第24話「お礼のハーブティー」
リハビリ投稿
王都グランド・ラプトの中心街には、夕暮れ時にも関わらず多くのプレイヤーが行き交っている。
レンガで舗装された道に落ちる長い影をじーっと眺めながら、真っ黒い猫――ルナは背後で繰り返されるため息になんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
「はあぁあ~~負けたぁぁ~」
NPCが営む宿屋の二階部分に併設された喫茶店はさほど広くはないものの、狭すぎるというわけではない。まばらだが自分たち以外の客も店内にいて、楽しそうに談笑している。
だからこそか、他とは一線を画すどんよりとした空気についに耐え切れなくなったルナは、外を眺めるのを止めて、出窓のふちから机に飛び乗った。
「いい加減、機嫌なおそーぜ」
「うぅ~ん……」
やはり少女は机に突っ伏したまま、から返事で答える。
こりゃあ重症だ、と机の上で諦め気味に体を丸めるルナだったが、しばらくして背後から聞こえた二人の声とがちゃがちゃと食器を運ぶ音にぴくりと耳を動かすと、再び出窓のふちに飛び乗った。
「お待たせ」
普段の鎧姿とは違う、爽やかな軽装に身を包んだオルコの背中を、紅茶を零さないようたどたどしい足取りで二つのソーサーを持つ少女――ニアが追う。
がしゃり、がちゃり。
ニアの震える手を、先ほどまでうなだれていたアイシスが心配そうに見守っていた。
なんとか零さずにソーサーを机の上に置くと、安堵の息が二つ重なった。
「……って、あれ? 私の分はいらないって言わなかったっけ?」
「ああ、それは――――」
ニアとアイシスの対面に座るオルコが、先を促すような目線を送る。それを受け、ニアはもじもじと三つ編みの毛先をいじりながら口を開いた。
「そ、その……今日の、お、お礼です……」
「……おおっと! アイシスちゃんを舐めてもらっちゃあ困るよにあにあッ! 勝者からの施しは受け取らないッ!」
「え、えぇっ!?」
つーんとそっぽを向くアイシスと、あわあわと視線を彷徨わせるニア。それを見かねたオルコは、困ったように苦笑いを浮かべ、身を乗り出し。
(君の口に合うかどうか、すごく悩んでいたんだよ)
そう耳打ちする。
頬が紅潮していくのを感じたアイシスは、そっぽを向いたまま恥ずかしそうに頬をかき、綻んだ口元から必死に言葉を紡いだ。
「いや、やっぱり貰おうかな……うん、ウェルカム、施し」
「はっ、はいっ! お口に合えば良いんですけど……」
ソーサーを持ち上げ、ティーカップに顔を近づけると、ハーブの香りがアイシスの鼻腔をくすぐる。
「いい香りだね。アイシスちゃん好きだよ、この香りッ」
「よ、良かったです……! カモミールは私も大好きなハーブティーで……アイシスさんが気に入ってくれるか、その、不安で……」
「あははっ、っていうかさ、にあにあは何で今更そんなに他人行儀なのっ?」
「それは……」
「あー、もしかしてイベントの事気にしてるの? だったら全然気にしなくていいのにっ! そもそもあれは、アイシスちゃんの…………あいしすちゃんの……うぅ……」
尻つぼみになって消えていった声とともに、再びぱたりと机に突っ伏すアイシス。
その様子に、ニアは話題を変えるべく、慌ててオルコに助けを求めた。
「お、オルコさんは何をしていたんですか……?」
「僕かい? 近くの広場でパブリックビューイングが行われていてね、イベントの様子をそこで観ていたんだ」
「えッ……も、もしかして、私たちも映っていたんですか……?」
表情を蒼白に染めながら、恐る恐るといった様子でニアが尋ねると、オルコはふるふると頭を振った。助かった、と胸に手を当てて一息つくと、次はオルコがアイシスの方をちらりと見て口を開いた。
「だからこそ気になるな、君たちの居たエリアではどんな戦いがあったのか」
