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論理の飛躍
論理の飛躍。
昔の友人に論理の飛躍について指摘されたこともあるが、今の私からすると論理が飛躍していても伝わればいいのではないか? と思うところです。地上では論理的思考が持て囃され、論理が全てという考え方になっていますが、私からすると、いくら論理的でも霊的に見れば未熟な人は五万といるわけで。だから、今の私は昔以上に論理にはこだわらなくなりました。というか、私からすると論理一つ取ってその人なりの論理ってあるわけでして、この考え方だから論理的、あの考え方だから論理的という解釈が必ずしも当たっているとは思えないのです。で、もっと言うなら論理的でなくとも、その人にしかない思考というのを私は評価したい。
復唱しますが、「論理が飛躍していても、相手に伝わっているのであれば気にする必要はない」ってことになりますかね。




