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タイトル未定

作者: 宇都宮


 やめてくれ。消えないでくれ。俺の大切な物を……消さないでくれ。

 

 いつか、そう、誰かに懇願した気がするが。俺にとって、その誰かは記憶にはない物で思い出せないのだろうけど。

 ていうか、そんな言葉自体言う状況なんてないのだろうけど。

 でも、確かに言った気がしなくもないのだ。それは、どこかの小説で読んだのだろうか、自分が発した言葉なのだろうか。

 

「ハ〜ヤト〜!! 早く行かないと遅刻だ―って!!」


 背中に鞄を叩きつけて来た女性――もとい、立花たちばなはるかは、幼なじみだった。

 孤児として引き取られた沙樹が一緒で、ずっと兄妹のように育ってきた。

 多分、俺にとって唯一の理解者だ。

 

 と、今は二人して学校に行っていた。全校生徒千人弱の、大体中規模の高校だった。


「今日はさっ、ハヤトが〜日直なんだよ♪」

「あ、そうじゃん。忘れてた〜ッ」


 頭を掻きながら少し小走りで校門をくぐった。それに、遥は着いて来る。

 下駄箱で靴を履き替えてから、すれ違う生徒たちに「おはよー」と声をかけながら教室の方へ向かった。

 いつものように教室の扉を開けながら


「おっはよー、諸君!!」


 と、高らかに言った矢先に、目の前の光景にハヤト自身目を疑った。

 

 教室中が血で染まっていたからだ。黒板にも壁にも天井にも。床にはクラスメイトの亡骸が転がっていて、もう動く気配はなく、身体から行き場のない鮮血が染みだしていた。


「え……? なんで??」

 

 その場でへたり込んで腰が抜けたように動けなくて、立てなかった。


「だってさ、ハヤトが悪いんだから♪ ね!!」


 遥が俺の背中越しにそう言った。振り返る。

 瞬間に目の前に銃が突きつけられ、銃口と遥を相互に見やった。

 意味が判らなかった。俺は何もしてないのに、クラスメイトが惨殺されていて、そして自分自身も市の危険に晒されていることが。

 過去を振り返っても、何も思い当たることなんてないのに。


「どうし……て」

「ふふ♪ ハヤトを殺したかった。此処で死んで欲しかった。ね、一緒に……一緒に」

 

 ふふふと笑っているが、彼女に目は焦点があっていないのか右往左往に泳いでいる。そして、銃を構える腕はふるふると震えていた。

 彼女は――遥は、その手で、銃の引き金を――――引いた。


「は〜や〜と〜〜!!」




――――ぱぁん。――――――――パアン。

 

 間があって二回銃声があった。バタリと遥が倒れた。頭を打って自殺。

 ハヤトは、狙いの頭がズレ即死とまでは行かないものの、顔の右側がなくなった。最初に耳が聞こえなくなって、少し熱くなり顔が無くなってしまったことが分かる。

 彼女が倒れて数秒後に、ハヤトが仰向けに、そのまま倒れて倒れる。

 力尽きる前に、何故、遥がこんなことをしたのか、知りたかった。

 右手を天へ向けて


「まだ、……死にたく……な……ぃ」


 次の瞬間。

 教室の窓側から、割れた、壊れた窓や机をもろともせず、それを通り越して俺に、俺の中に何十、何百もの異物が入ってくる。

 冷たくて、それ以上に何も感じない。――マシンガンだった。


 身体が冷たくなるのが分かる。死んでくのが分かる。

 こんな事を感じるくらいなら、遥に殺して欲しかった。そして、雨のように降り注ぐマシンガンに、俺は――――――。






――――――――――死んだ。


――――――プロローグEND





 フシュー。 という音とともに暗い部屋の中で一つのカプセルが開いた。煙か水蒸気か、そのカプセルの中から外へ出、そこに一人の人間の影が現れる。


 下着も何も身につけてはいない。男である。彼は、たったままずっとカプセルに入っていたようだ。

 髪の色は銀色に近い白。肌は不健康そうに白い。瞳には黒目の部分が少なく、目つきが悪く感じられる。

 そして、彼の裸体にはいくつかの銃痕や縫い目など、戦いの跡の兵士のようなそれが残されている。


 男の名は、マルティリア・ロドゥー・エンザレム。

 エンザレム帝国の皇子である。しかし、現在はエンザレム帝国はブリアンティア王国の一部となっているため、その名の前に『元』が入るが。

 

 エンザレム皇家は指名手配を受けていた。それは、皇族の虐殺などではなく、ただ単に、先代王が禁呪に手を染めたからだという。

 しかし、マルティリアには関係なかった。彼は軍人であり、二年前の帝国が負けた戦争、【ラティア海戦】。つまり、『赤い海』の体験者であるからだ。そして、マルティリア自身、死んだことになっているからだ。

 彼は当時17歳。そして、海兵30万を束ねる少将をしていた。 流れ弾に当たり死亡扱い、そして将軍の死に続き、陸からエンザレム帝が攻められ皇都が陥落、そのままエンザレム帝国が滅亡した。


 

 そんな彼に誰かが声をかけた。人間に似ているが、しかし多少違和感と機械音が聞き取れた。


『気分はどうです? 前世の旅は楽しめました??』

「どうやら、貴様は一度死にたいらしい。どう見ればあの一方的な虐殺が楽しいと感じる? 糞食らえ」


 カプセルは、名称こそ確定したものは無いものの、使い方は、治療などを長期的に行うときに入る機械であり、その時被験体を催眠に掛け、現世の旅ができる、と言うもの。


『そんなことは言わず。皇子は一度死にかけたのですよ? 治療が完了したとしても興奮なさらず』


 機械音がそう言った。 マルティリアは鼻を鳴らす。


「気分が悪い。そして現在いま何時いつだ? 私は、いや俺はいつまで寝ていた」

 

 マルティリアはその部屋の出口の方に歩く。衣服などは、機械というか、上半身が可動式で、下半身にはローラーがついており移動が可能なロボットが持ってくる。

 それらに袖を通し、進む。出口は自動ドアで、マルティリアが近づくと ウィーンと開いた。

 

