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第23話「黄金の猫④〜傀儡と影〜」

 ガサガサと音を立て、茂みでうごめく黄金の毛並み。

 それをニアが見つけたのは偶然だった。


「おいでー」


 その場に膝をついて目線の高さを合わせる。

 優しい声音でニアが手を差し出すが、それを受けた黄金の猫は訝しむように双眸を光らせていた。


「怖くないよー」


 ニアがじりじりと距離を詰めれば、それと同じだけ後ずさる。そんなやり取りを繰り返したところで、金色に輝く小さな体は茂みの奥へと消えていった。


「あう……」


 基本的に動物に好かれるニアにとっては少なからずショックな出来事だ。

 がくりと首を落とすと、背後から成り行きを見守っていたもう一匹の猫がニアの背中をぽんと叩いた。


「オイラに任せな」

「……ホントに大丈夫?」

「あぁ、こういうのは猫同士の方がやりやすいんだ。それにオイラはこう見えてもやり手なんだぜ?」


 ヒゲをひくつかせながら、にやりと笑うルナ。

 ニアが少しばかり不安を感じながら頷くと、茂みの奥に消えていった黄金の猫を追うように、黒猫もずんずんと進んでいく。


「大船に乗ったつもりで待ってな」


 茂みの奥から、そんな声が聞こえてきた。


 五分後。


「大丈夫?」

「おう、余裕だぜ」


 更に五分が経ち。


「……ルナ?」

「お、おう。もう少しだ……」


 焦りが感じられる返事に、ニアは思わず周囲を見渡す。

 よく考えてみれば、ずっと側にいたルナがいない。それだけで、なんだか不安な気持ちにさせられた。

 誰かの視線を感じるのだ。

 そもそもが人見知りしがちで臆病な性格である。

 今までは気にならなかったが、耳を澄ますとあちこちで爆発音やら叫び声があがっている。

 戦闘が起きているのだろう。

 そう考えると、無性に心細くなり。


「ね、ねえ、ダメそうならもういいから……」


 茂みの方に、そんな言葉をかけた。

 しかし返事はなく、それからしばらくしてようやく戻ってきたルナの身体には傷がいくつもついていた。

 慌てて駆け寄ると、ルナの少し後ろにもう一匹――毛並みを黄金に輝かせる猫が目に入った。

 どうやら、交渉は成功したようだ。


「すごいすごい! ルナ、偉い!」


 そう言ってルナの身体を抱き上げ頬擦りする。

 ニアの小さい手の中で満身創痍とばかりに項垂れるルナも「ここまで喜んでくれるならまあいいか」とどこか誇らしげに喉を鳴らした。


 その様子を羨ましそうに見ていた黄金の猫に視線に気づくと、ルナを抱えたまま慈愛に満ちたまなざしを送る。


「おいで」

「……にゃあ」


 しばらく逡巡したのち、黄金の猫はニアの懐に飛び付こうとした、その瞬間。


 パキ、パキッ。


 氷が張る音がニアの耳を打った。

 次いで、ひゅうと冷たい風が頬を撫でた。


「にゃ!?」


 驚いたように鳴く黄金の猫の足元を見れば、青白い冷気を纏わせていた。冷気はやがて四本の足に移動し、逃がさない――そんな意思を持っているかのように凍りついた。

 それが他のプレイヤーの攻撃であるのは一目瞭然だ。

 ニアがきょろきょろと視線を彷徨わせると、少し離れた場所から近づいてくる人影が目に入った。

 青い髪の女性が、目元を歪ませながら歩いてくる。

 

