黒衣の冒険者 その6
お久しぶりの投稿となります。
「トモノリさん!!」
「トモノリ!!」
トモノリの姿を確認したアンネとシャーロットは目を丸くして驚愕する。
「お前・・・昼間の・・・」
先程まで勝ち誇った笑みを浮かべていたヴァラキも、トモノリの姿にその笑みの表情を崩した。
「どうも、こんばんは・・・すいません、アンネさん。ちょっと遅くなっちゃいました・・・」
頭の上のフート爺を目深に被り直しながら、トモノリはアンネに向けて一礼をした。
「あと、シャーロットさん・・・仮にも冒険者のハシクレなんだから、もうチョイがんばりましょうや」
「・・・うっせぇ。文句あんならもっと早く来いよ・・・」
トモノリからの一言に、シャーロットは負けじと言い返す。
「・・・減らず口が叩けるなら、心配はいらんようじゃな」
「ん・・・そうみたいだね」
トモノリはフート爺からの意見に賛成し、改めてヴァラキの方に視線を向ける。
獲物に狙いを定める獣のように鋭い視線に、ヴァラキは「うっ・・・」と呻きながら後方へ1歩後ずさる。
「あっ、そうそう・・・はいっ!」
そこでトモノリは思い出したかのように左手に持っていた『物』をヴァラキとその取り巻きに向けて放り投げた。
トモノリが放り投げた『物』は、床のホコリを巻き上げながらヴァラキの取り巻き連中の足下に転がった。
『・・・あぁぁぁぁっ!!!??』
ヴァラキの取り巻き連中は、自分達の足下に転がって来た『物』の姿を見て、叫びを挙げた。
それは今日の昼間、この神殿へと押し入ったヴァラキの取り巻きの一人だった。
まるで子猫のように身体を丸めてブルブルと小刻みに震えて、蚊の鳴くような小さな声で「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」としきりに呟き、その顔は死人のように真っ青になっていた。
「・・・大体の事情はその人から聞きました。ちょっと(・・・・)脅したら(・・・・)、ペラペラと・・・」
ちょっと脅したら。
果たしてこれが『ちょっと脅した結果』なのだろうか?と、他の取り巻き達は頭上に疑問符を浮かべながら顔を青くした。
大の男が顔面蒼白で震えながら頻りに謝罪の言葉を口にしている。
取り巻き達からすれば、まるで『生きたまま地獄を味わった』としか思えないような姿だった。
この仲間がトモノリ(目の前の男)から一体どのような脅しを受けたのか解らず、取り巻き達は凍りついたかのように固まってしまっていた。
「・・・ビビってんじゃねぇ、お前ら!!相手は一人だろうが!!?」
緊張に耐えかねたヴァラキの叫びを聞いて、取り巻き連中はようやく我に返った。
「そ、そうだ!数の上じゃ、俺達のほうが有利だ!」
「ビビらせやがって!思い知らせてやるぜ!!」
取り巻き達は自分を奮い立たせるように叫ぶと、剣やら槍やら各々の武器を手にしてトモノリを取り囲んでいく。
「ふぅ・・・」
トモノリはタメ息を一つつくと、右手を背中の刀の柄に回し、左手を頭のフート爺の鍔に回した。
「一応聞いておきますが・・・遺言は残してありますか?」
トモノリの口調は今日の天気を聞くように気軽だったが、その目には冷たく大きい怒りの炎が宿っていた。
「へっ!遺言が必要なのはテメェの方だぜ!」
「やっちまえ!」
ヴァラキの取り巻き連中はそれぞれの武器を構えて、シカに襲いかかるオオカミさながらにトモノリへと襲いかかっていった。
「トモノリさん!逃げてぇぇ!!!」
トロールに掴まれたままのアンネが涙を流しながら叫んだ。シャーロットは苦い顔を浮かべて顔を伏せ、一方のヴァラキは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「・・・!」
取り巻き達が襲いかかろうとした寸前、トモノリは頭のフート爺を頭上に大きく放り投げ、同時に背中の刀を抜き放った。
勝敗は一瞬で着いた。
気づけば取り巻き達は手にした武器を全て砕かれて倒れ伏し、抜き身の刀を手にしたトモノリだけがそこに立っていた。
「・・・えっ!?」
「はぁっ!?」
「な、何っ!?」
思いもよらなかった光景にヴァラキのみならず、アンネとシャーロットも目を丸くした。
フート爺が脱がれた事でトモノリの頭の鴉の濡れ羽色をした髪の毛が姿を現した。
