第1話「半日の成果」
「……ぐ、ぐらんつりーさーが?」
丹羽沙織の目についたのは、煌びやかなデザインにGranTreeSagaと書かれた一本のゲームソフト……のポスターだった。
雑貨屋にはいささか不釣り合いなそれに、今までゲームをしたことがない沙織が興味も持ったのは、剣を持つ勇者らしきキャラクターでも、杖を振るう魔女らしきキャラクターでもなかった。
【今なら抽選で当たる!】
という文言と共に載っている、 アニメ『にゃん+にゃんランデブー』に登場するオス猫『にゃん蔵』の実寸サイズのぬいぐるみに目を奪われたのだ。
通称『にゃんデブー』のコアなファンである沙織は、すっかり心を奪われしまい、当初の目的である妹への誕生日プレゼント購入ミッションが頭から抜け落ちるまで、そう長くかからなかった。
「す、すみません! あのゲーム、どうやったら遊べるんですかっ!?」
急いでレジに行き、ポスターを指さし店員に尋ねる。
興奮気味に尋ねる沙織に呆気にとられながら、若い男性店員は首にかけた眼鏡を目元まで持ち上げた。
「えーっと、まずゲームソフト――」
「買いますっ!」
食い気味で答える沙織に、店員は「あはは」と笑う。
「うん、でもその前にゲームを遊ぶための本体――」
「買いますっ!!!!」
そうして、沙織は初めてのゲーム機と最新ソフト『GranTreeSaga』を手に入れたのだった。
ほくほくと駆け足で家に帰った後、妹の顔を見て「やってしまった……」と後悔したのは言わずもがなである。
◇
「わたくし、ナビゲーターのアシュリーと申しますの! あなたのお名前を教えるの!」
「……ひ、ひぃぇっ!」
家に帰って、説明書通りにゲームを起動。
眠りに落ちるような感覚を覚え、そのまま目を瞑る。それから数秒後に目を開けば、空を飛ぶ……うさぎ……はたまたリス? とにかく羽が生えた愛くるしい生物が目の前でふわふわ浮いていた。
それだけでも腰が抜けそうな位驚いたのだが、その生物が喋っているともなれば、素っ頓狂で間抜けな声と共に尻餅をついてしまうのも当然の反応だ。
そもそも沙織は産まれてこの方ゲームをしたことが無い。
無論、高校2年生ともなればゲームがどんなものか、ということは知っているのだが、遊んだことはない。最も身近なもので、小さい頃に沙織の兄が携帯型ゲームで遊んでいたのを妹と見ていたくらいだ。
(聞いたことはあったけど、これがVR……)
恐る恐る、つん、と空飛ぶ生物をつついてみるけれど、反応はない。立ち上がって、目の前で手を振ってみても無反応。少し離れて、小声で「お、おーい」と声をかけてみるも、微動だにせず。
正直既にくじけそうだったが、脳裏でにゃんデブーの実寸大ぬいぐるみが消えていくシーンが流れれば、ぶんぶんとかぶりを振ってなんとか持ち直した。
どうしたものか、と不思議な生物に向き直った時、沙織の視界に文字が浮かんでいる事に気づいた。
『プレイヤーネームを入力してください』
一度認識してしまえば見落としようもないそれを、何故見つけられなかったのだろう。自分は余程混乱していたんだろうな、と赤面してしまう。
ふぅ、と一呼吸した後、丹羽沙織、と入力する。
すると、ビーという短い音と共に、警告文らしきものが表示された。
『本体に登録されている名前と一致しています。使用できません』
「ええっ!?」
思わず声が出る。
一致も何も、名前なんてこれしかないのに!
