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第18話「そして、少女は自覚する」

「今から街に行くよっ!」


 ガラス窓の淵に立ち、ぼんやりと外を眺めている黒猫にニアが声をかけた。


 アイシスから素材を譲り受けたニアは、その後しばらく部屋に籠りっぱなしで作業に没頭していた。

 素材を投入して、しばらくしてから小瓶に移す。自分は案外単純作業が好きなようだ。そんなことを考えながら、ひたすらポーションを造っていた。


 そして作業を続ける事しばらく。

 遂にあの表示がニアの視界に現れた。 


《インベントリが一杯です》


 プレイヤーをやるせない気持ちにさせるシステムランキング常連であるそのシステムは、残念ながらこの世界にも存在している。

 所持するアイテムが上限に達したのだ。

 ニアは慌てて確認すると、五十本以上のポーションがインベントリに連なっていた。

 そして、今に至る。


「そんなもん買い取ってくれる店あんのか?」

「うーん、どうだろうね」


 机の上に並ぶ小瓶を横目にルナが訝しむように呟けば、ニアは小瓶を一つ手に取り、目の高さまで持ち上げる。軽く振ってみると、どろりとした赤い液体が小瓶の中で揺らめいた。


「悪い物じゃないし、大丈夫だよ…………多分」


 目を背けながら最後に一言付け加える。

 すると、予想外な返事が返ってきた。


「オイラは眠ぃからパス。嬢ちゃん一人で行ってきな」

「――――えぇぇっ!?」


 思い返せば、ラトゥル山麓でアイシスと出会う前から、ルナは眠い眠いと繰り返していた。

 ルナの能力――魔物除けは、一見地味なように見えて、そこそこの魔力を使用する。つまり眠気の原因は魔力切れである。


「私が一人で行けると思う……ってもう寝ちゃったの?」


 しかしそんなことは露ほども知らないニアは、すやすやと寝息を立て始めたルナを横目に、三角帽子を深く被りなおして街へ向かうことにした。



 人でごった返した商業区をふらふらとした足取りで歩いていた。

 現実世界(リアル)の時刻は夜の九時過ぎ、いわゆるゴールデンタイムである。あまりの人の多さに軽い眩暈を感じていたニアは、NPCが営む雑貨店を見つけると、まるで砂漠の中でオアシスを見つけたように店内へ飛び込んだ。


(ふぅ、助かった……あれ?)


 狭い店内には先客が一人。

 それは見知った後ろ姿だった。


「オルコさん?」


 フルプレートの鎧に身を包み、ニアと同じ茶色の髪をした特徴的な姿。それはニアがかつてゲームを始めたばかりの頃、魔物との戦い方を教えてくれたオルコの姿だった。


「やあ、久しぶり」


 ニアの声に気づいて振り返るオルコは、すぐに柔和な笑みを浮かべた。


「お、お久しぶりです!」

「この世界にはもう慣れた?」

「はいっ、オルコさんに色々教えてもらったおかげです、あの時は本当にありがとうございました!」


 ちょこりと頭を下げるニアの姿を見て、オルコはあることに気が付いた。


「装備が前と変わっていないようだけど……コカトリスからは何もドロップしなかったのかい?」


 言った途端、ニアは不思議そうに口をひらく。


「え? どうしてコカトリスと戦った事……」


 しまった、とオルコは自分の発言を悔いた。

 あの日――ニアがコカトリスを討伐した日、オルコはあの場所に居合わせていたのだ。コカトリスからドロップする杖装備『ガブリース・ロッド』を目的に。

 ウィザード系統の初心者向け装備として最適なそれをニアにプレゼントするべく、わざわざ露店にてボス出現情報を購入していたオルコがその場に向かったのは、偶然にもニアと同タイミングであった。

 静観するつもりでしばらく眺めていたのだが、コカトリスのユニークスキル《ファイアブレス》が放たれたのきっかけに、思わず手を出してしまった。

 すぐにその場から去ったのだが――――まさか自分から墓穴を掘ってしまうとは。

 

「あ、あの、オルコさん……?」

「ああいや、偶然その場に居合わせてね。ちょうどコカトリスが倒れる瞬間を僕も見ていたんだ」


 決して嘘ではないが、苦しい言い訳だった。

 しかし。


「そうだったんですね!」


 ニアには通用したようだ。

 胸中で安堵のため息をついたオルコは、慌てて話題を変える。


「それで、今日はここで何を?」

「インベントリが一杯になってしまったので……ああそうだ、良かったらこれを受け取ってくれませんか? 以前に色々教えてもらったお礼に」


 三度目ともなればすっかり慣れた手つきで、オルコにトレードを申請する。


「お礼なんていいのに。でも折角だから、お言葉に甘えるとしようかな」


 そう言ってオルコが了承ボタンに触れれば、ニアの視界にがちゃがちゃした画面が現れた。インベントリ側に表示された《エリクサーポーション》を数個ほどトレード欄に乗せる。そして再び了承ボタンに触れれば、そこでトレードは終了となる()()だった。


