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The Three Headed Dragon  作者: むみょう・あーす
魂のカタチ
1/2

前編

連作短編? というかまあ短編集みたいなのを書きたくなったわけです。

 あとは火口に激突すれば人生に膜を閉じられる。

 わたしはそう思いながら遥か上空から自殺を試みた。絶対に死ねるという保証があるわけではなく、きっとそうなってくれるだろうという願望の方が強かった。

 首を吊っても、腹や手首や首を切っても死なない。飛び降りようと失敗に終わるし、回を重ねるごとにより高い場所から飛び降りてもその都度身体中を粉砕骨折に留まってしまう……。

 はっきり言ってもう限界だった。

 わたしにはもう何もない。誰に何を語ろうと、その冷たさが癒えることなんて決してない。誰かであってはいけない。だから孤独はいつまでたっても埋まらない。埋まらないもどかしさ、辛さを解決するよりも、わたしはそこから逃れる道を模索する。

 だからわたしは自殺するのだ。

 この世のどこに逃げたところでどうなるわけでもない。ただ環境が変わるだけ。聞こえる言葉の意味が分からないとか、周りに鳥居はなくて十字架やモスクだらけだとか、豚や牛を食べてはいけないとか……ようは文化が変わるだけで、わたしが変わって欲しい、変わりたいと思うものは何一つ変革の兆しを見せることはない。

 何をしたって無駄。

 どうしたって癒えず、救われない。

 ――ただただ屑が一人絶望するだけ。

 この状況で唯一例外的に無駄にはならないのは逃げることであった。痛みや苦しみ、辛さから逃げること。その際たるものが自殺だった。自殺は、

「死によってわたしはようやく救われる」

 と錯覚させられる。

 頭から真っ逆さまに落ちてゆく中、わたしは失神せずにいた。体制を入れ替えるとわたしの双眸は紺色の空がよく見える。

 ……随分遠くまで来たものだ。

 星々が瞬いていいる。宇宙という真空の大海の中に浮かぶ無数の命の輝きが、わたしには眩しく、疎ましかった。

 どうしてわたしはあのように輝けなかったのか?

 どうして〝彼女〟もまたあのように煌めくことが叶わなかったのか?

 どれほど問いかけても虚空の海に漂い、わたしの視界に映る幾千もの星は相槌すら打ってくれない。それはやがて発散する場所を知らない怒りや憎しみへと変わり、それ故にわたし自身を対象にした。

 わたしが生き残るべきではなかった。

 〝彼女〟に禁じられた文言を、わたしは脳内で反芻する。

 〝彼女〟に詫びた。

 最初はその文言を口にすまい、心にも思うまいと決めていた。だが、癒えない傷にもう疲れてしまった。手の施しようなんてない。〝彼女〟には、

「私の分まで生きて」

 と言われたけれど、生への執着よりも死への願望がどうしても勝ってしまった。たとえ誰よりも愛しい女性からの言葉であろうと、耐えられない日が続いていたのだ。

 大気圏外から垂直に落下し、摩擦熱がわたしの身体全体を焦がす。気を失いそうな激痛がしたが、これではまだ死なない。二、三回ほど経験はあるが、その時落下したのは両方とも海水で、そこでようやく骨折したのだ。皮膚がはがれる程度しかここでは身体の損傷は見られないだろう。

 身体が燃えてしまっては、地表の景色を見ることもできない。死の間際にあって、美しい景観を眺めながら心穏やかに死にたいと思っても、この星の物理法則はわたしにそれを許してはくれないのだ。呪われた男にはその末路が相応しいと言わんばかりに……。

 落ちゆく最中、わたしは〝彼女〟との思い出に浸った。風景を楽しめないのなら、せめて記憶の中だけでも、と……。

 〝彼女〟はわたしの幼馴染として生を受けた。家が隣だったからよく遊び相手になっていたし、それは進級や進学を重ねても変わらなかった。わたしも〝彼女〟も互いに対する好意を隠すこともなく、お互いに家族よりも深いかもしれない関係性であった――ということは周りにいた誰もが知っていることだった。

 わたしにとって〝彼女〟は唯一心を開ける存在だった。何かあっても〝彼女〟に打ち明ければ、別に解決策を的確に教えてくれるわけでもなければそこに辿り着くアドバイスをくれるわけでもないのに、妙に落ち着くのだ。〝彼女〟に思いの丈を吐いてすっきりして、そうしてわたしは歩き出せる。逆の時だってあった。

 ようは〝彼女〟とわたしは二人で一人のような関係性で、互いが互いに依存していたと言ってもよかったかもしれない。それを「共依存」と揶揄されることもあったが、二人にとってはそれでよかった。

 ――だが、そうはいかなくなった。

 〝彼女〟が倒れたのだ。比較的発見の新しい難病で、不治の病らしかった。わたしにうつして治る部類の感染症とかならばよかった。

 だからわたしは何度も目をこすった。これは夢で……悪夢で、きっと魘されているであろうわたしを膝枕しながら心配そうに〝彼女〟は傍にいてくれていることを期待した。

 けれど現実だった。

 これが現実……。

 信じがたく、その時のわたしはトイレに行くと言って逃げてしまった。五分くらい個室に籠って心を落ち着かせてから顔を洗って病室に戻った。

 〝彼女〟は窓の外に細々と経っていた木々を見つめていた。

「もう葉も枯れる季節だな」

「うん、冬が来るの」

 いつもの〝彼女〟――天真爛漫で、太陽のように周囲を照らして見せる〝彼女〟らしくない寂しさを孕んだ言葉に、わたしは思わず一歩退いた。その時始めて〝彼女〟の輝き、煌めきの減衰を認識した。ようやく〝彼女〟は死へと確実に近づきつつある、という現実をこの目に焼き付けられた。