『西暦2312年 12月31日です。皇子が寝られてまるまる2年です』

「2年……か」


 そこは、外だが廊下である。 ぱぁっと明かりが付き壁だった正面のそれが、一面ガラス張りに変化する。曇りガラスか、意図的に色を変えられるガラスらしい。当然防弾だ。戦車の砲弾などかすり傷もつかないだろう。

 ガラスからは雲が見える。――足元に。

 此処は、天空城の一角である。

 エンザレム帝最期の技術きんじゅ。《反重力システム》。まだ、世には普及というか好評もされてはいない技術である。


「戦況は?」

『ブリアンティア王国は、大貴族アントレラ家が追放され、名をブリンティア王国と改名なされました。そして、エンザレム帝国の後に、バリッド教国、ロベリア王国、ハーディアラン領を落とし、現在世の半分以上がブリンティア王国の領土となり――』

「もういい」

 

 マルティリアはスピーカーから聞こえてくる機械音、擬人音声をとめた。そして


「《アルシュア》は?」


 と、問いた。少しの間があり、正面のガラスが一部壁の色に戻り、そこにいくつかの写真が表示された。


『ブリンティア機にはほぼ変化なし。下界のほとんどは改良のみで新技術の発見には至りません。そして、私自身2年の研究で幾つか発見がありました』

「それが、これだと? 《反重力システム》のアルティア用カスタム……。飛行パレット……と、シールド。 おい、この石は何だ。説明文がない」


 マルティリアが言ったその石は、多方向からの光に反射し、いろいろな色に変化していた。いわゆる、虹色。


『失礼。これは説明文よりも私が説明したかったもので。文章は一様ありますが……』

「そっちを渡せ」


 写真の下に文章が表示された。それを読むと、やはり、理解が難解だった。

 それは


『ミキシウオンという石。それは天空島原産の鉱石でして、下界のレーダーに対して、ステルスを発揮するそうです』

「ステルス……。 ははは、なんて事だ、これであいつらに逆襲ができる」


 マルティリアは一人、高笑いをする。


「しかし、マルティリアは死んだことになっていると言う……。ならば、俺の新しい名は『アークスクエア』ということで決定だな」

『? それはどういう意図で?』

 

 機械音が人間らしくその理由を聞いた。


「前世の俺がやっていたゲームの悪の組織のリーダーだ。悪いか?」

『いえ。ならば、アークスクエア様。今からやってもらいたい事案がありますが、動けますか? 2年間の治療を経ての食事にしますか?』

「歩きながら食べられるものを頼む」



 

 そして、マルティリアもとい――リア・アークスクエアの世界の反逆が動き出した。 




 ラティア海戦――通称『赤い海』

 それは、この世界において最も被害が大きい大戦に違いなかった。

 

 被害といえば、一番最初に、世界第十一貴族の一家。デスアロ家の失墜が表立つ。

 それにより、世界の経済難。デスアロ系貴族の権限の消失により、地主と民の間に隔てがなくなり、クーデターの多発、暴多。それに伴い、各国の軍部の強化が行われる。


 まず最初に、世界第十一貴族について説明が必要だろう。

 国や帝国、自由な世界が広がるこの世界に置いて、権限が通じる、いわば、概念的貴族。世界中がその存在を認めている、世界政府。そんな最高意思決定機関の通称である。

 その中には、ハーディアラン家という、自分の領土を持つ貴族も居る。

 そして、デスアロ家と言うのは、500年前の世界開放宣言《ブラック虐殺チェスター》の生き残りである。

 デスアロ家は、最古の貴族として、この世界に住むものは必ずしも知っているだろう名である。そのデスアロ家は、7系家に分かれている。そして、世界の調律を中心となり率いていた貴族である。

 

 

 ラティア海戦とは、太平洋に浮上してきた島、ラティアを中心に行われた戦争であった。

 しかし、何故、デスアロ家が失墜したのだろうか。

 

 それは、デスアロ本家の一言が問題となった。

 ブリアンティアとエンザレムの闘いの中心には、デスアロ家があったために、被害は、デスアロ家の壊滅。

 つまり、ラティアを巡った、三つ巴の闘いが、ブリアンティアの一人勝ちを経て終結。と言う流れ。


 


 まず最初に、海に面した国、エンザレム帝国の領海にラティア島が突然出現。それは、海底火山の噴火で出来た島ではなく、海底に沈んでいた島の浮上であった。

 その前から、エンザレムはブリアンティアとにらみ合いが続いていた。ブリアンティアは、元よりエンザレムを狙っていた。

 そこに、突如、不可解な島が浮上。そこには、《アルシュア》開発に必要な原材料――プリアンタイトが大量に眠っており、そして、古代兵器の産出。

 巨大人型ロボット兵器、アルシュア。それによく似た古代の兵器がその島にはあった。

 

 元より、領海であろうと、まず最初に研究は、世界第十一貴族が行わねば。と言うデスアロ本家。

 最初に古代兵器を運用しようとするエンザレム。

 そして、エンザレムを飲み込もうとしている、ブリアンティア。

 

 特に、ブリアンティアが島に目をつけるのは早かった。浮上後、一週間で上陸。つまり、最初に古代兵器に乗り込んだのはブリアンティアのアルシュアパイロット。フェンリル・ドラグニアス。

 金髪の減らず口の多い男で、時にブリアンティアを弁護することばかり世界政府に口を出す、ブリアンティア第七貴族のドラグニアス家の次男だった。

 そして、古代兵器は暴走。フェンリルは自我決壊し、死亡。特に、全戦力を注いた、デスアロ貴族軍の兵力と、大半の自軍。そしてエンザレムの将軍を暴走したフェンリルは殺した。破壊の限りを尽くし、海戦はまだ続く。

 

 その、デスアロ家の兵力消失に目をつけたのがブリアンティア王国。 デスアロ家狩りを始めた。

 特に、世界の邪魔でしか無かった世界第十一貴族の筆頭貴族を、潰すために行動を開始した。

 結果、成功。デスアロ家は崩壊。そして、世界は終わりを告げた。


 その後、全兵力をエンザレム帝国に向けると、海に万の艦隊。陸に100万の兵を配置。第一、空には防衛戦はなかったのが幸いだが、潜水艦もなければ、エンザレムは逃げる退路を全て塞がれたといえるだろう。