開け放たれた扉から礼拝堂に入ってきた風によって、トモノリの額に巻かれた『二番』と書かれたハチマキがたなびき、照明の光に照らされた刀の刀身が夜空の三日月のように輝いていた。
「お、おい!ガンマン女は良いから、奴を倒せ!」
「・・・はっ!へ、へい!」
焦り気味のヴァラキの指示を受け、シャーロットを抑えていたリザードマンがシャーロットから離れてトモノリに向って行く。
「シャアアアアアア!!」
「・・・♪~♪~」
リザードマンは手にした長槍を構え、トモノリに向き直る。一方のトモノリは上段の構えで向い打つと、楽しげに鼻歌を歌いだした。
「シャアアアア!!シャアアアア!」
「♪~♪~」
リザードマンが目にも止まらぬ速さで長槍を振るうと、トモノリは鼻歌を口遊みながら刀を振るい、リザードマンからの槍の一撃をいなしていく。
リザードマンの槍とトモノリの刀がぶつかる度に小さな火花が咲いては散っていく。
まるで芝居小屋のチャンバラシーンの様だった。
「シャアアァ・・・!シャアアア・・・!」
「♪~♪~」
全身全霊の力で槍を振るうリザードマンは次第に疲労と焦りで一撃一撃が緩慢になっていくが、一方のトモノリは鼻歌を歌いながら踊るように刀を振るっており、まだまだたっぷりと余裕があるように見えた。
「・・・シャアアアアアアアアアアアアッ!!!」
リザードマンは槍を大きく頭上に振りかぶると、そのままトモノリへと振り下ろした。
「・・・はっ!」
同時にトモノリは横一文字に刀を振るい、リザードマンの槍と火花を散らしながらぶつかりあい、そして・・・『リザードマンの槍』が砕け散った。
「シャアッ!?」
自慢の武器が砕かれてリザードマンは目を丸くした。
その一瞬の隙が勝敗を分けた
「・・・セイッ!」
「ぶしゃっ!!」
トモノリに刀の柄による一撃を叩き込まれ、リザードマンは目を見開き、口の端から涎を漏らしながら気を失った。
「・・・フムッ!」
それと前後して、宙を舞っていたフート爺がトモノリの頭へとフワリと着地して、ドヤ顔を決めた。
「な···なななななっ!?」
自分の手下とトモノリとの戦いを一部始終見ていたヴァラキは、冷や汗を滝のように流しながら呆然となっていた。
「ウソ···」
「ま、マジかよ···」
トロールに掴まれたままのアンネと床に這いつくばったシャーリーも呆気にとられ···
「ウグァッ?」
アンネを鷲掴みしていたトロールに至っては、トモノリが一体何をしたのか分からないらしく、ブサイクな顔のついた頭を捻っていた。
一対多数という圧倒的に不利な状況でトモノリが圧勝するなど、普通なら考えられない事だ。
しかも、よく見ればトモノリと戦ったヴァラキの取り巻き達は、武器を砕かれ床に倒れてはいるものの、白目を向いて口から泡を吹いている以外は目立った傷などもなく、気絶しているだけのようだった。
「···一つ、良い事を教えてやろう」
静まり返った礼拝堂の中で、トモノリの頭に被さったフート爺の声が響き渡る。
「こやつ···トモノリが使う剣術は『シシトラ一刀流』···今代の『英雄』·ハヤト·ジンの一党の一人である『剣聖』より教えられし、『速さ』を真髄とする高速の剣術···よほど高レベルの戦士でもなければ、戦闘中のこやつの動きを、見切るどころか認識することすら不可能に近い···その神速の剣による攻撃こそ···こやつが『黒衣の死神』と恐れられる強さの由縁じゃ」
『!?』
フート爺の発言にアンネとシャーリーは目を見開いた。
「···余計な事は言わないでよ、フート爺」
トモノリはフート爺の言葉を否定も肯定もせず、フート爺を目深に被り直す。
「···お前がろくに自己主張せんから、わしが代わりに紹介してやっておるんじゃろうが!むしろ感謝してほしいモンじゃ」
「ハァ···」
フート爺の鍔を抑えながらトモノリは深くため息をつく。
トモノリの口振りからして、どうやらフート爺の言葉は嘘やハッタリなどではなさそうだった。
「と、トモノリさんが···『黒衣の死神』···」
「マジかよ···」
アンネもシャーリーも、まさかトモノリが噂の『黒衣の死神』だったとは信じられず、唖然となっていた。
「···えぇ~い!おい!女は良いから、アイツを先にやれ!!」
「ウゴルァ!!」
ヴァラキからの命令を受けると、トロールはその手に掴んでいたアンネをゴミクズか何かのように放り投げた。
