黒衣の冒険者 その5 ※挿し絵あり
ファンの皆様、お待たせしました。第五話です。
太陽が西へと完全に沈むと、アンダッテオレワの街は夜の闇に包まれた。
とはいえ、街の隅々まで血管のように走る街路に並び立つ魔法灯の灯りによって、街はまるでライトアップされているように輝いており、夜が一番の稼ぎ時である酒場や売春宿には一日の仕事を終えた街の男達が一日の憂さを晴らそうと集って来店し、大繁盛していた。
そんな歓楽街から大きく離れた街外れに位置する聖ルチアーノ神殿にも、人の暮らしている証である仄かな明かりが灯っていた。
神殿の礼拝堂の壁には十対以上の燭台が並べられ、礼拝堂全体を仄かに照らしていた。
礼拝堂正面奥に置かれた祭壇には、遥か遠い神話の時代・・・天空より飛来した『金色の破壊神』から、大陸とそこに生きる全ての命を救った12人の英雄達―『レジェンド・ヒーロー』の姿を各々の装飾から背丈まで忠実に象った12体の木製像が扇状に並べられて祀られており、出入口から奥まで数十台近く並べられた信者用のベンチを見下ろしていた。
そして、扇状に並べられた12体の像の中央には、鎧とマントを身に着け大剣を構えた戦士―『レジェンド・ヒーロー』のリーダーにしてパラデュース大陸最高の勇者に与えられる称号‘英雄’に任じられた最初の一人、そしてパラデュース大陸最古の歴史を誇るブリタニッシュ皇国の皇家の祖である偉大な人物―『英雄アーサー』の像が置かれ、像の足下には、所々にネコをモチーフにした装飾の施された古めかしくも気品のある美しさがにじみ出ている純白の竪琴が、真紅のクッションに乗せられて鎮座していた。
「・・・・」
この神殿を管理する者である巫女のアンネは、祀られた像の御前に跪き、ただただ静かに祈りを捧げていた。
「はぁ・・・」
その横では、礼拝用のベンチに足を組んで腰かけたシャーロットが、その姿をつまらなそうな目をして眺めていた。
「分かんねぇな・・・今さらそんなに神頼みなんかして、意味あんのかよ?」
「・・・意味のあるなしではありません。私は神に仕える身ですから、神への祈りはそれだけで心の支えになるのです」
シャーロットの呟きに答えると、アンネは祈りを終わらせて立ち上がった。
「そんなもんかねぇ~・・・ところでさぁ、さっきから気になってんだけど・・・あれってなんなのさ?」
「えっ?」
「ほら、あのレジェンド・ヒーローの像の足下に置いてある竪琴。あれも『ご神体』って奴なのか?」
そう言って、シャーロットは英雄アーサーの像の足下に真紅のクッションに乗せられて安置されているネコの装飾が施された純白の竪琴を指差した。
「あぁ、あれですか?私も詳しくは知らないんですけど・・・」
アンネはどこか恥ずかしそうにしながら、その竪琴の来歴を語り出した。
「なんでも、レジェンド・ヒーローのお一人である『魔導師アラン』様がお作りになられた品物で、この神殿が建てられた時にその時のエレサロームの教皇猊下直々に贈られた物なんだそうですよ」
「・・・えぇ!?」
アンネの説明を聞いて、シャーロットは目玉が飛び出しそうな勢いで驚きの声を挙げた。
「れ、レジェンド・ヒーロー所縁のアイテムって・・・な、なんでそんなモン、あんな堂々と祭壇に飾っているのさ!?宝物庫に大事にしまっておくとか、そうでなくても関係者以外には存在自体秘密にしておくとか・・・色々あんだろ!?」
「それは・・・まぁ、そうなんですけど・・・」
シャーロットのもっともとも取れる意見に、アンネは目を細めて、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「・・・由来事態は立派ですけど、本当に本物の『レジェンド・ヒーロー所縁のアイテム』なのかは分かりませんよ。『聖遺物』というものにはニセモノが多いものですし・・・」
