第三章 ダレス、熱狂的ファンに押しかけられる(4)
あれで終わりかと思ったら、そうではなかった。明くる日も、その次の日も、またその次の日も、毎日毎日、ファルビスは食材を抱えてダレスの家にやって来た。ダレスが材料費だけでも、と渡そうとしたが、好きでしていることですから、と一切受け取らない。片付けだけでもやる、とユリシスががんばるのだが、毎回これもファルビスに勢い負けしてしまう。面倒くさくなったらしいダレスは、とうとういいではないか、やると言っているのだから任せておけ、と対応を放棄してしまった。
子どもたちが出かけた直後に玄関のベルが鳴る。応対に出たユリシスは、そこにファルビスがいるのを見て、内心ため息をついた。いくらなんでも早すぎる。
ファルビスはいつもの調子で台所へ押しかけると買い込んできた食材を冷蔵庫に押し込み、ユリシスがやりかけにしていた掃除機を取り上げて掃除にかかった。
「いや、それは私が」
ユリシスが言うが、いいからいいから、と聞かない。
「私、先生のお役に立てるのがうれしいんです」
「これは私の仕事ですから」
「いいじゃないですか」
「そうは行きません」
仕事の取り合いになる。
「やりたいというのだからさせておけ」
騒ぎを見たダレスが言う。なんでもいいから静かにしてくれ、そう思う。ユリシスは小さく唇を噛んだが、逆らわなかった。仕方がない、と他の部屋を片付けようとする。
「あ、そこも私、しますから」
「いや、しかし・・・」
「いいから、休んでいて下さいな。先生、後、何をしましょう」
「必要な仕事はユリシスが知っている。ユリシスに聞け」
ダレスはそれだけ言うと自分の部屋へ戻ってしまった。ダレスの真意をはかりかねてユリシスが首を傾げる。とにかく、教えろというのだから、と大体の作業をファルビスに教えた。
妙に空いてしまった時間に、自分の部屋へ戻り、小さく息をつく。このところひどく気持ちと身体が重い。ファルビスがあれこれやってくれる分、ユリシスの仕事はかなり減っている。にも関わらず、疲労は以前に倍加している気がする。
つらつら考えているうちに、小さな考えに行き当たり、ユリシスはほう、と息をついた。この家でやることがない、ということは、つまりいる必要がない、ということ。
----居場所がない----
いつだっただろう、リューゼが叫ぶように言った言葉が耳に甦る。ユリシスは浅く笑った。もちろん、リューゼの場合は、子どもであり、別に家のことをしようがしまいが、この家の人間であることに変わりはなかった。しかし自分は違う。家の面倒を見るために、この家にいるのである。それをしないなら、ここにいる意味もない。
このままもしずっとファルビスが家のことをするというのなら、そして、ダレスがそれで良いと考えるなら。
ユリシスは心を決めると立ち上がり、ダレスの部屋へ向かった。
「やっと取る気になったか」
ダレスが言う。
「で、いつ休む?土日と祝日は困るが、それ以外はいつでもいい。明日でも」
「あ、なら・・・明日にでも」
「ついでにまとめて何日か取ったらどうだ」
ダレスに言われ、ユリシスははっとした表情になったが、小さくかぶりを振り、では、と出て行こうとした。それを少し飲まないか、とダレスが引き留める。
「まだ日が高い」
ユリシスはそれだけ言うと、するり、ダレスの部屋を出た。
まだふてくされているらしい。ダレスは軽く肩をすぼめると、机に向かった。この間頼まれた雑文が一本、締め切りが近づいている。
「あれ、ユリシスは?」
帰ってきたアンディが尋ねる。
「休暇ですって」
キッチンで働いていたファルビスがそう教えた。
「そっか・・・」
アンディは少しがっかりした様子でつぶやいたが、またすぐ行って来ます、と野球をしに出かけて行った。幸い捻挫の程度は軽く済み、今は、見学していた分を取り戻そうとするかのように、熱心にやっている。
「んだよ、ユリシスのヤローは?」
「ユリシスは・・・?」
「あれ、ユリシスは?」
「ユリシスは?」
皆、帰ってくるなり尋ねる。答えは同じ。休暇中。
夕食の時間になっても、夕食が終わっても、ユリシスは帰って来ない。
「ユリシス、どこ行っちゃったのかなあ」
ルトが心配そうに尋ねる。
「ユリシスは今日はお休み。俺とお風呂入ろうな」
アンディがルトを風呂に入れ、寝かしつける。
「ユリシス、遅いなあ」
眠ったルトの頭をそっとなでてアンディがつぶやくように言った。
「そりゃせっかくの休みなんだ、せいきり羽伸ばしてんだろ」
机の上で何かこちょこちょ組み立てていたゼファがつと振り返って言う。
「んだよ、なーんかオメーさっきからユリシスのことやけに気にしてんな。なんかあんのかよ」
「別に・・・俺、もう寝るよ。ゼファもいい加減にしとかないとまーた学校で居眠りして立たされるぞ」
「余計なお・世・話」
「っとに可愛くないんだから」
言い合っているところへ、風呂に入っていたオルクが戻って来た。
「ゼファ、空いたぜ」
「おう、んじゃちょっと行って来らぁ。オメーら、これぜーーーーったい、触んなよ」
ゼファはそう釘を刺すと出て行った。
皆が寝てしまっても、ユリシスは帰って来ない。ゼファは簡単に机の上を片付けると、小さく息をついた。服を替え、ベッドに潜り込む。
いい加減帰って来てもいいだろ、そう思う。たまの休みなのだから、と思う一方で、何かがどうにも気にくわない。んだよ、テメーここの家政夫だろ?いつまでふらふら、ふらふら、よそをほっつき歩いてんだよ。
なんとなく、ここ数日、ユリシスの様子がおかしい。ゼファはぼんやりと天井を見ながら記憶をたぐっていた。ファルビスが来たあの日からだ、そう思ってから、いや、その前からか、と思い直す。そういえばルトが、ユリシスとダレスが喧嘩したのだと言っていたっけ。ダレスが食事に出て来なくて、首をひねった記憶がある。
ユリシスが来るようになってこの方、ダレスはどんなに仕事が詰まっている時でも、夕食の時だけはユリシスが呼びに行き、必ず食べに出てきていた。それが来ないとはおかしいな、と思ったのが異変の始まりである。
何も言わなくなったユリシス。時折何か言いたそうにしていることはあるが、そういえば、まるっきり皆に注意をしなくなった。道理で最近影が薄いわけだぜ、そんなことを思う。
と、不意に人の気配がした。慌てて眠っているふりをする。
静かに人が入って来、皆のブランケットをかけなおして回っている。
----やっと帰って来やがったか----
ゼファは思いながら、ううん、と寝返りを打って見せた。小さくユリシスが笑った気配がして、そっとずれたブランケットが直される。ふわり、かかるブランケットが奇妙に心地よい。わけもなく安心して、ゼファはそのまま眠りへと落ち込んで行った。




