タヌキの ちと つたない てぬきな とのこと
『分福茶釜』
幕が上がる前の舞台の上に、茶釜が一つ、鎮座している。
茶釜とは、茶の席に使う湯を沸かすための釜のことであるが、場違いであること甚だしい。
実は、この茶釜、タヌキである。
そして、このタヌキ。
人を化かしても騙しても泣かしても何一つ悪びれない、実に太々しいタヌキである。
今も、見世物小屋を買い上げた質屋の主人が朗々と…、
いや、ヤケになって呼び込みの口上を上げている。
「よってらっしゃい! 見てらっしゃい!
親の因果が子に報い、生まれ出でたるタヌキが、この分福茶釜!
さて、ムジナやタヌキが人を化かすと、よく申しますが、上野国館林の茂林寺の茶釜に化けたタヌキの話は皆さまの良く知るところ。
『茶が趣味の、和尚さんが、お茶を点てたし茶釜なし、
質屋で茶釜を買ってきて、
茶を、点てりゃ ポンと鳴る、ポンがポコポンなる、ポンポコポン』
っと、謡われるほどの大騒ぎ。
寺の小坊主たちに『茶釜に毛が生えた、和尚さま毛が生えた』『茶釜に尾が生えた、和尚さま尾が生えた』と、言われては和尚さんも、頭から毛ならぬ湯気を立て、その茶釜を尻尾ならぬ縄を巻き縛って質屋に売りに出すありさま。
しかし、その茶釜の喋ること、喋ること、
『性は分福、成り茶釜、その名も分福茶釜とは、この茶釜のことだ。
御仏よりの使いとして、福を分ける芸を奉納に参ったが、
水を入れられるは、火にかけられるは、バチでカンカン叩かれるは、挙句の果てに縄で巻かれて、売りに出されるとは、茶釜といえどヘソで茶を沸かすってもんだ』
まあ、タヌキの言うことウソかマコトか分からんが、そこまで言うなら芸を見せてみろっと、言ったらばな。
あな、面白きや、分福茶釜が披露せし、軽業、踊り、茶釜大夫の曲に合わせた綱渡り芸。
これは見ないと一生の損、子々孫々まで語り継げること請け合いだ。
御代は見てからで結構だ!
さあさ、入った入った!」
…さて、
寺で事を起こし、世に名を広め、人を多く集め、自らの芸を披露する、自作自演の化けタヌキ。
このタヌキが、どこの誰に芸を仕込まれたのか?
そこまでして、なぜ芸を披露するのか?
話は、このタヌキの修業時代に遡る。
その時のタヌキは、親からはぐれ、餓えて震える名もない子ダヌキであった。
………
……
…
「なに? この、ぷくぷくした毛玉?
おや? 毛玉が、ぷんぷん怒てる?
うん? きみ、タヌキ? ムジナ?
あれ? きみ、ひとり? まいご?
きみ? おとーさん、おかーさん? いないの?
うーん?
きみ? あたしん小屋、くる?」
…
「おとーさん、小さい子ダヌキ拾たー、飼ていい?
いまは、食いでないから大きくしてタヌキ鍋にしよー。
やたー。
おとーさん、ありがとー。
じゃあ、きみの名前は?
うーん、ぷんぷんで、ぷくぷくだたからー。
ブンブクに決めたー。
よーし。
ブンブクー、ゴハンにしようー。
おいしく食べたげるから、いぱい食べるんだよー。
おや?
ブンブク 寝むそうだね?
げんこつ山のタヌキさんみたいに、おなかふくれたら、もう寝んね?
じゃあ、おんぶして、だこしてあげるから、また明日ね」
…
「じゃあ、ブンブクー、お手だよ、お手ー。
お手と、言われたら、右手をこうあげて、
よし、というまで、まてだよー。
はたらかざるもの、くうべかざるだよー。
はたらかないと、くうてしまうぞー。
ブンブクー、お手。
お?
おお!
ブンブクー、よし。
よしよし、よくできたねーブンブク、つぎは左手で、おかわりだよー。
ブンブクには、芸いぱい、教えたげるからねー」
…
「ブンブクー、どこー?
あれ? ナベのなかで丸くなて、ブンブク寝んね?