 ニアと同じようなローブを身につけ、手には杖を。

 使用したスキルは凍結魔法。

 イベントが始まる前に受講した、オルコによる勉強会と照らし合わせれば、その女性はウィザード系統上位職エレメンタリストだろう。


『対エレメンタリストで重要なことは、とにかく間合いを詰めることだね。彼らの攻撃手段はロングレンジが多いから、スキルを発動させる前に叩くといい』


 そんなアドバイスをもらったことは、すっかり頭から抜け落ちていたが。

 もっとも、今となってはそのアドバイスも無意味である。

 スキルは既に使用され、黄金の猫の足元を漂っていた冷気は既にニアの身体を這っていた。


「降参してくれないかしら? 無駄なMPは使いたくないもの」


 杖を構えながら口を開くエレメンタリスト。

 勝ち誇った顔でニアを見据えている。


「――――――うして」

「何かしら?」

「どうして、どうしてこんなに酷い事が出来るんですか?」


 ローブの裾を握る手に力を込め、言った。

 薄紫色の瞳からはハイライトが消え、持ち上げられた顔に影を落とす。

 感情を感じさせない平坦な口調に、ニアの前に立つエレメンタリスの女性は首をかしげた。


「どうして、って……あなた勝利条件も知らずに参加したの? その猫を捕まえないと――」

「捕まえるのに、足を凍らせる必要があるんですか?」


 言葉を言い切るより先にニアが問えば、背中にぞっとしたものを感じたエレメンタリスト。この子は関わってはいけないタイプだと直感的に察し、反射的に口を開く。


「ごめんなさいね、あなたの獲物を横取りしちゃって……ここは引かせてもらってもいいかしら?」


 務めて真摯な態度。

 しかし、その言葉はニアが欲していたものではない。


「私に謝ってほしいわけじゃありません。でも、もういいです」


 ぽつりと呟き、いつのまにやら手に持っていた杖を眼前に据える。

 そして――。


「《傀儡創造(クリエイト・ゴーレム)》」


 一言、そう唱えた。





 風を切り、走るアイシスがふわりと宙に舞う。

 対する少年は、牽制するようにロングボウを構えた。

 放たれた矢を空中で身体を翻すことで回避すると、アイシスはその勢いのまま、手に持った短剣を少年の背後へと投擲した。


「《影踏(シャドー・ステップ)》」


 短くスキル名を吐き出すと、空中に居たはずのアイシスは、次の瞬間には少年の背後に現れた。地面に深く突き刺さっていた短剣を拾い、振りかざす。


「《影縫(シャドー・スティッチ)》」


 システムアシストによって加速するアイシスの攻撃は、しかし少年のバックステップによって空を切らされた。


「いいですね、実にいい」


 再度バックステップによって距離を取った少年が口を開く。


「ですが、単調すぎますね。型にハマった攻撃じゃ、僕には届きませんよ」


 自分の位置を短剣の位置に瞬間移動させる《影踏》と相手の背後から攻撃することで必ずクリティカルヒットが発生する影縫。

 この二つの合わせ技は、アイシスが知る限り最も高い攻撃力を誇るコンボである。加えて言えば、アサシンを代表する攻撃パターンでもあり、敵からすれば第一に警戒すべき技。

 それ故に、回避されたのはある意味当然だった。

 しかし、初撃で決着をつけたかったアイシスは、ぐぬぬと奥歯を噛みしめた。


「あなたの考えを当てましょうか? 『さっきまでの戦いで、こいつのMPは底を尽いている。自然回復でMPが溜まる前に決着をつけなければ』」


 勝ち誇ったように笑う少年の言葉。

 その言葉は、アイシスの心にぎくりと音を立てた。

 動揺を悟られないように答える。

 

「へえ、MPが尽きかけてるんだ? わざわざ教えてくれるなんて、優しいんだね」

「隠すことではありませんので。先ほどの攻撃で分かりましたが、どうやら対人経験が豊富ではないご様子。でしたら通常攻撃だけでも十分ですからね」


 自信満々と発せられた言葉は恐らく正しいのだろう。

 そもそもアイシスにとって対人戦は初めてである。もっとも対人戦がメインの配信を何度か視聴しているので、知識だけはそれなりにあるのだが。


「ふぅん、油断してくれるのは大歓迎だけどさ」

「油断ではなく、事実ですよ。あなたと僕の力量差はどうあってもひっくり返ることはないでしょう」

「……そっか」

「ええ、それじゃあ再開しましょうか」


 それからしばらく、戦いは続いた。

 宣言通り通常攻撃しかしてこない少年に、それを回避しながら反撃をうかがうアイシス。しかし対人戦において経験値の比重はかなり大きい。その差は、徐々に削れていく体力が如実に表している。