「あ・・・そう言われてみりゃ、そうだな」
アンネの言葉で、シャーロットも少々頭が冷えて冷静さを取り戻した。
そう、意外に思われる方々も居るかもしれないが、俗に『聖遺物』と呼ばれる品物・・・例えば、聖人が『所持していた』とか『作成した』と伝わる品や、聖人の死体の一部や愛用していた日用品等・・・には、ニセモノと思われる品が多数存在しているのだ。
聖遺物という物は、その存在自体が『奇跡の証』とされ、それを所持する人物・団体の権力の正統性の証となり、そして聖遺物の祀られた地に巡礼者を集める為の、いわば『観光名物』のような役割を担っており、神殿等の宗教関係者のみならず、それなりの地位を持つ王侯貴族であっても、自身の権力の箔付けの為にどんな手段を用いてでも入手したいほどのアイテムなのだ。
そのため、聖遺物を『商品』として販売している業者が、金儲けのためにニセモノを大量に作って神殿や貴族に売買するケースが多く、同じ聖人の遺体を細かく分割して複数の神殿で所有しているなどという例も珍しくない。
中には『○○神殿から奪い取ってきた物』なんて言う風に堂々と盗品であることをアピールして、『間違いなく本物である』と証明代わりにしている品も存在しているほどだ。
いくら『教皇直々に渡された』なんて逸話が付いていたとしても・・・いや、そのような逸話がついているからこそ、余計に『本物のレジェンド・ヒーロー所縁のアイテム』であることに疑いの目を向けるのも、無理からぬことである。
アンネは説明を続けた。
「けど、それはそれとしても・・・一度外に出して埃や汚れを落としたら、美術館に出しても違和感ないくらい綺麗だなって思いまして・・・本当に魔導師アラン様がお作りになられたのかはともかく、もっとたくさんの人に見てもらった方が作った人も喜ぶだろうなって思って・・・それで、今年の春の月の初め頃からこの祭壇に飾ることにしたんです」
「ふぅ~ん、なるほどなぁ・・・ん?」
そこまで聞いて、シャーロットはある事に気づいた。
「・・・なぁ、昼間に来たあのヴァラキとかいうマフィア野郎が、『この神殿を買いたい』って言い出してきたのって・・・何時からだ?」
「え?・・・今年の春の月の初めですけど・・・」
「・・・で、あの竪琴を祭壇に飾り始めたのも、今年の春の月からなんだよな?」
「はい、そうですけど・・・」
シャーロットの言葉にアンネは額から生暖かい冷や汗を流し、祭壇前に鎮座している竪琴に顔を向ける。
「・・・つうことは」
「ま、まさか・・・」
「・・・そう、ご名答!」
礼拝堂に、今二人が一番聞きたくない人物の声が響き渡り、アンネとシャーロットは冷凍魔法を掛けられて凍りついたかのように固まった。
「「・・・」」
二人は額から滝のように冷や汗を流しつつ、まるで錆びついて油の切れたブリキ人形のようにゆっくりとした動作で首を動かして、出入口の方へ振り返ると・・・
「・・・チーッス♪」
ヴァラキとその取り巻き連中が、1周回って清々しいくらいに腹の立つ笑みを浮かべて出入口周辺に集まっていた。
ヴァラキの取り巻き連中は昼間の倍くらいの人数が集まっており、しかも一人一人が斧だの槍だの最新式の小銃だのといった物騒な武器を装備していた。
一番顔を合わせたくない人物が居たことに、アンネは顔面蒼白となった。
「ヴぁ、ヴァラキさん!?ご、『ご名答』って・・・まさか」
「そ、俺が欲しかったのはこんなボロっちい神殿なんかじゃなくって、最初からその竪琴だったのさ」
慌てふためくアンネの姿を見て、ヴァラキは勝ち誇るかのような笑みを浮かべた。
「け、けど・・・あれは本当に魔導師アラン様作なのかは・・・」
「俺だってそんなの百も承知さ。けどねぇ・・・その竪琴がどうしても欲しいってお方がいてねぇ・・・見返りにミスリル銀のインゴットを50ドスンもくれるって言うんだぜ!転売すれば、何千億ゴルドにもなる!全く道楽者の金持ち様々だぜ!ハハハハハ!」(1ドスン=1kg)
