婚約破棄から動き出した歯車はもう止まらない。王太子様? 貴方の王国はもう滅亡寸前ですよ。
「シェリー・シャーロット。いまここに婚約破棄を宣言する」
フランクフルト王国の王太子である私の婚約者が突然、卒業パーティーにて突然宣言した。その言葉は会場の建物内に響き渡り、会場にいる同級生や教職員は皆一様に言葉を失った。
そう。私を除いて。
私だけがこの場でひとり落ち着きはらっていた。
婚約破棄を宣言された張本人なのにも拘わらず。
「えっと……それは冗談でもなんでもなく本気ということで宜しいのでしょうか、王太子様?」
私は婚約者の王太子に向かって尋ねた。
その問いに彼は答える。
「もちろんだ。ようやくこれで貴様のような尻軽女から離れられるんだからな」
その言葉に私はむっとする。尻軽女などといわれるようなことはしていないからだ。だが、ここで反論するのも面倒くさい。私はふつふつと湧き出る怒りを抑えて彼に問いかけた。
「……そうですか。ちなみにお尋ねしますが、今後のことは考えているんですか? 王太子様もよいお歳ですし、そろそろご結婚なさらないとまずいでしょう。今から新しい婚約者を探すとなると色々面倒なことに――」
私がそこまで言いかけると、彼は私をにやにやとした面持ちで見ながらいった。
「問題ない。俺にはもう新しい婚約者がいるからな。な、リリアーネ」
「はい。王太子様!」
そう言いながら、彼の傍にいたリリアーネという綿菓子のような少女は、王太子の身体にべったりと自分の身体をあずけ、これ見よがしにと私をにやにやとした視線で見てきた。
先程押さえつけた怒りの感情が再び湧き出てくるも、私はそれを無理やり抑え込み、笑顔の表情は崩さず、彼に告げた。
「そうですか。なら、心配ありませんね」
「貴様のような尻軽女に心配される筋合いはないがな」
一々、一言多い奴だ。
尻軽って、どう考えても、アンタとその横の小娘の方が尻軽だろ、と言いたいのだが、それを言うとこの場はさらにややこしいことになる。
私はその言葉は心の中でいうことに留めておいた。
すると、王太子は追い打ちをかけるようにいってきた。
「おい、そこの尻軽女」
私の事を呼んでいると気づくのに数秒かかった。
素っ気なく「何ですか?」と聞くと彼はいった。
「いつまでこの場にいるつもりだ。ここは、我々フランクフルト王国の領土だぞ。貴様のような余所者がいる場所ではない。今までは俺様の婚約者ということで、特別にフランクフルト王国の入国が許可されていたが、もうその肩書きはない。今すぐこの場から出て行ってくれないか?」
なるほど。私に出て行ってくれと、言っているのか。
ならば問題ない。
「勿論ですよ。だって――」
私は告げた。
「もう私たちサクセシブル王国とフランクフルト王国は敵国同士ですものね」
「敵国……?」
「そうですよ」
私はいとも簡単にそういった。
だが、彼は何事だというように聞いてくる。
「どういうことだ? 我々この二国は長い間、冷戦状態になっていたが、三年前に国交を結んだじゃないか。仲間とはまだ言い難いものの敵だというのは少しばかり語弊があるだろう」
はあ、とその言葉を聞き、私は大袈裟にため息をつく。
いくらなんでもここまで頭が悪かったとは知らなかった。
「王太子様、なぜ我々二国が国交が結ぶに至ったのか知らないんですか?」
「知るわけないだろ。そんなのは、三下の仕事だ。俺が出る幕ではない」
「じゃあ、教えてあげます」
私はいった。
「私たちの婚約ですよ」
「婚約?」
彼は首を傾げた。
「そうです、婚約です。私たちの婚約によってこの条約は結ばれたのです。なので、私たちの婚約が無くなった今、国交など知ったこっちゃない。いわば敵国だということですよ」
「な、なに!?」
私がそう告げると彼は狼狽した。
まさか本当に知らなかったとは。
私が小さくため息をつくと、彼の父親が、慌てたようにこの会場に入ってきた。
彼の父親は私に平伏しながら謝った。
「も、申し訳ない。うちのバカ息子が変な事を言って」
「と、父さん!?」
「お前、よくもやってくれたな! シェリー殿に恥をかかせおって」
「どういうことだよ、父さん! 一体何事だというんだ!?」
