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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

eat me

作者: 三郷 柳

短編を書きたかっただけなんです。こんなことになるとは思いませんでした。


「調子のいい日が続いていたんだけどね。急に来るんだよ。ほんとに、急にね。あぁ、死にたいなって。手首を掻き切りたいなって。いつもねぇ、負けちゃうんだよねぇ」

 本田はヘラヘラと笑う。左手首を真っ赤に染めて。山城はいつものように黙って本田の手首を圧迫止血し、床の血だまりをティッシュで拭き取る。血を吸い上げたティッシュを何枚も何枚も、ごみ袋に放り込む。部屋には鉄の匂いが充満していた。

「あと三日で記録更新だったのになぁ」

 本田は山城のハンカチで手首を押さえながら、卓上カレンダーに目をやった。

「そしたら、透に褒めてもらえたのに。なんで我慢できなかったんだろう、俺」

 幼子のように口を尖らせる本田を一瞥して、山城は本田の白く細い手首を掴む。血に染まったハンカチを剥がして、消毒液をぶっかけるとビクンと細い体が跳ねた。

「痛いよ、透。もっと優しくして」

 偉そうに注文を付ける本田は不満げに山城を見つめている。

 白くて細くて、触れば壊れてしまいそうな体。華奢で儚げな雰囲気を持つ本田は女の子に間違われることが日常茶飯事なほど、可愛らしい顔立ちをしている。白魚のようなその左手には、無数の傷跡。肌の白さがケロイドを際立たせている。

「動くな、ハル。優しくしても痛いもんは痛いだろ」

「そりゃそうだけどさぁ。気持ちの問題。透に優しくされたい気分なの。だからお願い、聞いてくれるでしょ?」

 本田は小首を傾げて問う。山城が自分の願いを叶えるのは当然のことだと信じて疑わない顔で。そしてそれは正しかった。山城は本田の頼みは断らない。

 包帯が巻かれた細い手首に口づける。消毒液に混じった鉄の匂いが山城の鼻腔をくすぐる。少し、甘い本田の血液の匂い。

 本田は己の手首に口づける山城の姿に満足げに微笑む。

「ねぇ、透。俺のこと好きなんでしょ? 何で俺のものになってくれないの」

「何言ってんだ。俺はとっくにお前のもんだろ。何が不満なんだ」

 頬を膨らませる本田を宥めるように山城はその細い体を抱きしめた。

「全然足りない。俺が欲しいのは全部なの。透の全部。俺の中に、ひとかけらも残さないで透が欲しい」

 山城の胸元に頭をぐりぐりと押し付けて本田が癇癪を起こす。

「俺、透を食べたい」

 そう呟くと本田は山城の首筋に嚙みついた。甘噛みなどではなく、血が滲むほどの力で。それでも山城は呻き声ひとつ漏らさない。

「そうか。別に構わない。お前がそうしたいなら、俺を食ってもいい」

 山城の声に、本田の動きが止まる。血の滲む山城の首筋を細い指でなぞった。

「透を食べたら、俺一人になっちゃうじゃん。透を食べたって俺は一人のままなんでしょ。そんなの寂しくて死んじゃう」

 ボロボロと泣き出す本田を慣れた様子で宥める。背中を一定のリズムで叩く。母親が乳飲み子をあやすように。

「俺はずっとお前の傍にいる。ずっと、そうだっただろ?」

 山城の肩に頭を預けて、だらりと力を抜いた本田の目はうとうとし始める。

「じゃあさ」

 眠気に抗う本田の舌足らずな声が山城の耳に届く。

「透は俺より先に死ぬの禁止ね」

「分かった」

「それから、俺が死んだら透が食べて。絶対に俺のこと忘れないで」

 本田の目から流れた雫が山城のTシャツを濡らした。

「分かった。俺はお前を一人にしない」

 山城の声に満足したのか、間もなくして耳もとから寝息が聞こえた。

全身の力を抜いて身を委ねる本田の寝顔を見て、山城は小さく笑う。危なっかしくてどうしようもないほどに愛おしい、本田の白い首筋に優しく噛みつく。

 歯形を指で辿ると、夢の中に旅立った本田が幸せそうに微笑んだ。

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