『ギャハハハハハハハハ!!!』
「う、ううう・・・」
嫌らしく下品な高笑いを挙げるヴァラキとその取り巻き連中の姿に威圧され、アンネは目に涙を溜めながら両唇を噛みしめ、今にも泣き出しそうだった。
一方・・・
「ったく・・・妖魔なんか取り巻きにしている奴に、ロクなのはいねぇなぁ」
シャーロットは冷静な態度を保ちつつベンチから立ち上がり、腰のホルスターから連発銃を抜き放った。
「・・・何だよ、冒険者の御姉ちゃん?俺らとやろうってのかい?こんなオンボロ神殿に何の義理があるっていうんだよ?俺の側に付くなら、ここの10倍・・・いや100倍の金を出すぜ?」
ヴァラキは余裕綽々な様子でシャーロットを買収しようとするが、シャーロットはそんなヴァラキを腐った生ごみに向けるような視線で見つめ、床に唾を吐いた。
「・・・悪いけどねぇ、報酬が『はした金』だろうと『現物』だろうと、一度受けた依頼は最後の最後まで完遂させるのが、アタシら冒険者の『ルール』であり、『誇り』なのさ。そして・・・アタシはこのアンネからの依頼を受けて、今はそれを遂行している・・・その間は、どんな大金を積まれたって依頼人を裏切る訳にはいかないのさ」
迷いも後悔も一切見せずにそう言い切ったシャーロットは、連発銃を持った右手を左手で支えつつ、ヴァラキ達・・・いや、『ヴァラキの額』に向けて震えもズレも無く連発銃を構えた。
「ほら、とっととここから出て行きな。でないと、そこの『お山の大将』の頭が吹き飛ぶぜ」
「あ、あの・・・」
「ん?」
今にも連発銃の引き金を引きそうなシャーロットに、先程まで泣き出しそうになっていたアンネが駆け寄って耳打ちしてきた。
(・・・い、一応ここは神殿なので、その・・・せ、殺生の類は冗談でも止めていただけると・・・)ヒソヒソ・・・
(いいんだよ。こういう手合いは、このくらいの脅し掛けときゃ尻尾巻いて逃げ出すんだから。それにどうせ悪人なんだから街の掃除にもなるだろ?)ヒソヒソ・・・
(し、しかし・・・)ヒソヒソ・・・
「フッフッフッフッフ・・・」
シャーロットとアンネがヒソヒソ話をしていると、ヴァラキはまた嫌らしい笑いを漏らしだした。
「な・・・なんだよ!何がおかしいんだ!?」
ヴァラキの様子の変化に、シャーロットはまた額から冷や汗を流し始めた。
「・・・出番だぜ!!」
そう叫んだヴァラキは、同時に指をパチンと鳴らした。
「ウゴアァァァァァァァァァッァァァァァァッァァア!!!!」
すると、馬車程の大きさの『何か』が唸り声を上げながら礼拝堂のドアと壁を壊しながら礼拝堂の中に入ってきた。
「「!!?」」
その『何か』の姿を目にしてシャーロットとアンネは目を見開いて驚愕した。
「ウガアァァァァ!!」
それは、ボロ布のような服を纏い、全身が筋肉の鎧で包まれ、ブサイクな顔をした身長3タンコウ程の大きさの緑色の肌をした『トロール』だった。
樹齢数百年の巨木のように太い腕で、同じくらいの太さと大きさがありそうな巨大な棍棒を持ち、ブサイクな顔に付いている鼻と口からはそれぞれ鼻水とよだれを流しながら、興奮しているかのように唸り声を上げていた。
「と、トロール!?」
「そんな・・・どうやって・・・」
「フフフフフ・・・」
顔を蒼ざめるシャーロットとアンネの姿にヴァラキは勝ち誇るかのような笑みを浮かべた。
「コイツはなぁ・・・その竪琴が欲しいって言っている方から『抵抗してきた場合の最後の手段』として預けられていた『用心棒』さ。顔はブサイクだし頭も悪いが、ミノタウロス10人分にも匹敵する馬鹿力と鋼のように固い筋肉を持ってる上に、俺の命令通りに動く・・・いわば『筋肉兵器』ってところさぁ・・・」
