プロローグ
お暇でしたらお付き合いくださいませ。
(―――――私の主はぶっ飛んでいる。)
と、フィルリーナはいつも思っている。
「わらわも、親衛隊がほしい」
などと、呟く言葉はあえて聞こえないふりで、フィルリーナは主の前にお茶の用意を静かに置いた。
「フィナ、いつもありがとう。」
主の隣で柔らかく微笑み、お茶を手にする主の旦那様は今日も大変麗しい。
目の保養だと思う。それだけでいい、余計なことに関わらないうちにさっさと退室したい。
フィルリーナはそう思ったが、主に仕える女官としては傍を離れる訳にいかず、心の中でそっとため息をつき、二人の傍に控えている。
フィルリーナの主のその名をガルネシア=ライ=グレイエール。
ここ、グレイエール王国の次期女王。黄金にも見える琥珀の瞳と黄金の緩やかな波打つような長い髪に、白磁の肌はなめらかで誰もが見惚れるほどの美姫。
美姫ではあるのだけれど、彼女は、、、、ちょっと残念な性格をしていた。国王である父親が、常に頭を抱えるほどの問題児である。
そんな訳で、ガルネシアに仕える人間は、とっても数が少ない。王城には貴族の令嬢が行儀見習いとして女官を務めるのだが、ガルネシア付の女官は一人のみ。何人つけても長く続かないので仕方ない。
長くて一週間、最短はなんと数分。そんな中唯一、フィルリーナ=ルーナベリーだけは長い。
とある事情で、他に行き場がなかっただけで自分は至って普通とフィルリーナ自身は思っているのだが、きっとそうでもない。気づかないのは本人ばかり。
そんな彼女が仕えるもう一人、ガルネシアの夫、ギルバードもやっぱり普通とは言い難い。
彼は王族との縁も深く宰相を歴代勤めるランスロット公爵家の妾腹ではあるが長男で、ガルネシアの幼馴染でもある。柔らかな淡い金色の髪に澄んだ水のように淡い水色の瞳、整った顔立ちで穏やかに思える笑顔を常に浮かべている好青年である。ガルネシアの幼馴染だったがため、国王よりガルネシアを押し付けられたと思われている彼ではあるが、事実は異なる。
彼の害のなさそうな見た目とは異なる内面を知ってる人間もまた少ないのである。
「親衛隊って?」
と、いつもの微笑みを浮かべてギルバードがガルネシアに尋ねる。
、、、、聞かなくていいいのに、と傍に控えているフィルリーナは思った。
「退屈なの。」
《退屈》はガルネシアが口を開けばほぼ毎回飛び出すキーワードである。珍しくもなんともない。ではあるけれど久しぶりのワードだなぁなどと、フィルリーナも、そしてギルバートすら思った。
「先日、ローズに会ったら親衛隊とかいうのを連れていた。」
ローズこと、ローズベリーナ=ロイ=ベルマター、グレイエール王国の隣、ベルチェ国の第一王女。ガルネシアより2歳ほど年上の彼女はまだ独身である。
ギルバードに一目惚れし、かなりしつこく言い寄っていたうちの一人である。いまだに諦めてはないらしく、ちょくちょくやってきてはガルネシアに対抗意識を燃やし続けている。
「そういえば、何人か男の子連れてたね。」
ガルネシアの言葉で初めて思い出したというようにギルバードは相槌を打つ。ちょくちょくやってくるローズのことを全く気にも留めてない。
そう言えば、確かに先日お会いしたときローズ様はちょっと系統の違うそこそこ顔立ちの整った青年たちが付き添っていて、女官たちが色めきだっていたなぁ~などとフィルリーナも思い出した。常に見目麗しい主たちに仕えているせいで審美眼の養われてしまったフィルリーナは大した興味のなかったので近づきもしまかったが。
「ガルは常に傍にいられるのって嫌いでしょ?騎士たちが嘆いてるよ。」
行く先々で、護衛の騎士を撒いて好き勝手するガルネシアに一番嘆いているのは騎士ではないのは周知の事実ではあるが、そこは明言しない。
「騎士とか堅苦しくって嫌いだもの。暑苦しいし、口を開けば、『陛下が、陛下が、、』って鬱陶しい。
ぞろぞろ付いてくるのも煩わしい。」
心底嫌そうに言うガルネシアに苦笑するしかないギルバード。
「それが彼らの仕事ではあるんだけどね。、、、、ま、ガルがそれを許すのなら親衛隊もありかもね。僕に任せてくれる?」
誰もが見惚れるほど、朗らかな笑み。
(うわー、、、、また何企んでるんだろう、、、、、、)
ただ、フィルリーナは二人の雇用主を正しく理解していた。なにしろ付き合いの長さは片手では足りない。
「ギルの人選ならよし。任せられる。父上ではつまらないのを用意するに決まっているからな。」
見慣れてるガルネシアも全く動じることなく、嬉しそうに眼を細める。
「私を楽しませてくれる者たちがよいな。」
「ガルを(退屈から)守ってくれるだろう人間を選ぶよ。」
ギルバードの心の声が聞こえるようだった。
(あら~おもちゃ決定?お気の毒様、、、、、、)
何人犠牲になるかは知らないけれど、ガルネシア様の親衛隊という名の、ガルネシア様の気まぐれに付き合わされる若者が選ばれるようだ、、、。
フィルリーナは、親衛隊と称され集められるメンバーの行く末を正しく理解した。
グレイエール王国国王の嘆きがさらに深くなることが決定したこの日。
何人かの運命が確実に大きく動くことになったのを知る者はまだ3人のみであった。