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顕正会について(今の私の見解)


 顕正会について(今の私の見解)。


 私は昔(だいたい小学校2年生の頃かな?)、母が顕正会という宗教に入信し、その縁で顕正会の会館に足を運ぶということをしていました。子供の頃は宗教というのをそんなに意識してはいなかったものの、面白い現象を経験したり、また高校生になった時には顕正会の教祖である浅井 昭衞氏の基礎教学書を読んで感動したこともあって、顕正会員として活動していた時期もありました。しかし、母と信心の話で感動してた矢先に母と喧嘩したり、また妹が自殺未遂を図ったり、また公布御供養(簡単に言うと顕正会に万単位のお金を寄付すること)したばかりの時に私が救急車を呼ぶはめになったりと、当時から本当に功徳あるのかな? と顕正会については疑問に思っていました。で、私は高校生の頃から少し宗教を勉強して、それで「結局顕正会もこれら宗教と同じでカルト団体だとしか思えない」と察し、母より先に脱会(厳密には脱会ではない。顕正会に脱会という手段はない。まあ、ここでは心離れって言ったほうが適切か)し、母も結局顕正会のやり方に付いていけなくなったのだろう。脱会している。

 

 だけど、私は顕正会の広宣流布(簡単に言うと、日本が仏法を国教にして仏国土になる。もっと簡単に言えば楽園になる)という言葉が好きで、どこか顕正会に期待しているところもあったのだろう。その後もネットで様子を伺ってはいた。しかし、去年の10月16日、浅井 昭衞氏が亡くなった。てっきり、私は浅井 昭衞氏が生きている間に広宣流布になると少しばかり期待していただけに心底ガッカリした。しかも、もっと驚いたことに浅井氏が亡くなった後も顕正会は熱烈な勧誘をしているのだろう。去年の12月に私の家にも顕正会のオバサンが来て、「顕正会では東日本大震災の被害者が一人も出なかったのよ!」と大分、昔に終わってる話(もっと言うなら、私既にその話知ってるし……)を持ち出して勧誘して来たのには恐怖すら感じた。

 しかも顕正会のサイトでは浅井氏の臨終が他の創価学会の池田大作氏、日蓮正宗の阿部日顕氏の臨終と比べて遥かに良いと自慢してるの見て、寒気が生じた(私はこれを個人的には”臨終合戦”と呼んでいるw 本当に恥ずかしくないのかと顕正会に問いたい)。


 正直に言おう。私自身は顕正会も含め、宗教というのには嫌な思い出しかない。カルト宗教のあの思考停止した狂気のマンセー崇拝。二度と宗教とは関わるかと決めた側の人間だ。なのに、皮肉なことに私が宗教を起ち上げることになると彼らは言う。ホント、意味が分からない。ただ、もし私にその定めがあるとしてもカルト宗教だけは絶対に作らない。まあ、とりあえずこれはまだ未来の話だし、今のところはそんなに意識しないが、どうせ宗教を起ち上げるのならというのは今後も慎重に考えていきたい。

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