プロローグ
ゲームを始めたプレイヤーのスタート地点に設定された街《王都グランド・ラプト》から最も近い狩場には、スライムやゴブリンなど通称『雑魚モブ』と呼ばれる下級モンスターのみが生息している。
初心者が戦闘の基礎を学べるように設定されている彼らは、呼び名の通りまさしく「雑魚」だ。攻撃力は最低数値なので初期装備で戦っても負ける可能性は0。希少なアイテムをドロップするわけでもなく、貰える経験値も並以下。
上級者プレイヤーが配布している攻略ガイドに『スルー推奨』と書かれているせいもあってか、最近では初心者さえも寄り付かない狩場になっていた。
だからこそ、そんな狩場の方へと歩いていくプレイヤーを見かけたルインは声をかけずにはいられなかった。
「なあ、あんた初心者だろう?」
亜麻色のローブにつばの広い三角帽子を目深に被っているの姿を見れば、少女が魔法職のウィザードであると一目でわかった。
「…………」
しかし、少女はルインの声に気づいていないように、きょろきょろと視線を彷徨わせている。
「おーい」
「…………っ!」
何の気なしに肩を掴んで再び声をかけたところで、ようやく少女は気づいたようだ。華奢な体をびくりと震わせると、三角帽子が一瞬ふわりと浮き上がった。
そしてルインは少女の頭上にある二つの突起に気が付いた。
「あ、猫耳」
「~~~~っ……」
少女は慌てて三角帽子のつばに手をかけ、再び深く被りなおした。
恐る恐る、といった様子で振り向く少女に、ルインは申し訳なさを覚えた。
少し強引すぎたかもしれない、と。
少女がつばに両手を添えたまま少し顔を上げると、ルインは少女の容姿にハッとさせられた。
まん丸な薄紫の眼は健康的な白い肌にとても映え、赤みがかった茶色の三つ編みがふわりと揺れる。少し不満げな頬にはほんのりと朱色が差しており、少女の背丈も相まってか、名高い職人に作られた人形のような容姿だ。
……いや。
あるいはそれが現実世界であったなら、ルインが抱いた通りまさしく人形という言葉がピッタリだろう。けれど、あくまでもこれは仮想世界のアバターである。なのでルインの口から自然と漏れたのはこんな言葉だった。
「あー……えーと、アバターの作りこみ、すごいスね……」
ルインが照れ隠しで頬をかくと、少女はにへらと顔を緩めた。
そしてルインから一歩だけ距離をとり、恭しく一礼した少女は、狩場へ繋がる道のほうへパタパタと駆けていった。
その様子をぼけーと眺めていたルインだったが、少女が見えなくなったあたりでハッと我に返り……
「ああ、そっちの狩場は……ってもう遅いか」
ふぅ、と小さなため息をつくと《王都グランド・ラプト》の中央通りへと歩いて行った。