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はじまり
7月26日 夏。
誰かがスイッチを入れたようにセミが鳴き始め、海や山や木や草から、当の太陽からさえも呻きが聞こえてくるような暑さの中、家路を歩く男がいた。
男からは世界が曲がったように見えたが、それが揺れる陽炎のせいか、この暑さで頭が参ってしまったせいか男には分からなかった。
ただ、ぶら下げた袋の中にある冷えたビールの最初の一口の爽快だけを信じて、錆びれたボロアパートを目指した。
そうだ!これが俺の家だ!
男は手すりにつかまりながら、急な階段を一段一段登った。301。自室のドアの前までほとんど無意識でたどり着き、熱されたドアノブを最後の力を振り絞って引いた。
広がった視界に、異形がいたから驚いた。