 そして、一斉攻撃。首都リベラルが大爆発を起こして破壊される中、エンザレム王は禁呪の封印を解除。そして、何千万mにも立ち込める煙に紛れ、天空城を空へ見送る。

 その光景を見たものは、いない。

 

 そして、負傷し、生死の境を彷徨うマルティリアを収納、カプセルに保管し治療を開始した。



 


 その後の下界の情報。地上の情報は、電子プログラム、人工知能マーベラスver2.0.1しか知らない。

 天空城を操作、全ての機関を動かしているのはマーベラスver2.0.1がやっているのだから。


 

 元エンザレム帝軍兵、約2000弱。皇子1。皇姫2。

 約6000人の民間人が、天空城及び、連結した天空島に住んでいる。



 そして、マルティリア皇子は、エンザレムからアークスクエアと改名した。

 決して、世界への反逆のために、世に自をしらしめるために、行動を開始した。


 まず最初は、アークスクエア軍の強化からだろうか。




『ところで、アークスエア様? 如何にそれを成すのです?』

「どうやって……か。まだ、試行段階だが、最初にアルシュアによる攻撃かそんなのを考えていたが、どうやら俺の頭は出来が悪いらしい」

『つまり?』

「何も考えてない」


 そうやって、彼――リア・アークスクエアは、何の装飾のない廊下を歩いていた。一人で。

 その耳には、ヘッドセットというか、マイクとヘッドフォンが一体になったようなそれが、右耳だけに装着されている。

 何か、マーベラスが付けてくださいと差し出してきたもの。耳からマーベラスの声、というか、マーベラスと会話できるそれだ。


『まず最初に、その廊下をまっすぐ行き突き当りの曲がり角を右に曲がってもらっていいですか?』

「……。此処を右……か」


 言われたとおりにその角を曲がった。天空城自体、内部の作りなんてまったくもって理解していない。元より、この施設に自己的に入ってきたわけではないのだ。

 つまり、初見。


『あの、沢山扉は在りますが、開けないでくださいね』

「ああ、心得た」

『そして、真っ直ぐ行くと、変に綺麗な扉があるはずですので、そこを探して下さい』


 言われれば、暗いのでそこまで意識していなかったが、予想外に扉が多い。三歩歩けば一つ扉があるくらい。頻度が並ではない。

 そこで、その扉の中はなんだ、とマーベラスに問う。


『あ、それは、見てもらったほうが早いです』


 つまり、目の前には銀色に輝く鏡のように周りを反射させている扉があった。

 そして、そこに映る自分を見て、「あ、誰だこいつ」と不意に思う。無精髭を生やして、半目で目付きが悪い。そして髪が肩まである。

 「あ、これ俺だ」と認識するまでにいくらか時間が掛かる。


 そして、その扉の目の前に立ち、少し待つと自動的に ウィーンという音とともに左右に扉が開いた。


『アークスエア様。此処は私専用の研究室ですが、驚かないで下さい。一度、皇姫様に見せると失神しましたので』

「俺は、これでも戦場をいくらかくぐり抜けた。並ことでは驚かん」


 と、言った矢先に。

 電気がぱぁっとついた研究室に、絶句した。目を見開いて、口がパクパクと開閉される。

 まず、こんな光景を魅せられて、驚かないわけはない。

 

 そこには、何かの液体で満たされているガラスケースが、幾つもあり、そして、その中には沢山の人間。それも幼い体つきで、培養されている、というか、生きているかも怪しいが。

  子供が、コレクションされていた。


「――――なん……だ。これは」

『あ、別に人間と呼んでいいか私でも判別不能で。つまり、これは人間の子では在りません』

「人間じゃない??!」


 その言葉は理解できなかった。どう見ても、人間。しかし、マーベラスは人間じゃないという。

 そして、マーベラスが言葉を続けた。


『これは、私が回収した人間の【精子】【卵子】を研究した結果、人工的に体外受精した受精卵を、女性の子宮を模した機械の中で急速成長させる実験の一部です』

「……」


 それを聞いても尚、何がなんだか、理解が及ばない。

 いや、理解はしたくない。と言う自立思考が本能的に拒絶しているだけか。

 その、ガラスケースの中の子供。恐らく、10に満たないような身体。この部屋だけでそれが30はある。


『そして、これも実験の結果ですが。人間の脳を私で再現しようとしても不可能と判断されましたので、脳にチップを埋め込みそれを通じて私と意思疎通を図る――――』

「いや、待て。俺に何をさせようとしている。この光景を見て俺自身、何も思わないわけではないが、この子供に何をした?」


 少し、間があって

『そうですね。まず最初に、地上に降りた時に私との交信は難しいと判断したので、私に代わる情報提供者を提供しようとしたまでです』

「それは、この子供にマーベラス自身の情報をもたせるというのか?」

『それだと50点です。これらに人間としての感情があるかは分かりませんが、つまり。脳にチップを埋めることにより、この城にいるときは随時情報が更新され、下界にいるときはその情報を元にアークスクエア様をサポートできるようにできる、人工人間です』

「人工……人間」

『それはつまり、この道具にんげんを使うことにより、無限の戦力が生まれるわけです。死をも往なす特攻部隊です』

「まぁ、そこはまだどうでもいい。――どうでも良くないが、一旦保留だ。そして、そのサポートキャラを俺が決めろと言うのか?」


 人間のように、マーベラスはため息を吐いたように聞こえるが、『はい』と答えた。

 

 リアはこの部屋を歩き回った。ガラスケースを舐めるように見つめる。

 怖くないと言ったら嘘になるが、しかし、この人工人間という子供たちが戦場に出るときは、遅くはない。いづれ、戦力だと歓迎するのだろうか。

 否。 恐らく、別のやり方を考える。

 反逆と言っても、大量の人が死ぬのは、好きじゃない。でも、敵として現れるなら、躊躇うことはない。邪魔をするなら、殺す。そこは、決まっていた。


 そこに、一人の子供、と言っても、他よりかは成長している幼女を見つけた。

 幼女と言ってる時点で、それ以上の歳はいないだろうが、この幼女は、10歳前後のように見える。

 

 確かに、マーベラスが言っていることと、この世界への反逆は大差ないのかも知れない。

 それに、自分自身、リアは地上に降りて、名を名乗らねばならない。そのために、こうやってサポートしてくれる人は欲しかった。

 つまり、この実験には気が乗らないが、加担する。ということ。


「マーベラス。こいつでいいか」

『分かりました。被験体No.12213に、リンク開始。同時に解凍を始めます』

 

 ガラスケースに『残り時間  3分59秒』と、表示された。

 秒が、刻々と減っていく。それを、リアは見ているだけだ。何も思うことはない。思うこととすれば、この世界への反逆の仕方。

 確かに、自分がこの世界に負わされた傷は大きいのかもしれない。しかも父上――エンザレム帝王はブリンティアに殺された。つまり、復讐か? 