試しに『丹羽』『沙織』と二つのパターンを試してみたが、どちらも同じ文言の警告文が表示された。
うぅう……と唸っていると、それまで微動だにしなかった愛くるしい生物が急に動き出し……
「ああ、もう! 世界一優しいと言われるアシュリーも我慢の限界ですの! 名前くらいさっさと決めてほしいの!」
頭にびっくりマークのアイコンを浮かべ、頬を膨らます生物に沙織は思わず後ずさりしてしまう。
涙目……いやもしかしたら泣いているのかもしれないが、必死に「え、えと……えっと……」と口をもごもご動かすが、アシュリーと名乗る生物は追い打ちをかける。
「プレイヤー名に本名を設定しようとするなんてどうかしてますの! アシュリー、そんな人初めて見ましたの! 大体……」
と、そこまで言いかけたアシュリーは何かを思い立ったのか、こほんと咳払いを挟み、声のトーンを一段落とした。
「もしかして、初めてのゲームですの?」
コク、コク、と必死に首肯すれば、アシュリーはがくりと肩を落とした。
「……それは失礼したの。それじゃあ改めて自己紹介させてもらうの。私はアシュリー、初めてこの世界に来た冒険者たちのガイドをするAIなの。ちなみにモチーフはハムスターなの」
よろしくなの、の恭しくお辞儀するアシュリーに沙織は驚きを隠せない様子で口をぱくぱくと動かした。
(ハムスターだったんだ……!)
「とにかく、まずは名前を決めてもらうの。でも、あなたの本名はダメなの。マナーみたいなものだから深く気にしないで欲しいの」
アシュリーが説明を終えると、沙織の眼前に再びウィンドウが表示された。
しばらく考えたのち、ゆっくりと入力していく。
入力し終えれば、アシュリーがふむふむ、と目通しした。
「丹羽……ニワ……ニア、あなた単調なの」
「ぇぇ……っ!」
必死に絞り出した『ニア』という名前を単調と言われてしまえば、沙織は黙るしかなかった。
「あのぅ……それもダメですか……?」
「ううん、全然問題ないの」
頭上ににっこりマークのアイコンを浮かべながら答えるアシュリーは、けろりとした様子で答える。パタパタと羽をはためかせながら、沙織の周りを一周すると、再び口を開いた。
「次に決めてほしいのはクラスなの。初期のクラスは全部で四つあるの」
アシュリーが言い終わると、沙織の視界にウィンドウが表示された。
≪ウォーリアー:屈強な身体を以てパーティを守ることが出来るクラス≫
≪スカウト:敵を翻弄する。弓や短剣で背後から強力な一撃を放つクラス≫
≪ウィザード:卓越した大魔法で戦闘を支配する事ができるクラス≫
≪クレリック:治癒術や補助魔法を得意とし、味方の支援に長けたクラス≫
「あなたはどのクラスにするの?」
一通りの紹介が流れ、アシュリーが口を開けば、沙織は頭上に疑問符をいくつも浮かべていた。
「あのぅ、えーっと……」
「……大丈夫、こうなる事は分かっていたの。アシュリーに全部任せておくの」
想像通り、とばかりに手元に現れたコンソールを操作していくアシュリーの姿を見て、沙織は申し訳なさそうに俯くのだった。
それからしばらくして、アシュリーが口を開いた。
「後はアバターだけなの」
「……アバター、ですか?」
「なの」
「見た目、って事ですよね……?」
こくり、と答えるアシュリーに沙織は胸を撫で下ろした。
ゲームをした事がない沙織でも、アバターという言葉には聞き覚えがあったからだ。
「これで好きなように、自由に設定できるの」
沙織の前に現れたのは、アバターの設定が出来るウィンドウだ。髪型からつま先まで、あらゆる部位が詳細に設定できるようになっている。
「大丈夫なの。あなたみたいな初心者の為に、プリセットが用意されて――――って、ぇ?」
目をキラキラと輝かせ、凄まじい速度で手元のコンソールをいじる沙織の姿に、アシュリーは言葉を失った。そこには先ほどまでのおどおどした初心者の姿は無く、数多の戦火を潜り抜けてきた歴戦の勇者のソレであった。
「ふぅ~出来たぁ~!」
沙織が満足げに呟いたのはそれから半日後であった。




