第21話「黄金の猫➁~PKプレイヤー~」
『さあ、イベント開始から一時間が経過したの。そろそろプレイヤーの数も減って来たし、ちょっとした刺激が必要だと思うの』
洞窟の中。
未だに様子見に徹していたアイシスは、突如視界に現れたウィンドウに少しだけ安堵した。
イベントが始まり三十分ほど経過した段階で、既に半数近くのプレイヤーが脱落していたことを把握していたアイシス。しかし、その後しばらく《リスト》を眺めていても、新たに脱落したプレイヤーは一人か二人といったところ。
戦闘を避けるプレイヤーが多いのか、あるいは自分のように身を隠し状況をうかがっているのか。
いずれにせよ、長い膠着状態が続いていた。
『みんなマップを開いてみるの』
アシュリーの言葉に従いマップを開くと、一部のエリアに赤い斜線が引かれていった。円形マップの外縁を縁取るように伸びていく斜線がやがて止まると、再びアシュリーが口を開く。
『察しの良いプレイヤーならもう分かると思うの。斜線が引かれたエリアは、五分後から立ち入り禁止エリアになるの。立ち入り禁止エリアに十秒以上留まったプレイヤーは脱落になるから注意するの』
そこまで聞いて、アイシスは自分の予想が的中していたことに頬を綻ばせた。
猫一匹を探すには広すぎるフィールド。
であれば、こうなることはある程度予想出来た。
イベント時間の1/3もの時間。洞窟の中でただ身を隠していたのも、作戦のうちである。
アイシスの現在地は最北端の山岳部。
そしてたった今、山岳部全域を含んだマップ外縁は立ち入り禁止エリアに指定された。つまり、生き残っているプレイヤーは自然とマップ中央に集まることとなるだろう。
(そんなバチバチにやりあってそーな所に行きたくないもんね)
ならば、立ち入り禁止エリアを最大限有効に使うまで。
直前に移動することで、他のプレイヤーと遭遇する確率は極めて低くなるだろう。その後、中央部で疲弊したプレイヤーと戦う方が勝率が高くなるのは明白である。
とは言え、これは賭けでもあった。
もしこの一件が無ければ、一時間を探索に費やしたプレイヤーより明確な不利を背負ってしまうことになるからだ。
それでも、配信者としてさまざまなジャンルのゲームに触れてきたアイシスにとっては、そこまで分が悪い賭けではない。何かが起きるだろう、というある種の確信があった。
「えへへッ、これで勝利に一歩近づいたよ、みんなッ!」
眼前に浮かぶ球体に向かってピースサインを向ければ、ざざぁと波のようにコメントが流れる。
『やるやん』
『こんだけ作戦通りに進むと俺まで嬉しくなってきた。がんばれ!』
『応援してるぞー……ってまだアシュリーがなんか言ってる件』
促され、再びウィンドウに目を向ける。
「――――そんな訳もあって、もう一つだけイベントを盛り上げるスパイスをプレゼントするの。どこかのタイミングで、どこかの場所にお助けアイテムが出現するの。出現箇所はその時になればマップに現れるから、時々確認することをオススメするの」
投下物資を存在を仄めかすと、アシュリーは「それじゃあ健闘を祈るの」と言って消えていった。
『どうすんの?』
「うーん、悩みどころだね。どんなアイテムが入ってるのか分からないっていうのもあるし......うんっ、とりあえず立ち入り禁止エリアギリギリまで行こうかなッ」
イベント開始から一時間。
アイシスは洞窟から出て、空を仰ぎ見る。
「あー気持ちいいお天気だねッ。よぉし、やるぞーッ!」
意気込みを新たに、歩き出す。
◇
「――――ハァ、ハァッ」
ニアは小さい肩を上下に揺らし、息を切らしながら森の中を駆けまわる。
おさげの三つ編みをぴょこぴょこと躍らせながら、少し前を走るルナを追いかけていた。やがて足を止めて後ろを振り向くルナに釣られ、ニアもその場で立ち止まった。
「ふぅ……ここ、まで来れば……大丈夫……?」
何千キロ、何万キロ走ろうと疲労を感じることはないはずなのに。それでも全力疾走を数分続ければ、否が応でも幻の疲労感が肩にぐっと圧し掛かっているように感じた。
屈んだ体勢で膝に手を置き、ニアは恐る恐る後ろを振り返る。
「……いや、まだだな」