 違う。そんなのではない。自分は、リア・アークスクエアは。

 世界を正しい方に戻そう。絶対に、ブリンティアを滅ぼし、エンザレム帝を元にした、新世界を作ろう。

 矛盾しているようで、していない、自分のエゴ。







 ピーー――――――。

 フシュ――――。


 空気が抜ける音がして、そしてガラスケースの中、幼女が入って液体で満たされていたそれが、液体が、引いていき。

 ガラスケースの正面。リアが立っている正面のガラスが開いて、――――前のめりに、少女が倒れていた。


 それをリアが受け止める。すると、ヘッドギアから声が聞こえていた。


『幼女を剥いて何してんですか?』


 リアは、思い切りヘッドギアを毟り取り床にたたきつけた。

 

 機械音が聞こえてくると、下にローラーが付いているロボットがお盆に何かを載せて持ってきた。

 それは、少女に着せるための服と思わしき、小さなそれ。そして、もう一つのヘッドギア。

 はぁ。と、ため息を吐いてそれを受け取った。


 リアの腕の中で寝ている――だろう――少女に、ワンピースのような服を着せると、自分はヘッドギアを装着した。


『ひどいです。何してるんですか?』

「で? 次に、俺に何をさせたいんだ?」


『そうですね。次は、城に連結している軍塔へ行きます。あ、因みにその幼児は、名前が無いです』


 マーベラスが、人間らしくそういう。なんだか、イメージするとニヤニヤと今のリアを眺めているようで不快だった。

 

 名前がないという言葉を聞いて、その白と水色を基調としたようなワンピースに身を包む幼女を眺める。

 腰まである長い金髪。

 

――――瞬間に

 幼女が目を開いた。

 綺麗な、水晶のような水色の瞳。 に、見惚れていた、ら。


「……。何見てるの? ちょっと気持ち悪い」


 いきなり、罵られた。幼女、に。


「驚かないで下さいますか? 余計に見たくもない変顔のレパートリーを覚えてしまいます」

「…………」


 よし、この幼女の名前は、見た目から、アリスで、いい、かな。よし。決定。


『言い忘れてました。幼女は、私の情報しか持っていません。言葉も地理も何でも出来ますが、自分の人格があります』

「それが、これ……か?」


「何を言ってるのです? 一人でブツブツと。変態ですか?」


 抱きかかえる形で留まっているが、なんとなくアリスの顔は本気で嫌そうな感じを醸し出している。


「そうですね。ご主人様。名前を与えて下さい。まぁ、それでご主人様の本性が分かりそうですが……」

「――――。」


 なんか、本気で偉そうだから絶句して、それからリアは、何か気分を固めたように


「じゃぁ、君の名は、アリス。アリス・アークスクエア。それでいい?」

『自分の姓まで与えるなんて、なんです? 変な扉を開けられたので? 気持ち悪いですね』

「はぁ? お前と、この幼女が名前つけろって言ったんだろ? 気持ち悪いと言われる訳がない」



「アリ……ス。わたしの名前」


 なんだか、一人でアリスが自分の名前を何度も呼んでニヤニヤと微笑んでいたのは、見ていなかったかもしれない。

 それはそれで、可愛げが無くもないから。


 そう言って、アリスはリアの胸を両手で強く押して、離れたいような動作をする。

 それを察して、リアが地面にアリスを下ろした。

 

 すると、アリスは


「よし、リア兄。目的地に行くぞ」


 ビシッと、人差し指をリアに向けてそう言った。なんか、可愛かったので頭をワシワシと撫で回す。

 なんか、ぬめぬめしていた。ああ、さっきまで液体に入っていたなぁ、と思って、最初に浴場に行こうと提案した。まだ、自分も起きてから風呂に入ってないのだから、いいだろう?


『では、今後私は緊急時以外はアークスクエア様に直接の連絡は控えます。ヘッドギアは持っていてくださいね』

 

 マーベラスは、最後にそう言って通信が切れた。


「へ……変態め」


 アリスはそう言いながら、城の浴場に案内してくれた。

 


 アリスに連れられて、一年半前に建てられたと言う軍塔にいくことになった。

 アリスは金髪の髪を左右にふりふりとさせながら、「こっちです」と言いながらリアを誘導していく。

 

 それは、情けない青年が妹のような小さい子供に道案内をさせているようで、何となく情けない光景に見える。いや、事実だが。

 

 10分前に入浴を済ませて髪を乾かすのにずいぶんと時間を喰ったらしいアリスは、少し不機嫌そうだったが、でもローラーが付いている可動式のロボットがおにぎりとかの軽食を持ってきてくれて、それを食べていく内に上記分風になっていた。

 そして、廊下を歩くが、何処をどう見ても一緒に見える。窓や目印はあるのはあるのだが、その目印は何処をどう見ても一緒。窓から見える光景は、雲の上なので一緒。

 つまり、アリスがいなければ無理ゲーと、脱出ゲーが混じった感じ。結果、絶対に迷って出られない脱出ゲーム。

 まぁ、マーベラスやアリスが居るのだから、何処に居るか分からなくても迷うことはないのだろうけど。

 

 そして、幾つ目かの廊下においてある目印を見ただろうか、その内、下へ向かう階段が見えた。

 