 日を重ねるごとにその衰えは加速していく。学校が終わるたびに彼女のもとへ足を運び、面会する時だけは嬉しそうにしている〝彼女〟を目にするのはわたしにとって精神的な支えであった。最後の砦であることは自覚していた。

 結局のところ〝彼女〟を精神安定剤としてしか見なしていなかったのではないかと思うようになってから、

「最近キミ、元気ないよね」

 と〝彼女〟は言うようになった。

 そんなことない、と否定するが、それは最早否定ではなかった。そんな明確な意思を宿した言葉にはならなかった。逃げるように、吐き捨てるようにその言葉を口にしたことをよく覚えている。

 わたしにとって〝彼女〟とはどのような存在なのか、わからなくなった。そのことを伝えると、〝彼女〟は葛藤の中でもがき苦しんでいたわたしのことなど知らぬと言わんばかりにクスクスと笑う。

「お、おい……笑い事じゃ――」

「いや、ごめんって。私と考えてること結構似てるなーと思ってさ」

「似てる……?」

 〝彼女〟は頷いた。「今まではずっとキミと一緒だった。でもこうして離れてみて、これからもずっと――埋め合わせることなんて決してできない距離になっていくんだろうなって思った時、私にとってキミがどんなふうに見えていたのか改めて考えちゃって……」

「酷い話だな、お前が不治の病に侵されて、強制的に距離をとることになってようやくわかるものもあるだなんて」

「まったくね……べったりとくっついていたらもう少し傍にいないだけで凄い違和感」

「やっぱりお前もそうだったか」

「ええ。でもきっと私たちは意味を求め過ぎるのね。どうしても言葉にしたがる。でも正確にとらえるのが難しくて、悶々としてしまう」

「その正体を――どうして俺たちがお互いに惹かれるかって理由を言語化しなきゃ二人で共有できないだろう?」

 穏やかな微笑を湛え〝彼女〟は首を左右に振った。「共有なんて、そんな改まったことしなくても、きっと私たちの間でなんとなく伝わっていると思う」

「そうか……それもそうだな」

 根拠なんて考えるまでもなく、直感的にわたしはその通りだと思った。敢えて思い返してみるなら――と記憶を探ってみたが、やはり傍にいた時間は親よりも多いかもしれないのだから心当たりは多いなどというものではない。

 窓の外に広がる死の季節と入り込んでくる冷たい風が、わたしたち二人で過ごす穏やかな時間に浸ることを許さない。わたしが〝彼女〟の朱色の瞳を見るたびに現実へと引き上げられる。その時間は長くは続かないぞ、と。

 ただ傍にいられるだけでよかった。実際相当べったりくっついていたのだから、改めて話をする内容もない。だが、死期が段々と近づいてくる〝彼女〟は病室で溜め込んだ本を片っ端から読み込んでいるらしく、その本や映画化された作品の感想や比較を教えてくれた。レンタルショップや本屋で目にした時には気に留めることはなかった作品だったが、彼女が楽しげに語る姿を見て、聞いて、わたしの胸中に興味が湧くのを感じた。

 ――そうして、最期まで〝彼女〟は明るくいようと努めた。時には本当に苦しくて泣きじゃくった日もあった。そういう時にはわたしはひたすら聞き役に徹し、〝彼女〟の孤独と痛み故の辛さを和らげることに全力を注いだ。それしかわたしにできることなどなかった……。

 何度か〝彼女〟を抱きしめたが、その度に体が細くなっていくのを実感し、わたしまでも泣きそうになる。

 〝彼女〟がいなくなる寂しさ。

 自分が独りになってしまう冷たさ。

 〝彼女〟がいない生活を想像できない自分自身の未熟さへの怒りと情けなさ。

 〝彼女〟もわたしを独りにしてしまう辛さと申し訳なさでいっぱいだと語る。〝彼女〟が詫びるべき点など一つもないのに……。うんうん、と鼻声で相槌を打ち続けるのもそれなりに心に来るものがあった。

 けれど、基本的に〝彼女〟は笑顔でいた。時々弱音を吐き、涙を流したが、それでも前を向くことを諦めることは一度としてなかった。そんな〝彼女〟の生き様は瞳孔が開いた双眸が虚ろを向く、というような表情ではなかったことが何より証拠たりうるものだと確信していた。

 前を向くことを疑うまでにとどまった〝彼女〟の純粋さというか、芯の強さは見習いたいものだと火口へと向かうわたしは思う。生きることを諦めたわたしには〝彼女〟の隣で歩く資格など最早ないのだから、何もかもがすでに遅かった、とわたし自身を嘲笑せざるをえないことが憎くて仕方がなかった。

 死に続けることは生き続けることの――〝彼女〟の祈りと願いに応える方法ではきっとないのだから……。

報われない恋や愛なんてものは嫌いです。

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