「キャアアァァッ!!」
トロールから放り投げられたアンネは、石畳の床に転がって悲鳴を挙げる。
「お、おい!大丈夫か?」
シャーリーは片足を引きずりながら床に転がるアンネに駆け寄った。
「ううぅぅ···」
アンネはかろうじて生きてはいたものの、全身をトロールに鷲掴みにされた後にゴミのように放り投げられた結果、身体中に打撲傷や骨折の痕などが浮かび、苦痛に顔を歪ませて息を荒くしていた。
アンネが見るからに瀕死な状態である事を確認すると、シャーリーは慌てた様子で懐を漁り始めた。
「えぇっと···あった!」
目当てのモノを見つけたらしく、シャーリーは目を輝かせながら液体が入った紫色の小さなガラス瓶を懐から取り出し、歯で瓶のコルクに噛み付いてコルクの栓を引き抜く。
シャーリーは歯で咥えたコルクを直後に吐き捨てると、アンネの口にガラス瓶の口を突っ込んだ。
「ほら!回復ポーションだ!飲め!」
「ムグゥ···」
無理矢理口に瓶を突っ込まれてアンネは小さくうめき声を上げたが、すぐにシャーリーの言葉に従ってガラス瓶の中身をゴクゴクと飲み込み始めた。
するとガラス瓶の中身の効果が少しずつではあるが現れだしたらしく、アンネの体に付いていた打撲痣や骨折痕などが消えていくかのように治癒されていき、ガラス瓶の中身が空っぽになる頃にはアンネの体には目に見えて分かる負傷は無くなっていた。
アンネの負傷が治癒したのを確認すると、シャーリーはアンネの口からガラス瓶を抜き取り、アンネの体を右腕で支えながらゆっくりと起こす。
「···どうだ?平気か?」
「ま、まだ痛みますけど···どうにか」
シャーリーからの問いかけにアンネは顔を強ばらせながら答える。
顔はまだ少し青く、口調も辛そうだったが、峠は越えたようだ。
シャーリーは額の冷や汗を拭い、大きく息を吐いたのだった。
「ウガアァァァァ!!」
一方、アンネを放り投げたトロールは口の端から涎を足らしながら棍棒を振り回し、ブサイクな顔を嬉しそうに歪めてトモノリに向かい合った。
「···」
トモノリは棍棒を振り回すトロールと向き合うと、嫌そうな表情を浮かべた。
「···見てるだけで気持ち悪いのぉ」
「···同感だね」
フート爺の呟きにトモノリはため息混じりの口調で同意した。
「···」
トモノリはフート爺の位置を直しながら目の前で大木のように太い棍棒を振り回すブサイクなトロールに視線を向ける。
視線だけでトロールの体を貫いてしまいそうな殺気のこもった鋭い視線だ。
「ウゴルァ!」
しかし、トロールの方はトモノリが自分に殺気のこもった視線を向けている事に気づく様子も無く、棍棒を振り回しながらトモノリを睨み付けていた。
まるで大人に虚勢を張る子供のようだ。
「へっ!『死神』だか『貧乏神』だか知らねぇが、関係ねぇ!ぶっ飛ばしてやれぇぇ!!」
「ウゴルァァァ!!」
ヴァラキからの命令を受け、トロールは大木のように太い棍棒を振り上げてトモノリに向かって突進していく。
「···ハァ」
トモノリは避ける事もしないでため息をついた。
「ウゴルァァァ!!」
トロールはトモノリに向かって手に持った棍棒を振り下ろした!だが···
「!」
トロールの棍棒が当たろうとした瞬間、トモノリは鳥のように高く飛び上がり、トロールの棍棒はトモノリではなく、礼拝堂の床石だけを砕いたのだ。
「ウゴ?」
トモノリが自身の頭上に浮いている事に気づいてトロールはブサイクな頭を捻る。
一方、空中に浮かぶトモノリは背中の刀に手をかけていた。
「秘剣···ベヒモス斬り!」
トモノリは背負った鞘から刀を抜刀し···静かに振り下ろした。
決着は一瞬で着いた。
「···」
トモノリは静かにトロールの背後に着地し、トモノリよりも少し遅れてフート爺がトモノリの頭に着地した。
トモノリは懐からボロボロの布切れを取り出すと、自身の刀にべったり付いた青い血を、その布切れで拭いとった。
トモノリが刀に付いた青い血を拭い取るのと前後し···トロールの頭上から股間までに黒い線が浮かび上がり···トロールの体は綺麗に一刀両断されたのだった。
トロールの体は左右に分かれて倒れると青い炎に包まれて燃え上がり···跡には大人1人分の大きさの灰の山が二つ残されたのだった。
感想よろしくお願いいたします。