「リア兄。皇姫様に会う?」

「今か? めんどくさそうだからスルーしたいけど」

「じゃぁ、いい。明日にする」


 背中越しに会話するのをやめてもらいたい。なんか、悲しい。

 そう言いつつ、アリスは階段を降りていく。リアはそれに着いて行く。軍塔に行くといっていたが、それが何処なのかは知らない。まぁ、何処にあろうが関係ないけど。

 そして、階段に飾られたいくつかの写真を見た。

 それは、大戦中に撮られたような写真ばかり。エンザレム帝の海軍の集団写真に始まり、陸軍。そして、アルシュア攻撃部隊。

アルシュア攻撃部隊の第一団を指揮していたのは自分だ。そして、敵の対アルシュア用の爆撃に、リア以外の仲間を失った。

それは、もう遠い記憶。失った次に、リア自身の前世の記憶が入り込んでいた。それも、幼なじみになぜか殺された、惨めな人生16年。

 写真はまだある。歩兵が撮影した、敵アルシュアの足元からの写真。そして、――――古代兵器。

 そして、気付いた。階段を下り、踊り場である此処の写真は、特にラティア海戦に集中していることに。

 古代文字。解読できない言語の一つ。現在はどうなんだろうか。それに、海の中から撮影したと思われる、大量のプリアンタイトの山。

古代文明で分かっていることは唯一つ。それは、古代兵器は、プリアンタイトを原料に使うわけでもなければ、使用後にプリアンタイトになる、原料を使っていた、と言う事実。

 その副作用は、ブリンティアのアルティアパイロット、フェンリルが物語っている。

 世界的に有名なパイロットだった。それが乗り込んだ戦闘力不明の古代兵器。それで、一時期は戦線を諦めた者も沢山居た。

 世界ランク21位のパイロットが、操縦するからだ。

それが、事実、自我崩壊の死亡する形に収まる。それで、エンザレムは持ち直したが、しかし、デスアロ家が消え去り、エンザレムは負けた。

 

 現実、古代兵器が操縦できるように改良されているとすれば、――――いや、それはない。マーベラスは、大きな進歩はないと言っていた。

 研究はしているが、まだ解明には至っていないと、そう捉えてもいいだろう。

 

「いつまで見てるの? 早く行こう」


 そう言われて、今が軍塔に向かっていることを思い出した。

 アリスに 「ああ、ごめん」とだけ言ってから、再び進みだすアリスの後を追った。

 まぁ、階段をずっと降りるだけの動作であったが。







◆◇


 軍塔は、一つの大きな天空島の上にあった。直径500mの島である。その半分以上を塔が占めており、余ったところを、軍兵のグラウンドとして使っていた。

 塔の高さは、およそ200mくらい。天空城と呼ばれる城より、全然低いものである。 建築は、マーベラスが操作する100ものアルシュアで行われたものらしい。


 現在、総兵はグラウンドに整列していて、少し高い台に一人の女性教官が腰に手を当て、敬礼のポーズを取っていた。兵たちもそれに合わせて、バッと音が重なる。

 それを、連結している大きな橋、――アリス曰く桃源橋というらしい――の上から見ていた。

 

「あれはリア兄も知ってる、シェナ将軍」

「シェナって、二等兵じゃなかったっけ?」

「2年前はそう。リア兄情報古い。それと、軍の階級の表し方は改められたから」


 シェナは、同期の士官学校からの付き合いだった。リアがアルシュアパイロットコースだったら、シェナは海軍。海専門に勉強していたことを思い出す。

 それが、今や、将軍? てか、将軍がどれくらいの階級なのか、リアは分かっていない。


「明日から、勉強しなおし。リア兄、本気で馬鹿」


 そう言われれば、素直に謝るしか無いわけだが。

 

 そうして、教えられた現在の階級。旧式と違い沢山の相違点があった。例えば、階級によって使役できる兵が違ったり、発言権の強さが天と地の差があったり、特別な部屋に入れるとか入れないとか。

そうやって、2年で色々と変わっている。


 曰く。

  


一番権力があるのが、大将。次に中将それに伴って――。と、まどろっこしいのでわかりやすくすると


   大将 

将官 中将

   少将

   大佐

佐官 中佐

   少佐

   大尉

尉官 中尉

   少尉




 と、まぁこんな感じで、将官には二人ずつだが、佐官には第一大佐〜第三大佐と、三人づつになる。

 そして、一番上に君臨するのが、将軍。その上に、王が居る。

 つまり、現在この軍隊の中で一番偉いと聞かれると、それはシェナになる、ということだった。


「難しいなぁ」

「リア兄は、馬鹿だから」



 傍目から見ていると、今在っているのは進級式のようなモノらしいことがわかった。つまり、昇進。

 何をしてそれが行われるかは知らないが、早くも新しい体制に成るらしい。

 

 では、マーベラスはこれに出席しろ、ということだったのか。それとも、単にこれを見せたかっただけ。2年の間に、これほどに成長している人がいるのに、君はどうだい? って言う、問いかけ。

 寝ていたらしい自分には何も出来ない。しかし、周りは2年も経っている。何も変わらないまま、周りに取り残されて、現実感も無く、そして、今何をしようとしているかの果てしなさにため息。


「まずは、現実を見ろ。そういいたいのか?」

「は? 何いってんの? リア兄はやっぱり馬鹿。救いようのない馬鹿。だから助けてあげなくちゃ」


 10歳前後の姿をした、幼女。もとい、マーベラス、アリスは、そう言った。

 誰の意志だろうが、知らない。何故か、そこで安心感が生まれたのは、どうしてかは分からない。




「――――ア。 マルティリアッ!!」


 そんな時に声がかかった。それは、紛れも無いシェナからの声で。それは整列している軍隊へ話しかけるために使っていたマイクから、聞こえる。

 どうやら、見つかってしまったらしい。てか、全然離れているのに2年も会ったことのない人間だと判別が付くだろうか。


「あのね、リア兄。怒らないで欲しいんだけど……」

 

 アリスが口ごもる。

 「大丈夫。怒らないよ」とリアは言う。すると


「シェナ将軍は、ね。一回、死んでるんだよ」

 