森の奥から飛来するソレよりも先に、ルナの一言によって無理やり身体を動かすニア。次の瞬間、木々の隙間で何かがギラリと光り、凄まじい速度でニアに迫った。
――ビシュッ
鈍い音がニアの頬を掠め、慌てて音の出所に目を向ける。
それは一本の矢。
銀色の矢じりが、大木の幹に深く貫通していた。
「いつまで逃げるつもりですか?」
次いで森の奥から姿を現した少年は、退屈しきったような表情を浮かべると、背中の矢筒に手をかけた。
「困るんですよねえ……いつまでも逃げられると」
そう言って矢を取り出し、構える。
ぎりぎりと悲鳴をあげながら引き絞られた矢の先端をニアに向け、余裕の表情で口を開く。
「大体ねえ、逃げるくらいなら何故イベントに参加したんですか。ナビゲーターも言っていたでしょう、対人有効エリアだって……まあいいです、もう逃がしませんから」
そして矢が放たれた。
ニアを見くびってか、スキルではない通常攻撃だ。
それでも、ゲーム開始以降一度も更新していないニアの装備では、大ダメージは必至――クリティカルヒットになれば一撃でHP全損という事態もありえる。
少年にしてみれば、これで十分という判断だったのかもしれない一撃を、次の瞬間には跳躍したルナがぺしりと叩き落とした。
「卑怯ですねえ、そうやって召喚獣に戦わせて何が面白いんです? 自分で戦ってこそ達成感が得られるというものでしょう」
そうは思いませんか? と付け加える少年の眼差しに、ニアはぶるりと身体を震わせた。
オルコとも、アイシスとも違う。
今までに出会ったことのないタイプのプレイヤー。
「……あ、あなたは、どうして、このイベントに……?」
勇気を奮い立たせ、口から出た言葉はそんな質問だった。
その質問に、少年は眉根を寄せた。
「はぁ? そんなの、決まってるでしょう」
手に持つロングボウをくるくると弄びながら続ける。
「正当な理由でPKが出来るからですよ……っていうかそれ以外あります? 賞金も商品も出ないイベントに参加する理由が」
当然、とばかりに告げられた言葉。
あるいはそれは正論なのかもしれない。
アイシスのように『勝利して名を売る』と目標を掲げるプレイヤーは少数……さらに言えば『黄金の猫を一目見たい』というニアの参加理由を、この少年に言ったところで理解されるはずもないだろう。
うっすらと、そんな考えが浮かび。
「戦おう……ルナ」
らしからぬ言葉に、ルナは目をぱちくりと見開く。
口をぎゅっと結び、それでもまだどこか決心がついていないような。そんな不安の色を瞳に浮かべるニアを見て、ルナもまた自らを奮い立たせる。
「よぉし、やってやろうじゃねえか!」
「……うん!」
インベントリから杖を取り出し、それをへっぴり腰で構えるニア。
少年は楽しそうに喉を鳴らした。
「やっと戦う気になってくれました? いいですね、実にいい。無抵抗な相手を一方的に、というのはボクの美学に反しますので……うん?」
途端、ニアを捉えていた少年の目が揺れる。
イベントに参加するプレイヤーに対して同時に発信された、アシュリーによる追加情報は、少年をじっと見据えるニアの視界に映ることなくブツリと途切れ。
「……せっかくやる気を出していただいたところ申し訳ないんですが、ボクはもう行きます。もっと面白そうな場所を見つけたので」
そう言って踵を返す少年。
その背中を刺すような二つの視線に、少年は一度だけ振り返って口を開く。
「安心してください、気を抜いた所で一撃――なんて真似はしないので。それより一つだけ忠告しておきます、この辺りは間もなく立ち入り禁止エリアになるそうですよ」
再び歩き始めた少年の姿は森の奥へと消えていき、ニアはへたりと地面に座り込んだ。かなりの緊張を感じていたのか、しばらくその場でうなだれていた。
少しの間を置き、ようやくムクリと身体を起こした。
「助かった……のかな?」
「さあな、それよりあの弓野郎が言ってた立ち入り禁止エリアってのが気になるぜ」
「うん、あの人が進んだ方向に行けば、大丈夫ってことだよね」
「……嬢ちゃん、たまに恐ろしいこと言うよな」
ぽつりと呟かれた言葉はニアに届かないまま、二人はしばらく間を置き、少年の後を追うように森の奥へと歩いて行った。
二人が居た場所が立ち入り禁止エリアとなったのは、それから数十秒後の出来事だった。




