第2話「条件」
『GranTreeSaga』はフルダイブ技術が確立されて以来初となる、MMORPGだ。数年前から開発が始まり、コアなファンは発売を今か今かと待ちわび、満を持して発売されたのが一月ほど前のこと。
最新技術の粋を集めた本作は、メディアで度々取り沙汰され、発売からしばらく経った今でもその熱気が冷めやらぬまま多くのプレイヤーが夢中になっている。
ゲームのデザインはオーソドックスなファンタジー世界だ。
様々な種族が存在する世界でプレイヤーは冒険者となり、思い思いに冒険することが出来る。仲間とパーティを組んで魔物を倒すもよし、湖畔に家を買って自由な時間を過ごすのもよし、生産に熱を注いでひと財産築くのもよし。
とにかく、この世界は自由なのだ。
そして、この世界に新たにやってきた少女――ニアの冒険もまた自由である。
ぼんやりと霞んでいた視界はやがて晴れていき、いつの間にやら被っていた三角帽子を持ち上げれば、写真でも見たことが無いほど美しい景色がニアの視界に広がっていた。
(わぁ……すごいなぁ……!)
半日程待ちぼうけを食らったアシュリーに「それじゃあ良き冒険を」と投げやりに転移させられたのは、プレイヤーが最初に降り立つ街――《王都グランド・ラプト》である。
中世ヨーロッパをモチーフとして作られた街で、石造や半木造の家々が立ち並ぶ美しい景観が特徴だ。
ニアが立つ噴水広場はグランド・ラプトの最南端に位置しており、三又に分かれた大通りを進むと、それぞれ『商業区』『居住区』『王立魔法学区』へと繋がっている。街の隅々まで見て回ろうとすれば、間違いなく半日以上は要するだろう。
ニアが目を輝かせて見る街の景観はそのほんの一部に過ぎないのだが、そんな事はつゆ知らず、まるでここが世界の中心であるかの如く心を躍らせる。
もしニアが純粋にゲームを楽しむという目的でこの世界に来ていたなら、この街を隅々まで堪能していたに違いない。
けれど、彼女には使命があった。
(あっ、あれは……!)
ニアが愛してやまない『にゃんにゃんランデブー』通称『にゃんデブ―』のキャラクターを見つけてしまっては、彼女の目にはそれしか映らなくなった。
「にゃん蔵~~っ!!」
ニアとさほど変わらぬ背丈で二足立ちする三毛猫の頭上には『イベントNPC』と表示されている。当然NPCが何を指すのかニアは知らないが、そもそも目の前の三毛猫しか視界に入っていないので関係ない。現実世界で行われるにゃんデブーのイベントできぐるみを発見した時と同様のテンションで両手を広げて抱き着いた。抱き着いてすぐ、違和感を感じた。
(毛並みが……!)
毛並みがリアルすぎたのだ。
きぐるみなんかとは比べ物にならないそれに、ニアの頬ずりは止まらない。その様子を見た周りのプレイヤーは足を止め、奇怪な目をニアに向けるが、そんなものはお構いなしだ。ニアの白い肌が、三毛猫の毛並みに吸収されていく。
ようやく落ち着いたのは、痺れを切らしたにゃん蔵がニアを引っぺがすように持ち上げた時だった。
「にゃっ、にゃんにゃのにゃ!? 」
「にゃん蔵が喋った!?」
頭上に汗アイコンを浮かべながら「みゃったく……」とぼやくにゃん蔵は短い前足で器用に額を拭うと、口元の髭をひくひく動かしながら口を開いた。
「おみゃあはにゃあの事を知ってるのかにゃ?」
「もちろんだよ! にゃんデブーの主人公オス猫でにゃん美の事が大好きな三毛猫! 友達の黒猫はにゃん吉で白――――」
普段は内気で物静かな割に、好きな事となると火がついてしまう性格だ。周りのプレイヤーどころか、聞いた本人すら「聞かなきゃ良かった」と若干引いている事に気が付かない。
「す、ストップにゃ! もう分かったにゃ!」
「まだまだあるのに……」
不満気に口を尖らせるニアを他所に、にゃん蔵が強引に話を続ける。
「にゃ、にゃら話は早いにゃ。おみゃあ、最近にゃん美は見なかったかにゃ? 実はここしばらくにゃあの前にも姿を見せないのにゃ」
それはニアにとって天地がひっくり返ったかのような衝撃であった。
「え、えぇ!? ダメだよそんなの! にゃん蔵とにゃん美はいつも一緒に居なきゃダメ!」
「にゃ、にゃあ……そこでお願いがあるのにゃけど……おみゃあに、にゃん美を探してほ――」
「任せてよ! 私が絶対にゃん美を探してあげるから!」
食い気味で答えるニアに「ありがたいのにゃけど……」と申し訳なさそうに髭をひくつかせ、神妙な面持ちでにゃん蔵が静かに告げる。
「レベルが低すぎて、今のおみゃあには任せられないのにゃ。レベルが10になったらまた来てにゃ」