「攻め入られているんだよ。我が王国が!」
「はぁ?」
「お前の婚約破棄によって我々王国はサクセシブル王国との国交がなくなった。よって我々王国に預けていたサクセシブル王国の姫君であるシェリー殿の命が危ない、ということでいま王国は大変なことになっている」
王太子は私を慌てたようにみてきた。
私はそれに優しく微笑み返す。
すると彼は言ってきた。
「お、おい。貴様……ッ! 何をしやがった?」
「何って……ただ、父様に婚約破棄された事実をお伝えしただけですわ」
「それだけで、こんなことになるわけないだろ!」
「こんなことって、どういうことですの?」
「それは――」
すると、その問いの答えを示すようにフランクフルト王国の国王である王太子の父親を求めて多くの兵士がこの卒業パーティーの会場に乱入してきた。
「陛下! 只今、国境が破られました!」
「陛下! 只今、ルクセンブルグ港が占領されました!」
「陛下! 只今、市街地に敵軍が攻め込まれています!」
「な、なぬううううううう! おい、我が息子よ! よくもやってくれたな!」
父親からの怒鳴り声で王太子は泣きそうになっている。
まあ、私には知ったこっちゃないが。
私はそそくさとこの部屋を出ていこうとすると、王太子に引き留められた。
「き、貴様……! 絶対に許さん! お前のせいでこうなったんだろうが! ただで逃げられると思うなよ!」
私は彼に握られている腕をみた。
はあ、彼の汚い手が私の腕に絡みついてしまった。
最後まで頭の出来がよくない彼に私は教えてあげた。
「本当に馬鹿ですのね。私はサクセシブル王国の姫ですよ。こんな敵国まがいの場所にひとりでいるわけないじゃないですか」
そういうと、突然彼は悲鳴を上げたと思ったら、仰向けに転がった。
私はそのまま目もくれずに歩きながらいう。
「ご苦労様」
「姫様、お怪我は」
「ええ、問題ないわ」
気付けば私を取り囲むように数十名の兵士がいた。私を護衛するために一般市民に隠れていた我が王国の特殊部隊だ。
「き、貴様……」
いきなり私の味方に殴られて地面をのたうち回る羽目になった彼は怒りの眼差しを向けてきた。
だが、私にそれに構ってあげる理由はない。
なぜなら、私たちはもう既に敵同士なのだから。
「どうしたのかしら? 貴方の願っていた婚約破棄が成立したのよ。もっと嬉しそうにしなきゃ、せっかくの婚約破棄が台無しよ!」
「……舐めた口を聞きやがって…………」
「そういえば、王太子様? 先ほどまで貴方といたリリアーネというお方の姿が見えないのですけれど……」
「な、なに? リリアーネ!? リリアーネ!? どこだ!?」
やはりか。私はとことん運の悪い王太子に同情しながらいった。
「あの女は貴方に惚れていたんじゃありませんのよ。貴方の次期国王というポジションに惚れていたの。だから、もう貴方に用はないのよ、刑務所入りの彼氏なんて嫌でしょう?」
「おい、それってどういう……」
「綿菓子のようなふわふわした天然の女の子だと思っていたんですけどね。計算高い女だったようね、貴方が破滅の道に向かうことをすぐに察するなんて」
「だがら、それってどういう……」
「こういう意味ですわ」
私がそう告げたと同時に、この会場に幾多もの我が王国サクセシブル王国の兵士が流れ込んできた。
それに伴い、王太子は確保される。
「やめろ! やめるんだ! 離せ! この俺を誰だと思っているんだ!」
「哀れな事ね」
「やめろ! やめるんだあああああ!」
こうして、この事件は幕を閉じた。
その後、王太子は刑務所にぶち込まれたという。いつ出られるかは刑務所での態度次第ということらしいが、あのプライドの高い王太子のことだ。そうそう簡単には出てこないだろう。
そして私は、祖国に戻った。祖国では気楽な生活を楽しんでいる。王太子は刑務所の中で四六時中私を恨んでいるのだろうが、私は王太子のことなどあれ以来、一度も気にかけていない。だって、王太子のことを思い出してあげられないほど、私の人生は充実しているんだもの。
私はいま、この人生を限りなく楽しんでいるのだ。
-完-
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