第二章 リューゼの不安(4)
「リューゼ!」
家の前で待ちかまえていたオリヴィア、オルク、アンディ、ゼファ、ルトが一斉に声を上げる。
「どこ行ってたんだよ、ねーちゃん!」
ゼファが飛び出して来て叫ぶが、リューゼは取り合わない。この人を送ってきただけだから、とそのまま踵を返そうとする。それを慌てて皆が止めた。
「話せば分かる、話せば分かるから、ね?」
とオリヴィア。と、不意にオルクがつかつかとリューゼに歩み寄るとばしっと叩いた。
「勝手なことをするな!」
はっとしてリューゼが頬を押さえ、ぐっとオルクを睨み付ける。オリヴィアが慌てて仲裁に入った。
「あー、待った待った。二人とも。ほら、オルクも暴力はダメ。すっごく心配してたのは分かるけどさ、叩くのは良くないよ。リューゼも、オルクはね、あんたのこと本当にものすごく心配してたの。もうね、ずっとうろうろ、うろうろして落ち着きがないったら。探しに行くっていうのを止めるの、ホント、苦労したんだから」
何はともあれ、ダレスにもリューゼが見つかったことを伝えておかなくてはならない。ユリシスはそれで、オリヴィアたちがリューゼをなだめたりすかしたりしているのを横目に確認しながら、ダレスに連絡を入れた。程なくしてダレスが戻って来る。
「リューゼ!」
ダレスが何か言うより先に、ユリシスが言った。
「ダレス、リューゼを叱らないでやってくれ。彼女がいなければ、私はどうなっていたか分からない。今宵は随分彼女に助けられた。だから・・・」
「何があった」
「それは、まあ・・・いろいろと・・・な、リューゼ」
ユリシスの言葉につーん、とリューゼがそっぽを向く。
「とにかく、私はその人を送ってきただけです。危なっかしくてしょうがないんだから」
では私はこれで。すたすたと出て行きかけるのをユリシスが慌ててつかまえ引き戻し、皆が取り囲んで進路を阻む。
「リューゼ、この通り、皆はそなたにここにいて欲しいのだ。私が出るから、だから・・・」
「ここを出てどうするつもりです?一文無しのくせに」
ずばり、リューゼが言う。
「まさか忘れたんですか。財布をそっくり取られたこと」
「う・・・」
ユリシスがぐっとつまる。ダレスはどういうことだ、と眉をひそめたが、後で問いただすことにして、この場ではとりあえずそれについて尋ねはしなかった。
「忘れてはいないが」
「いくら大人でも、一文無しでは住むところも何もなく、ホームレス一直線でしょう」
ずけずけとリューゼが言って来る。
「それは、まあ、その、荷物だけ少し取らせてもらえれば・・・」
まだユリシスの荷物の大半はこの家に残っている。と、不意にゼファが言った。
「だからよぉ、ねーちゃんも、ユリシスも、どっちがどうってんじゃなくて、両方ここにいればいいだろ!んだよ、自分が出て行く、自分が出て行くって・・・そんなにここが、俺たちのことが嫌いなのかよ!」
「別に・・・そうじゃないけど・・・」
「決してそういうわけでは・・・」
「ね、ユリシス、ここにいてよ」
ルトが飛び出して来てユリシスの手をつかんだ。
「ね、リューゼお姉ちゃんも」
反対の手でリューゼの手をつかむ。
「仲直りしてよ。ね、ね?けんかしちゃ、いけないんだ。みんななかよくっておばーちゃんがいつも言ってた。ほら、仲直り、仲直り、仲直りの握手」
無理矢理ユリシスとリューゼと互いに手を握らせる。
「ぼく、おねーちゃんも、ユリシスも大好きだよ!だから、二人ともどっか行っちゃやだ」
「ルト・・・」
ユリシスとリューゼが困ったように立ち尽くす。
先に動いたのはユリシスだった。
「分かった。では、リューゼがここを去らない、というなら、私も残ろう」
リューゼがええっといった表情になる。
「リューゼがここを去るなら、私も去る」
「なっばっ・・・馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、本当にどうしようもない馬鹿ですね!」
リューゼが怒って言う。
「さ、ユリシスは決めたよ。あんたはどうなのさ」
オリヴィアがリューゼに尋ねる。リューゼはちら、とダレスを見、そしてようやく小さく頷いた。分かりました、残ります、と。
「あれほどあの通りには足を踏み入れるなと言ったのに」
ユリシスの傷の手当てをしながらダレスがあきれたように言う。
「夢中だったので、つい・・・」
「まあ、状況的にその手前で踏みとどまれ、という方が無理だろうが」
薬を塗り、手に包帯を巻きつける。
「骨が折れていなさそうなのが不幸中の幸いか」
ダレスは言って小さくため息をついた。
「上を脱いで」
「い、いや、後は自分で・・・」
「馬鹿言え、背中をどうやって自分で治療する気だ」
言われてしぶしぶユリシスが上半身裸になる。思ったほどひどくないことにダレスは少し安堵の息をついた。
「どこか痛いところは?」
「左側が少し」
「皮下出血を起こしているな。ちょっと腕を上げてみろ。上がるか?痛くて上がらないなら無理しなくていい」
「いや、大丈夫だ」
ダレスは骨折の有無を確認し、まあ、大丈夫だろう、とつぶやいた。打撲傷になっている部分に湿布を貼って行く。
「とりあえず、しばらく安静にしていた方がいい」
「すまないな、ありがとう」
「謝るのはこっちだ。それで、どのくらい取られた?」
「3万ガドルほどか」
「カードの類は?」
「入れていない」
「身分証明のようなものは?」
「それも特には」
「なら、まあ大丈夫だろう。警察に届けたところで、何故そんなところにいただの何だのと面倒が増えるだけだし、やめておいた方がいい」
「そうだろうか」
「あそこはそういう場所だ。取られた分については、私が出そう。元はといえば、リューゼ故だからな」
「いや、あれは私も迂闊だったのだ。追いかけるのに夢中になっていて、周囲に目が行き届いていなかった。とっさの初めの判断もまずかったしな・・・取り囲まれぬようにするべきだった」
「まあ、そうだが、お前のような素人には無理だろう」
ダレスは言って、ユリシスの傷に目を落とした。痛ましそうに顔を歪める。
「すまなかった」
「だから、そなたが謝ることではないと」
「私が行くべきだったと思ってな」
「この近辺は、そなたの方が詳しいから、そなたがこの辺りを探すのは当然だろう」
「いや。場所が場所だ。お前をあそこへやった私の判断ミスだ・・・すまない」
まさか、本当にリューゼが母親のところへ戻っているとは、ダレスは夢にも思わなかったのである。ただ確認して帰ってくるだけのことだと思っていた。それが、裏目に出た。こんなことなら、自分が行くのだった、そう思う。
「何はともあれ、二人とも無事で良かった・・・」
ダレスはそんなことを言った。