律儀に説明しながら、ヴァラキは懐から葉巻を取り出して口に咥えると、取り巻きの一人にマッチで葉巻に火を着けさせた。
「・・・さぁ、やっちまえ!」
「ウゴガァァァァァァァッ!!!」
ヴァラキからの命令を受け、トロールは棍棒を振り上げながらシャーロットとアンネに向って突進していった。
「チッキショ!」
シャーロットは余りにも自分に不利すぎる今の状況に舌打ちをしつつ、連発銃の銃口をトロールに向けて引き金を引いた。
雷鳴のような銃声と共に発射された弾丸は、トロールの左胸に命中した・・・まではよかったが、弾丸はトロールの身体を覆う鉄板のように分厚い筋肉に阻まれて内臓までは届かず、トロールからすれば針の刺し傷にも満たない程小さな傷をつけるのがやっとだった。
「ウゴルガァァァァ!!!」
トロールは銃で撃たれた事に全く動じることなく突進していき、その勢いのまま棍棒を振り回して、シャーロットを殴りつけた。
「ウブグゥッ!!」
トロールの馬鹿力によって振り回された棍棒の一撃を受けて、シャーロットはまるで毬のように吹き飛び、壁に全身を叩きつけられた。
「ゲボッ!ゲボッ!」
壁に叩きつけられたシャーロットはそのまま床にうつ伏せとなり、血の混ざった胃袋の中身を吐き出した。
「しゃ、シャーロットさん!!」
「ウガルガァァァァァァッ!!!」
第一の障害であるシャーロットを文字通り一撃で叩き伏せたトロールは、指の1本1本が小人族の身長ほどもある大きな手でアンネを掴み挙げた。
「キャアアアアアア!!!」
その巨大な手で小さな子供が人形にするようにアンネを掴んだトロールは、鼻息を荒くしながらアンネを掴んだ手に力を込めていく。
「ウルルルルルルルルルルルルルルルルッ!」
「うっ!・・・ぐっ!・・・ぶっ!・・・ぶぐっ!」
トロールがその手に少しずつ力を込めていくと、その手に包まれたアンネの体からは骨の軋む音が響き、その顔は徐々に青に、そして紫色に染まっていき、口からは胃袋の中身が漏れ出していった。
そのままトロールが手に力を込め続ければ、アンネの身体はサーカスの怪力男に握り込められた果物のように粉々になっていただろうが・・・
「ストップ、ストップ」
今まで遠くから眺めていたヴァラキがそれに待ったをかけた。
「ウゴルッ?」
「まだ殺すな。俺が『殺せ』って言うまで生かしとけ。良いな?」
「ウグルイ」
ヴァラキの命令を受け、トロールはアンネを掴んだ手の力を緩めた。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
トロールの力が緩まったとは言え、その手の中のアンネの呼吸は荒いままだった。
「へっへっへっへっへ・・・フ~」
そんな死に体なアンネの姿を眺めながらヴァラキは嫌らしい笑みを浮かべ、アンネの顔に葉巻の煙を吹きかけた。
「いやぁ~・・・いい気味だね、アンネさん。最初っから素直にこの神殿を俺らに売り渡していたら、こんな目にあわなくて済んだのにぃ~」
「この・・・人でなし・・・」
トロールに握りしめられながらも、アンネは憎々しげにヴァラキを見つめて吐き捨てるが、当のヴァラキは相変わらず嫌らしい笑みを浮かべていた。
「へっ、何とでも言えよ。こっちも商売なんでね。ふぅ~」
勝ち誇るかのようにヴァラキはまた吸い込んだ葉巻の煙をアンネの顔に吹きかけたのだった。
「こ、この・・・」
一方、トロールからの一撃で壁に叩きつけられたシャーロットは、床に胃袋の内容物をまき散らしながらも、右手の連発銃をヴァラキの背中に向けた・・・が、
「おっと!」
「うなっ!!?」
ヴァラキの取り巻きの一人であるリザードマンの男性に感づかれ、右手を踏みつけられてしまった。
リザードマンは連発銃を持ったシャーロットの右手を踏みつけながら、手にした自身の身長程の長さがある槍の切っ先をシャーロットの眼前に向ける。
