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第22話「黄金の猫➂〜お助けアイテム〜」

「マズいなあ」


 輪っか状に丸めた右手を眼前に据え、アイシスが呟く。

 クラスを問わず使用可能なスキル《望遠》によって拡大された視界に映るのは、未開封の宝箱と二人のプレイヤーだ。

 宝箱の側に立つ少年の手にはロングボウ。

 少年の前に立つ男の手にはメイス。

 男は息を切らしながら、余裕の表情を浮かべる少年を睨んでいた。

 その様子を、数十メートル離れた地点――茂みに身を潜め、眺めるアイシスはその場から動けずにいた。


「あの子、相当やるね」


 二人の戦闘に目を向けたまま、ぽつりと言う。

 するとアイシスの頭上に浮かぶ球体に、次々とコメントが流れた。


『これで何人抜き?』

『あのアーチャー強すぎて草』

『戦略的撤退を進言するでござる』


 アイシスがこの場に来たのは、十分ほど前。

 マップ上に突如として現れた宝箱のアイコンは、恐らくアシュリーが言っていたお助けアイテムだろう。そう考え、急いで駆け付けた……のだが。

 どうやら少し遅かったようだ。

 宝箱の周辺にはアイシスと同じ考えを持ち、なおかつアイシスより先に到着していたプレイヤー達による大乱闘が始まっていた。


 止む無く茂みに身を隠したアイシスは、しばらくして状況を把握した。

 その場で起きていたのは大乱闘ではなく、一対多数の戦闘だった。

 多数側のプレイヤーは、一人の少年に剣を振り下ろし、魔法を撃ち放つ。しかし、その全てを素早いステップとロングボウの矢で対処すると、次はこっちの番と言わんばかりの猛攻が多数側を襲う。

 雨のように矢を降らす《アローレイン》で空間を支配し、わずかに生じた隙を逃さないよう、的確に単体スキルを打ち込んだ。

 そんな攻防が何度も繰り返され、最終的に残ったのはメイスを持つ男のみである。

 そして。


「……あっ」


 アイシスの呟きと同時。放たれた少年の一撃によってHPが尽きた男の身体が、微細なドット状の霧となり、やがて姿を消した。

 少年は汗一つかいていない額をわざとらしく拭い、口を開く。


「おーい! そこに居るんでしょう! 早く出てきてくださいよ!」


 それが自分に向けられた言葉だとすぐ理解できたのは、《望遠》越しに数十メートルは離れている少年と目が合ったからだ。アイシスはその場で逡巡する。


(戦闘を回避するか、宝箱を取るか……うーん)


 もし前者を選んでこの場から立ち去れば、少なくとも生存は可能。しかし、イベントに勝利出来るかと問われると……。

 事実、現在に至るまで黄金の猫の手掛かりは掴めていない。お助けアイテムがどのような物かは分からないが、例えば黄金の猫の現在地を示すアイテムであれば、勝利はかなり近づくだろう。


 一方で後者の宝箱――つまりあの少年との戦闘を選べば。

 そこまで考えて、アイシスは再び《望遠》を使って少年を見た。

 

(……いや、無理無理。絶対無理ッ)


 先ほどの一騎当千ぶりを見れば、それがどうしようもなく無謀な選択に思えた。

 百回挑めば、百回負ける。

 そうだ、別にここで戦わなくとも、イベントの勝利条件にプレイヤーの討伐は含まれていない。

 なら、この場は引く判断が正解。


 そう考え、一歩後ずさる。

 落ちていた木の枝がパキッと音を立てると、少年は心底がっかりした声音で口を開く。


「えぇ、逃げるんですか? 冗談ですよね? あの小っちゃい女の子ですら戦おうとしていたのに」


 その言葉で、アイシスはふと思い出したように手元を動かす。同グループに振り分けられたプレイヤーを表示する《リスト》が現れ、下にスクロールしていく。

 先ほどの戦闘もあってか、プレイヤーネームの大半は暗転――つまり脱落しているようだ。そして《リスト》の最下部、暗転せずに残っていたその名前に、アイシスは安堵した。


「ねえ、その女の子ってさ」


 茂みに身をひそめたまま、少年に問う。


「気が弱そうで、三つ編みで、古いローブ姿で、黒猫を連れた女の子?」


 思いつく限りの特徴を挙げると、少年は怪訝そうな顔をした。


「そうですけど?」

「そっか」


 間違いない。

 気が弱く、三つ編みで、古いローブ姿で黒猫を連れたニアは、この少年と戦おうとしたのだ。どういう訳かは分からない。でも、この少年と戦おうとして、あるいは戦った末に生き残っている。

 ゲーム初心者のニアが……いや、ゲーム初心者だからこそ、この少年との力量差を図りかねたのかもしれないが、とにかく。

 それならば、私が逃げるわけにはいかない。

 ニアに対する対抗心を感じながら、アイシスは立ち上がった。

 

 ライバル意識はいつ芽生えたのか。

 彼女がユニーククラスだと教えられた時だろうか。

 そんなことを考えながら、宝箱の側に立つ少年に向かって、歩いて行く。


「へえ、結局立ち向かってくるんですね。ありがとうございます、感謝しますよ」


 アイシスの姿を捉えた少年は、ニヤリと口角を釣り上げ、くるくる弄んでいたロングボウの動きを止める。背に掛けた矢筒に手をあてがうと、再び口を開いた。


「アサシンですか。いいですね、実にいい」

「ふぅん、余裕そうだね。相性は悪くないはずだけど」


 アイシスのクラス。

 スカウト系統上位職――アサシン。

 隠密行動に長け、背後から強力な一撃を繰り出すことが得意なクラスである。もっとも、その分防御力は心許なく、少年のスキルをもろに受けてしまえば大きなダメージを受ける事になるだろう。

 対する少年のクラスはスカウト系統の上位職であるアーチャー。

 こちらも遠距離からの攻撃を得意とする分、防御面は他のクラスに劣っている。


 つまりは、互いの一撃が勝負の明暗を分ける戦い。そのことを両者が理解しているからか、しばらく見合ったままの膠着状態が続いた。

 短剣を掲げ、ジリジリと距離を詰めていくアイシス。そんなアイシスと一定の距離を保つように後ずさる少年の手にはロングボウ。


 達人同士の真剣勝負のような様相を呈したその戦いの幕が開いたのは、しかし気が抜けてしまうようなコメントが流れるのと同時だった。


『がんばえー』


 先に動いたアイシスの身体が、ふわりと宙に舞う。

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