 変化が起こったのは、アイシスのHPが半分あたりまで減少した時だった。

 アサシンを代表するスキル《影友(ダブル)》によってアイシスそっくりの分身体を出現させると、一人と一つの影が少年に向かって疾駆する。

 片方が跳躍し、もう片方はそのまま地面を駆け。

 同タイミングで投げられた短剣が二本とも少年の背後に突き刺さると、少年はつまらなさそうに口を開いた。


「それはもう、さっき見ましたよ」


 無表情のまま、地を駆けるアイシスへと矢を放つ。

 その矢を避けようともせずに直進するアイシスの身体に、矢が突き刺さった。

 すると身体から煙が立ち上り、やがてその場から消えた。


「どうしてこう、ワンパターンなんですかね」


 勝ち誇ったように言う少年の背後に、もう一人のアイシスが現れ、短剣を拾い上げる。そこから放たれるのは、戦闘開始直後に用いられた《影踏》と《影縫》による合わせ技。


「だからもう見ましたって」

 

 少年は短く鼻を鳴らすと、バックステップを踏んだ。

 そして回避されるところまでは、先ほどと同様。

 しかし――

 そこで変化が起きた。


「――――ふぅん、じゃあこれはっ?」


 唐突に背後から聞こえた声に、少年は振り返る事すら叶わなかった。

 そして、短剣が振り下ろされた。


「《影縫(シャドー・スティッチ)》」


 背中にわずかな衝撃を感じ。

 少年は敗北を悟る。





「ねえっ、君の考えを当てようか?」


 HPが尽き、その場に倒れ込んでいた少年に声をかける。

 何も言わないままアイシスの顔を見ていた。


「『先に消えた方が分身で、自分の後ろに現れたのが本物だったはずなのに』でしょっ? 残念ッ! 君に攻撃されたのは本物のアイシスちゃんでしたッ! タイミングよく《影潜(クローキング)》を使ったから、騙されたでしょう?」


 《影潜(クローキング)

 使用と同時に数秒間の間、他のプレイヤーから視認されなくなるというスキル。

 もっとも、このスキルは強力過ぎるが故に明確なリスクがある。

 完全に視認されなくなるわけではなく、陽炎のようにゆらゆらと漂う影が映る。なおかつ、もし攻撃を当てられると、数秒の間気絶状態になる。

 なので、ここぞというタイミングでしか使えないスキルだ。

 しかし有効的に使えた際には絶大な効力を発揮する。


 アイシスはまず《影友》で分身体を作り出し、跳躍させた。

 それと同時に本体はそのまま突き進み、あえて攻撃を受ける。タイミングを合わせて《影潜》を使えば、少年の視点からはあたかもそれこそが分身体であるように錯覚しただろう。


 そこからは簡単だ。

 分身体の攻撃をバックステップで回避させたところを、その更に背後から襲うだけでいい。

 もちろん、あえて攻撃を受けたこともあり、ギリギリの勝利ではあるのだが。

 勝ちは勝ちだ。


「ねえねえ、今どんな気持ちっ? あれだけ馬鹿にしてたアイシスちゃんにまんまと出し抜かれて、どんな気持ちッ!?」


 今までの借りを返すように、最大限皮肉を込める。

 せいぜい悔しがってくれればいい。

 しかしそんな期待に反するように、無表情で何も言わないまま、少年の身体は微細なドット状へと変わっていき、やがて霧のように消えた。

  

 それからしばらくして。

 

 地面に仰向けになって天を見つめていたアイシスは、思い出したかのように起き上がった。

 件の目的、宝箱である。

 未開封のまま置かれている宝箱を、つま先でコツンと蹴る。

 ひとりでに開いた宝箱の中身を取り出すと、アイシスは口角を吊り上げた。


(この勝負、貰ったねっ!)


 しかし次の瞬間に起こった地震にも似た地響きに、慌てて表情を改める。すぐに《リスト》を表示させると、生存しているプレイヤーは三人しかいなかった。

 そこにある名前をちらりと確認し、アイシスは地鳴りが響く方向に走り出した。


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