「よぉお姉ちゃん、妙なマネしたら目と目の間に、もう一個穴が開くぜぇ。それでも良いのかいぃ?」
「ち、チクショォ・・・」
あっけなく倒された上にあっけなく取り押さえられてしまい、シャーロットは歯を食いしばるほど悔しがった。
「・・・うんじゃアンネさん、お宝はいただいてくぜ」
トロールに握り込められたアンネを後目に、ヴァラキは勝ち誇るように葉巻の煙を燻らせて祭壇へと向って行く。
「うううぅぅぅ・・・」
アンネはその姿を目線で追いかけることしかできず、唇を噛みしめながら悔し涙を流す。
「さってっとぉ~・・・う~ん?」
祭壇の前に着くと、ヴァラキはまるで美術品の鑑定をするかのように、祭壇に飾られた竪琴を、上から下までじっくりと観察していく。
「う~ん・・・見てくれは申し分ないな・・・おい、誰かこれ持ってくれ」
「へ~い」
ヴァラキに呼ばれて、取り巻きの一人である黄緑色の肌に1本の角を有したゴブリンが答え、祭壇へと向かう。
「うんじゃま、失礼して・・・」
ゴブリンが竪琴を掴んだ時である。
「ウギャアアアアアアアアアア!!!!」
なんと、突如として竪琴から電撃が放たれ、竪琴を掴んでいたゴブリンを攻撃したのだ。
『!!!!???』
予想だにしなかったことにヴァラキのみならず、アンネやシャーロット、他のヴァラキの取り巻き達も驚愕する。
ゴブリンが竪琴から手を離すと、竪琴からの攻撃は止んだのだが・・・
「・・・ぐは」
ゴブリンはよほどダメージを受けたのか、口から黒い煙を吐き出しながらその場に倒れてしまった。
「・・・ふぅ~ん」
その一部始終をすぐ脇で眺めていたヴァラキは、最初こそそのまま立ち尽くしていたが、しばらくすると恐る恐るといった具合に竪琴へと手を伸ばし・・・指で軽く触った・・・が、ゴブリンの時とは違い電撃が出ることは無かった。
そのことを確認すると、ヴァラキは思い切ってそのまま竪琴を抱え持ってみたが、やはり竪琴がヴァラキを攻撃することは無かった。
「・・・なるほど、『並の妖魔じゃ触れる事も出来ない』ってこういう事かぁ・・・てことは・・・」
ヴァラキはブツブツと呟きながら竪琴の猫の装飾を弄繰り回していく。すると、竪琴のネコの顔の口が開き、小さな四角形の穴が顔を出した。
それを見てヴァラキは上着のポケットから掌に納まるくらいの大きさがある長方形の厚みのある板のような物の先に一回り小さな出っ張りのような物がついているという奇妙な物を取り出し、その奇妙な物の先端と竪琴の穴を何度も見比べる。
「ふぅ~ん・・・」
しばらくすると自分の中で納得したのか、ヴァラキは奇妙な物をポケットに仕舞って、竪琴を抱えて祭壇から離れた。
「女どもを始末しろ」
「へい!」
「ウゴルグアァァァ!!!」
ヴァラキの命令を受け、リザードマンは槍をシャーロットに突き刺そうと高く掲げ、トロールはアンネを掴んだ手に再び力を込め始めた。
「ウッ・・・ウグッ・・・」
「グウゥゥゥゥゥゥ」
アンネの顔は再び青白く染まって苦痛に歪んでいき、シャーロットも歯を食いしばって悔し涙を流した。
まさに絶体絶命。しかし・・・
「蛍の光~♪窓の雪~♪」
どこからともなく歌声が聞こえてきた。
「・・・あっ?」
「文読む月日~♪重ねつつ~♪」
「何だ?」
「何だなんだ?」
「ウガァ?」
「何時しか~♪年も~♪杉の戸を~♪」
「えっ?えっ?」
「あぁ?」
突然の歌声にヴァラキやその取り巻き達はおろか、トロールもアンネもシャーロットも首を傾げる。
「開けてぞ~♪今朝は~♪」
そこに礼拝堂のドアが重苦しい音を立てながら開き、全員の視線が向かれると・・・
「分かれ行く~♪・・・っと」
そこにはボロボロの旅人帽―フート爺を被った黒尽くめの冒険者・・・トモノリ・ヨシザワが立っていた。
次回、第一章クライマックス!!