をかがめたままの姿勢で目が合う……いや、オルコの視線はニアの目ではなく頭上を向いていた。
「あ、あのぅ……」
半日の集大成とも言える猫耳を凝視されてしまえば、ニアは身体中の血が頬に集まってくるのを感じた。
「……え、あ、ああ、ごめんごめん。はい、これ」
赤面させ口元をぎゅっと結ぶニアに気づいたオルコは、付くはずもない土埃を払うように手を動かし、ニアに帽子を手渡した。受け取るや否や、ギュっと深く被るニアの様子をオルコは楽し気に眺め「それじゃあ、また」と街の方へ引き返していった。
オルコの後ろ姿が見えなくなるのを確認したニアは、両手を小さな身体の前でぐっと握り、自らを奮起させるべく声を出す。
「よ、よぉし……やるぞー、おーっ」
しばらくして《長時間のプレイが確認されました》とログアウトを勧告するメッセージウィンドウに気づいたニアが真っ青な顔でログアウトしたのは、ちょうどレベルが2に上がったのと同時であった。