「あの、オルコさん?」


 一向に終わらないトレードに、ニアはオルコの顔を覗き込んだ。

 そこにいつもの柔らかな笑みはなく、口をあんぐりと開いて呆然とした様子のオルコ。今まで見せた事のないその表情に、ニアはあわあわと口を動かした。


「あああ、あの! すみません変な物渡しちゃって! 不要でしたよねッ!」


 しかし次に返って来たのは、ニアからすれば予想外の言葉であった。


「……この後、時間あるかい?」





「おい、押すなよ!」

「お? なんだと?」

「さっさと進めー後ろつっかえてんぞー」


 オルコに促される様に連れてこられた場所は、商業区のメインストリートだった。ただでさえ人が多い商業区の中でも、他とは一線を画すほどの熱気が漂っている。


「さあ、この辺りでいいかな」

 

 やはりふらふらとした足取りでオルコの後をついていったニアは、前を歩くオルコが足を止めたのを見て、同じようにその場で立ち止まった。

 大通りの脇に、やや広めのスペースが空いている。


「こ、ここで何をするんですか?」


 ぐったりとうなだれるニアの様子に、オルコは思わず苦笑しながら答える。


「はは、まあ見てて」


 そう言って、手元を忙しなく動かす。

 やがて操作を辞めると、二人が立っているスペースにぽふん、と小気味良い音が鳴った。そして現れたのが、茶色い布のカーペットと、ローチェアが二脚。

 その内の一脚にオルコが腰を下ろしたのを見て、ニアはその隣に腰かけた。


「これは露店と言ってね、プレイヤーが自由にアイテムを売買できるんだ。もちろん値段交渉も出来るし、希少なアイテムを取り置きしてもらったりもね」


 その説明に目を丸くしたニアは、もっともな疑問を口にする。


「私達は一体何を売るんですか?」

「ポーションだよ。君が僕にくれようとしていた、あの赤いポーションを売るんだ」

「……え?」


 予想外の言葉に、ニアは表情を引きつらせた。

 そもそも雑貨屋で買い取って貰えるかどうかすら不明だったポーションを買う人などいるのだろうか。それに周りの露店を見れば、キラキラと光る装備類や高価そうな素材ばかりが並べられている。自分の作ったポーションが売れるとはとても思えない。


「これ……売れるんでしょうか」


 不安げにインベントリを眺めるニアに、オルコが声をかける。


「それは実際やってみないとね、とにかく並べてみようか」


 こくりと頷き、カーペットに置けるだけ並べた。

 その数は三十本。手持ちの六割ほどの数だ。

 なんとも珍しいその光景を、通り過ぎるプレイヤーは奇異の目で見つめていた。


 初めて声をかけられたのは、それから十分後。


「あなた達、すっごい目立ってるわよ」


 ウィザード系統特有のローブ姿の女性プレイヤーは、その場に屈むとポーションを一つ手に取った。

 値踏みするようにジッと眺め、そして。


「……ナニ、コレ」


 機械のようにぎこちなくオルコに視線を向け、同じく機械のような声を出した。目は大きく見開かれ、ポーションを持つ手は少しばかり震えているように見える。

 その様子を不思議そうに眺めていたニアの腕を、オルコの肘がツンとつついた。

 促されるように、口を開く。


「えっと……ポーション、です」

「――――っ!?」

 

 期待通りの答えと期待通りの反応。

 オルコはさも楽しげに喉を震わせている。


「買うわ!」

「えっ」

「そのポーション、全部。いくらかしら?」


 ニアが困ったようにうつむけば、隣で肩を揺らしていたオルコは咳払いの後に口を開いた。


「値段は決めてない。君はいくらまで出せる?」

「……そうね、一本あたり千五百ゴールド。全部で四万五千ゴールドでどうかしら?」

「妥当だろうね。それでいいかい?」

 

 なにやらとんでもない会話を繰り広げる二人に心底驚いていたニアは、ぶんぶんと首を縦に振る。

 そうして女性とのトレードを済ませたあたりで、オルコが呟いた。


「さ、早くここを立ち去ろうか」


 オルコの視線につられて周囲を見渡せば、多くの視線がこちらを向いていた。ひえっ、と小さく悲鳴をあげたニアは、オルコと共にその場を後にした。


 そして現在、二人は人影のない道で向かい合っている。


「そうか、そんなクエストが」


 あのポーションを何処で。

 そう聞かれたニアは《錬金工房への案内状》というクエストの話や、その後家を買ってポーションを造ったという一通りの説明をした。


「あの猫はそういうことか……」


 小さく呟かれたその一言はニアの耳には届かない。

 一人思案顔を浮かべるオルコに、ずっと気になっていたことを聞いた。


「そのクエストの途中、転職って呼ばれるものがあるって聞いたんですけど、それは一体どういうものなんですか?」

「転職……?」

「はいっ! 私サモナーになりたいんです!」


 王立魔法学区の窓口にて、NPCは言っていた。

『もちろん、猫型の召喚獣も存在しますよ』

 それを聞いて以降、転職するならサモナーにしようと心に決めていたのだ。

 転職がどういったシステムなのか知らないニアは、オルコならば知っているだろうと期待の眼差しを向けている。

 だが、その期待は次の瞬間、あっさりと裏切られた。


「残念だけど、君はサモナーにはなれない」

「えっと……それはどういう?」

「君はもう転職しているんだ――――錬金術師の、ユニーククラスにね」


 そして、少女は自覚する。


補足:コカトリスの出現情報を買って〜のくだりは第5話に登場する部分になります。

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