まだ、食いでないからタヌキ鍋には、はやいぞー。
でも、丸こくて尻尾こんもりしてて、ブンブク、茶釜みたいだねー。
けど、これだと、おナベ使えないからー、起きろ」
カーン♪
…
「じゃあ、ブンブクー、字ー教えたげるからねー。
お寺で教えてもらたんだー。
あたしの名まえは、こうかくんだよー、
地面に書くから、見ててね、見ててねー。
でね、
ブンブクの名前は、こう書くんだよー。
ブンブクも書くー?
棒持てるー?
お?
わあ、ブンブク上手上手、あたしより上手ー。
字も、芸も、いぱい教えてあげるからねー。
まず、一本足での立ちかたから始めるよー。
これ出来ないと、玉乗りも、綱渡りも出来ないからねー」
…
「ブンブクー、どこー?
また、ナベのなかで丸くなて、ブンブク寝んねだねー。
ブンブク、茶釜すきだねー。
でも、おナベ洗わないといけないから、起きろ」
キーン♪
…
「じゃあ、ブンブクー、あたしの傘回し見せたげるからねー。
あたしの十八番の芸だよー。
傘は、軸がぶれないように一定の早さで、こうまわしてねー、こうだよ、こう。
毬は、傘と地面が水平なるようにしてねー、水平だよ、水平。
のせるときは、思い切て、ひょいと投げるんだよー、ひょいだよ、ひょい。
ほら、傘の上で、毬が良くまわてるでしょー。
升もまわすよー、ますますだよ、ますますー。
お?
ブンブクも、まわるのー。
では、ひょい。
わー、ブンブクよくまわるねー、ブンブクまわるねー。
なら、いつもより余計に回すよー」
…
「ブンブクー、どこー?
また、茶釜ー?
やぱり、茶釜。
もう、芸風だねー。
でも、素人芸や、一発芸だけじゃダメだよー、起きろ」
コーン♪
…
「じゃあ、ブンブクー、あたしの綱渡り見せたげるからねー。
これも、あたしの十八番の芸だよー。
綱の上では、一本足での立ちかたと同じだよー。
足がガクガクするのは、重心が真下じゃないからだよー、真下だよ、真下。
まず、綱の上を普通に立て歩くことからだよー、普通にだよ、普通。
あとは、なれだよ、なれ。
こんどは、お手玉を八の字に投げるやりかた教えたげるからねー。
ブンブクー、芸の道は長いよー、手抜きは出来ないよー、一日にして成らずだよー」
…
「ブンブクー、どこー?
ブンブクー、茶釜しないー。
タヌキ鍋の具にするぞー、起きろ」
コン♪
…
「じゃあ、ブンブクー、あたしの芸、見せたげるからねー。
綱渡りしながら、お手玉したり傘回ししたりする芸だよー。
あたしにしか出来ない芸だぞー。
この見せ物小屋で、一番お客さんが笑た芸だぞー。
ブンブクー、見てろよ、見てろよー。
あ」
トサっ。
…
「あ、
ブンブクー、茶釜してても、もうナベを叩きにいけないよー。
ブンブクをタヌキ鍋にするまで大丈夫だと思たんだけどなー。
うん、
舌がもつれてきたら、すぐだたんだよねー。
おかーさんが、そうだたから、あたしもそうなるんだろーなー。
うーん、
この、おとーさんの見せ物小屋なくなちゃうのかな?
お金ないしねー。
芸人仲間は、みんな来なくなちゃたしねー。
やだなー。
あたし、この小屋で、お客さんに芸みせるの好きだたんだけどなー。
お客さんが笑た顔、大好きだたんだけどなー。
最後の、お客さんはブンブクだたんだけどなー。
…。
ごめんね、ブンブク。
あたしの芸、ちゃんと見せたげられなくて」
…
そして、しばらくしたあとのこと、
ある見せ物小屋の玄関に、茶釜が一つ、鎮座していた。
その茶釜の下には、こんなことが書かれていた。
「このちやがまをうつて おかねにかえてください」
(おしまい)
芸の道は一日にして成らず 師を抜きにして在らず
誰ぞ知る
血なき血筋のお家芸
尽きることなき師への想い
手に残るるは技と温もり
遠き幻 語ることなき
「ブンブクー、茶釜♪」