 なんとなく、暗い声で、アリスは俯きながらに言った。

 死んだ。といったか? しかし、ならば今生きて、動いている彼女はなんだ。そう、思った。





 『赤い海』について、リアは結果を知らない。

 何も知る前に、自分は意識を失っていた。そして、気が付くと2年が経っていたのだから、情報なんて全く、これポッチも持っていないと言ってもいい。

 と、いうことは、海軍所属のシェナについて知らないことも納得した。


 だが、シェナが一度死んだ? その、アリスの言葉に思考が止まった気がした。

 だって、シェナが。あの、優等生が。――――死ぬはずは無いのだから。


「な……んだって?」


 不意に、問い返した。怒らない。そう約束したが、この、腹の中の痛み、むかむかする気持ちはなんなのだろう。


「死んだんだよって、言った」

「理由を、聞いてもいいか?」


 沈んだ声音で言う。

 そりゃそうだ。そんな、彼女が一度死んだ、と言う事実を聞かせられれば、気分が悪くなるのは当然と言える。


「聞かなくて、いいと思う」


 アリスの一言に、「そう……か」と返す。もう、過去を振り返らなければ良い。

 事実、目の前に彼女は居るのだ。だから、言われたそれを忘れることで、無かったことに。リセットできる。

 

 リアは、「シェナが一度死んだ」という話に鍵をかけた。

 また、必要になった時に開けばいいだろう。 もう、怖かった。


 多分、リア自身の『死』に対する思いが、果てしなくリアルな、身近に感じるのだろう。そう思った。

 当然。過去に自分が信頼していた幼なじみに殺されたのだから。大事だと思える人こそ、自分に重ねてしまってより一層、悲しくなる。


 ――――!? 待て。それじゃぁ、シェナに対して俺は好意があるというのか?

 

 という自問に、ため息。


「おーーーい!! マルティリア! こっち来なよ―」


 シェナは、こちらの会話なんてお構いなしにマイクを使ってリアたちを呼ぶのだ。

 軍兵の昇級式なんて、関係ないというくらいに。


 彼女を一言で表すなら、感情に難ありの破天荒少女。

 つまり、脳天気だ。



◇◆



 将官はまだ、一人ずつしか役職についていないらしい。それは、軍兵に制限があるからである。

 いや、制限など何処の軍にでもあるが、特に、この天空城だと人員補給も、軍の志願者も高が知れているのだ。いちいち位の高い役職に沢山の人が就いていると戦術らしい戦術も出来ない。

 少尉が一番やりを構えるなんて、どこぞの武士の国の話。有能な軍人こそ情報の少ない敵軍に突っ込もうとは思うことはない。


 現在、兵士の等級を発表しているらしい。

 グラウンドのような、広いそこには十数人の管理職の側と、二千人の軍兵が居た。

 軍兵は、色によって等級が分けられているという。学校で言うなら学年のようなもので、今回の昇級式なんて学年が上がったり、飛び級をするとかのイメージがあればいいだろう。

 

「二等兵を発表する。3人だ。名を呼ばれたものから出て来い」

 

 シェナが言う。流石は二年間軍部をまとめていた将軍だ。と、リアは感心する。


「バルメ・コネース。ポーラ・ヘキサ。アーサー・ファーミリオン」


 その3人の名前に心当たりはない。聞いたこともない。だが、確かに元から軍にいた一般兵だという。

 そして、天空城の発城に乗り合わせた。幸運だったろう。そして、等級すらも与えられる。どんな心情だろうか。


 3人はシェナの前に出てくると胸に手を当て、右膝を折りこうべを垂れた。

 シェナではない女性が、3人の腕に付けている腕章を取り外した。それで、新しい腕章と取り替える。それが終わると頭をあげた。

 シェナは3人とそれぞれ目を合わせてから、新しい軍服を手渡した。


「どうぞ、役にたってくださいね」

 

 ニッコリと微笑むシェナに、3人は 「「「はっ」」」 なんて声を揃えた。




 次に一等兵。2人が名を呼ばれた。同じように腕章と軍服を受け取る。

 それを、管理職と同じ目線で見ていたリアとアリスは、現在のアークスクエア軍の戦力について話していた。

 アリスがマーベラスに依頼し、その計算結果をリアに報告。


「主に研究が進んでいる都市は東側の、ブリンティアを良く思っていない連合の本部。そこはアルシュアのエネルギー問題について研究されているらしいの」

「どんな? というか、俺はまだ昔のアルシュアについての情報しか持っていないのだが……」

「大体は一緒。今までプリアンタイトの耐熱フレームに合わせてギリギリの熱量を発する鉱石を燃焼させて熱エネルギーで胸部の水を蒸発させてモーターを回して運動エネルギーに変換してたの。その時に出た水蒸気は冷却魔法で補っていたけどそれについて新定義がされたの」

「魔法力の低下のことか? 俺だって学生の時に習ったが、今は魔法を使うための魔石が減少しているってことだろ」


「リア兄馬鹿なくせにいい線いってるし。そう、魔法力低下。アルシュアも、第八世代に突入した今、外装フレームに手を入れて、エネルギー発生装置に負荷がかかりすぎて、冷却魔法用の魔石を積むだけじゃ物足りないの」

「それについて、何が提案されたって?」

「レアメタル。希少鉱石だよ」


 という、二人の会話に、周りの人はこう思うだろう。

 何、幼女とまじめに話しているのだろう。と。 

 そのはず、アルシュアの内部構造には特殊なフィルターが掛かっていて、情報が漏れることは無いどころか、勉学が十分に受けられる環境じゃないのでさっぱりわからない人には分からない。

 それが、約80%の人間がそうである。


 いつしか、昇級式が終わったらしいシェナが、2人の目の前に立っていた。


「で? そこの白い人は、何処で油を売っていたのかな? 2年も」

 