言い終えると、アイシスは一瞬だけ身体をびくり! と跳ね上がらせ、やむを得ないと言わんばかりに葛藤した後、のそのそと起き上がった。
「……口外厳禁だよ?」
「あはは、もちろん」
アイシスがぽつぽつと話し始めたのは、出窓でうとうとしていたルナが小さく寝息を立て始めた頃だった。
イベント終盤、アイシスは強敵との戦闘を勝利でおさめ、『お助けアイテム』を獲得。体力の回復を待ち、鈍い地響きがした方へと向かう。
その場所で戦闘があったことはすぐに分かった。
森の中だというのに、その場所だけはまるで巨大な何かが暴れた後のように荒れ果てていたからだ。
木々はひしゃげ、地面は抉れている。
とても森林フィールドとは思えない悲惨な光景――――そしてただ一か所、まるでそこだけ切り取られたように無事な部分も目に付いた。
その場所に一人、普段の彼女とは別人のようにひんやりと冷たい目をした少女と、その足元で怯えたように体を丸めた猫が二匹。一匹はアイシスも良く知っている黒猫、そしてもう一匹はイベントの勝利条件である金色の猫だった。
「そうだっ、今だから聞くけどさ、あのフィールドはにあにあの仕業?」
と、そこまで話したアイシスが思い出したように尋ねると、ニアは気まずそうに視線を彷徨わせ、しばらくしてから頷いた。
「……今日、イベントの前に使えるようになってて、それで……」
「なるほど、あの時急に水が降ってきたのって――」
そこでオルコが合点がいったように呟くと、ニアはもう一度こくりと頷く。
ポーションを作り続け、いつのまにやら増えていたスキル《傀儡創造》
巨大なゴーレムの足を創造し、大地に降らせるユニークスキルである。
イベント開始前、オルコとアイシスがニアの錬金工房に訪れる少し前にスキルの存在に気づき、何の気なしに近くの湖に試し打ちしてみたところ、うっかり湖の水位が半分ほど減ってしまったのだ。
「そ、その……使わないようにしようと思ってたんですけど……気が付いたら、いつの間にか……」
「ずーるーーいーーーっ! それがあればアイシスちゃんだって――――」
納得したかはさておき、疑問が解消されたアイシスは、その話を聞き終えると、より一層ユニーククラスへの憧れが高まったように足をじたばたさせる。
そしてもはやそれは自分の仕事だと、率先してアイシスを宥めるオルコは、気になっていたことを尋ねた。
「まあまあ、それよりも君の話だとお助けアイテムがあったんだろう?」
「……そうだね、私はそれで勝ちを確信してたんだけど……」
「それは一体?」
「あれは……」
アイシスが獲得したお助けアイテム。
それは《またたび》だった。
わざわざテキストフレーバーに『超強力!』 と銘打たれたイベント専用アイテムは、アイシスが勝ちを確信するには十分な代物だった。
イベント終了までは残り五分。
またたびの効果が出るまでのらりくらりとかわし、金色の猫を確保したら後は時間制限まで逃げればそれで勝ち――――と、ここまで算段をつけ、アイシスは堂々とニアの前に姿を現した。
だがアイシスの存在にまるで気づかず、虚ろな目で佇むニア。
このまま猫だけ確保すれば何事もなく済むんじゃないか、とも考えたが、そうしなかったのはアイシスが渇望していたユニーククラスへと先んじて転職したニアへのライバル意識だろう。もっとも時間切れギリギリまでこの状態が続くようならそうするつもりではいたが、幸い数秒後にはニアの瞳に光が戻り、二人は相対することとなった。
――ごめんね、にあにあ
恐らく無抵抗であろうニアに、容赦なく斬撃を紡ぐアイシス。
持ち前の動体視力で何とか回避できたのは、せいぜい最初の数撃。アイシスの短剣が徐々にニアを捉え初め、HPが緩やかな減少を始める。
そんなやり取りから少しして『仕掛け』の効果が表れた。
あらかじめ衣服にふりかけておいたまたたびだ。
酩酊状態となった二匹の猫は、ふらふらと千鳥足でアイシスの元へと吸い寄せられ――――。