 両手を腰に付けて、胸を軽く逸らしているが、まぁそこまで目を見張るくらいにそこは大きくはない。

 むしろ、凹んでいるのか? という程に平べったい。アリスよりも女性の特徴が無い。

 ていうか、同い年で10歳前後の幼女に見た目で負けるシェナは、不快そうに口角を釣ってから


「何? その気持ち悪い目線は。何処を見ているの? 見ているのね? こ……これでも成長しているのよ!!」


 胸を、両手でクロスさせて守るシェナは、昔のまんまだなぁって思う。

 そして、彼女の顔が、リアの隣にいるアリスで止まる。


「この女の娘は、なんなの? まさか、私と君の子供ッ!? 嬉しいわね」

「……。シェナはこいつを産んだのか」

「はっ。私は処女だったわ」


 頭を抱えた。


「でも、マルティリアが私に訪ねて来るなんて、なんか用事なんでしょ? でしょでしょ!!」


 目をキラキラさせてリアを見つめるシェナには悪いが、ホントのことを言えば


「いや、用事とかじゃない。で、アリス。此処に俺を連れてきた理由は?」


 そうやって、全部アリスに振った。すると、アリスから出てきた言葉は


「シェナ将軍にお話があってきました。――――率直に言うと、リア兄に全て献上して下さい」

「全てって……!? 私の全て??!」


 はっとしたような彼女の顔。そして、リアを上目遣いで見つめるシェナ。その顔は、少々赤くほてっているように見えなくもない。

 お約束の、シェナの勘違いをしているのだろう。そうに違いない。

 リアは、「意味を履き違えるなよ」と、シェナに注意する。彼女は、基本誤解の女王に君臨しているのだから。



「え、地上に攻めこむって!?」

 

 シェナは変に驚き裏声がでる。リアは、そうだ。と頷く。

 軍塔の最上階。そこには、将軍のシェナ以外には将官の中将、大将しか入れなくなっている。しかし、今はリアとアリス、そしてシェナの3人だけ。

 部屋の中心に置いてある机には、立体ホログラム写映装置があって、現在部屋を暗くして情報の共有をしているといった所。

 今の軍の情報を、マーベラスは管理しておらず、情報が少ないそうだ。だから、リアがアークスクエア帝を建てたことの情報と最新のアルシュアテストパイロット募集のそれとを、現在の軍部をアークスクエア帝に結合させる旨を伝えるついでに情報をもらおうとしていた。


「アークスクエア様。この、リア兄が起きたから、奪われた地上の土地を取り戻す行動を始めるの」


 もちろん、半分は嘘だが。それを伝えるには、いくらシェナといえど信頼度が足りない。 世界の改革なんてこっ恥ずかしくて言えないな。

 アリスや、マーベラスを100%信頼しているか? と聞かれればそうではないのだが、でも、アリスは個人的に好きではある。

 だって、好みの幼女を選んだのだから。まぁ、それはさておき。


「それは、勝率はいくら位あるの? 攻めるって、ブリンティアにでしょ? 兵力も何もかも、規模も違うでしょ。勝てるわけないじゃない。むしろ、今ブリンティアに併合されていない小国から領土にしていくのなら分からなくないよ」


 それは、『赤い海』の時のシェナを知っているリアにとって、驚きの言葉だった。

 過去、彼女はどんな勝率だろうが自分の腕を信じて突き進んでいく、と言うイメージであったが。しかし、それはもう過去の話だったようだ。

 2000人の部下を持つ者、自分の判断ミスで皆を殺すことは出来ない。責任感という無縁だった感覚を手に入れたようだった。


「それについては、40%だね。これを見て」


 立体ホログラムの写映機にアリスが手を触れると、少しブレてからすぐに元に戻る。

 どうやら、情報を書き込んだようだった。その情報というのは


「アルシュア?」


 シェナが尋ねた。

 表示されたそれは、アルシュアの解体図であった。

 外部装甲と、内部構造の細かい部品まで。その機体の名前は《天空城アルシュア第一世代 試作品002》。

 特に、色などは入ってないが外部装甲を見れば、異様な刺や装備に気になる。特に、腕部分の装甲には隠しナイフのような兵器が左右に2本ずつ隠されてあって、腰当て部分には縦に長い長剣が携えられるようになっている。

 それに、シェナは見たことがない一つのバックパックのような翼に目を丸くさせる。


「アルシュアに翼って、動きづらくなるだけじゃない。脚部の靭帯部分に風の抵抗で余計に負荷がかかっちゃう」

 それに、と図の隠し装備の飛び道具を指摘した。

「絶対に効果が無い。プリアンタイトで武器を作ったところで、地上のほうが良い鉱石で錬成してるんだから意味無いでしょ。何? 2人揃って私達軍部を馬鹿にしに来たの?」


 怒りを露わにして、彼女は言った。どうやら、単純に考えて翼ユニットで、それが飛べるとは思えないらしい。

 それを考えられるのであれば、この武装について同有理点があるのかを考えられそうだが。どうして、重い鉱石をプリアンタイトの外装で覆ったナイフを装備するのか、それが考えられれば。


「《反重力システム》」

「その、机上の空論がどうかしたの? まさか、完成したとか言わないでね。それがあれば、私だって死ななかったのに」


 ――――死ななかったのに?

 確かに、シェナはそう言った気がしたが、スルーしておこう。記憶の鍵が危うく外れそうになった。もう一度、強く、ガチャリと音がするくらいに強く閉めよう。


「この翼ユニットには、次世代型エネルギー、ディロアポカリプスを採用しました。これは、地上で言う希少鉱石レアメタルで、天空島には沢山ありますから」


 それは、初耳。アリスは続けた。


「現在の地上を攻める計画は、これを3機、地上機八世代に翼ユニットを装備させた10機前後で行こうと思ってます」

「馬鹿でしょ? 負けるわよ。いくら空が飛べたって、ブリンティアの技術力を舐めすぎ」

「ですが、ブリンティアの戦力はこの際どうでもいいです。今回は、ブリンティア、及び地上にリア兄の存在を示すための、デモンストレーションですから」


 まだ、改良の余地がある《反重力システム》と、翼ユニット。

 まず最初に、可動式だとしても、翼がプリアンタイトで出来ていることが、試作品の特徴だろう。本気で作るなら、プリアンタイトが重すぎることに気付くだろう。 

 それに、ミキシオウンを使わない時点で、本気の奇襲攻撃でもない。その鉱石自体、シェナは知らないが、でもこの数で勝てるとは、アリスもマーベラスも、ましてやリア自身言ってはいない。


「負け戦をする……わけでもないのね。何がしたいのか、教えてはくれないの?」

「それは、――――??」


 アリスが口ごもってリアを見上げた。教えるか、どうかの許可を取ろうとしているのだろうか? 

 でも、もしかして伝えたことが原因で軍部が幾つかに派閥が別れても、それはそれで面倒くさいことになる。 でも、それは伝えないことでも同じことが言えるだろう。

 つまり、此処は信用問題ではなく、将軍として。この計画の一端を担ぐ仲間として、伝えないわけにもいけないと、頷いた。


「どこまで理解してる?」


 多少上から目線にアリスが聞いた。

 えーっと、ってシェナは顎に手をやる。そして数秒。


「マルティリアが地上に宣戦するために、試作品で相手の戦力を図ろうとしてるんでしょ? それと、こちら側は空飛ぶ技術を持っている、と教えるため?」


 首を可愛らしくカクンッ、とかしげながらシェナは言う。

 大体合ってた。そして、間を補うためにアリスは


「85点。これは、戦争の始まり。地上のブリンティアにまだ取り込まれていない国の希望」


 


 ――――――世界最後の大戦の序章を始めるの。


「相手を挑発して、それと味方を作るための。…………。一石二鳥ね」

 シェナは、アリスが言った事の重大さに、まだ理解を苦しんだ。




 天空城最上階には、天空の扉と言われる苑の入口があった。

 二人は、その中にいる。


 リア・ロドゥー・アークスクエア

 

 アリス・アークスクエア


 一応、この、天空都市の戦力である軍部には、話を着けて来た。まず、この作戦に協力すること。その代償に、こちらからは、身分を渡す。

 それで、この作戦、軍部の吸収に決着がついた。

 

 身分。それは、貴族のことだ。

 貴族といえば、少し感じが悪いかもしれないが、でも、リア自身悪い話には思えない。この天空都市に身分の差なんて有り得ないからだ。

 それが行われれば、少ない人口から、身分の低い人がこき使われるようになる。そんなのは駄目だ。絶対に。

 

 身分、貴族というのは、あくまで一部でしか働かない特権であることにする。

 

 つまり、それは貴族という『役職』にするということ。

 役職、それには別に軍部だけというわけではない。この、アークスクエア帝に変貌させる天空都市に、新たな概念として定着させるのだ。


 〜家は〜〜の仕事。みたいな。

 

 そうすれば、身分の差なんて生まれない。仕事があるだけで、その差があるも同然かと思うが、でも、あくまで仕事である。無くても、蔑まれることはない。

 そうして、話がまとまった。


 つまり、軍部の将軍様は、情報を持ってないがために、口車に乗せられたのだ。


 貴族と言う、古い概念の思想。それを持っていたゆえに。


 彼女は、元よりエンザレム帝国の貴族の娘であった。育つのには難はない。それに、何かあれば、粗相を起こしても、全ては父がもみ消してくれて、そして、奴隷を買っていた。

 エンザレム帝国の貴族には、奴隷を買うものが多かった。しかし、それ自体、エンザレム皇は認めていなかった。

 だが、普通の服を着せることで奴隷だと判別もつかずに、買っていたそうな。

 それが、貴族のあり方だと思っていた故に。極悪のテンプレートを被ったまんま貴族だったがために。

 それしか判らなかった。


 言葉というのは、時に皆を狂わせる。 それは、同じ言葉でも意味の捉え方で価値が変わったりするからである。 

 軍部、シェナ将軍がいい例だ。


 ――――よし。今度謝りに行こうか。



「リア兄」

「何? アリス。お腹すいた?」

「……。街に行こう」

 

 苑の中心に置かれた、ソファーに横になって居る、彼女は言った。


「どうして?」


 リアはそれに問いた。何故、今いかないといけないのか。まだ、2年の眠りから覚醒したばかりなのだ。と、反論が口にせずとも顔に出ていた。


「アルシュアについての研究を人間にも手伝わせるため」

「……。マーベラスか? わざわざそんな話をアリスの口から聞きたくなかったよ」

「まぁまぁ、いいじゃないか。こうやって、せこく軍部を手に入れたんだから」

「別に、普通に話せば、シェナは了承してくれたかもしれないのに」

「彼女は、そんなことしないよ。規定を守る。それが彼女のモットーだ。それを破るなら、また死ぬよ。それなら、いっそ騙してしまった方がいい」

「そんなこと。……。シェナは、どうして死んだ? それが。俺が知らないのが、もやもやするってか普通に知りたいんだが」


「――――。時が経てば、自然に彼女の方から教えてくれるはずさ」


 間があって、マーベラスは言った。そして、本題に入る。どうして人間が必要になったのか。マーベラスは話し始めた。


「えっとね。この、マーベラスは演算の結果私だけじゃこれ以上の戦力拡大をすることが出来ないと判断しました。アルシュアは、製作段階で第4世代まで。でも、それ以上の行動、演算処理で私自身が私を否定しました」

「どういうことだ? 俺にも判るように説明するとどうなる」

「だから、これ以上私が働いても、人間にはそれを支えようとする意識がなくなり、結果、アルシュアパイロットの低下、軍部の信用度の低下。及び、地上からの支援と民からのアークスクエア帝の支持が消え失せます」


「……。どういう計算をすればそうなったんだか」


 リアは頭を抱えた。

 そして、アリスが寝そべるソファーの正面にある、円テーブルに置いてある紅茶を一口すすった。

 変に清々しい味だった。


「では、アリスさんが起きるまで寝かせておきましょう。そして、起きたら街に降ります。いいですね」


 マーベラスは確認をとった。つまり、アリスは、寝ていてもマーベラスの監視下にあるということ。それは、なんか複雑な気持ち。

 別に、会って一日も立っていないのだからそれ以上に感情は生まれてこないが、将来的に、妹になってくれたらいいなぁ、とか、淡い妄想とかしてみる。

 てか、アリスが「リア兄」って呼んでくれるから、兄ごころに目覚めそうなだけなのかもしれないが。 金髪の青い瞳の妹。こんな色素の薄い兄と居たら、目立つなあ。そんなことを考えてみる。

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