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時間は逃がしてくれない

 私がその話を聞いたのは新学期が始まって直後のことだった。

 御影愛真が自殺した。遺書も見つかったそうだ。

 思いのほか傷つかないのは、私が彼女のことを完全に敵だと思っていたからだろう。だって殺されかけたのだから。けど私がもしも正しく対話してたなら、彼女は死ななかったと思ってもしまう。

 そんなつもりはなかったくせに。私がどれだけそんな気持ちを抱いても、相手はいないし、愛真はきっと私の言葉を聞かなかった。

 いろいろ考えてしまうけど、私は彼女を助けられなかった。それが事実だ。助けるつもりもなかった。それが真実だ。私が気に病むことじゃないと、言い聞かせる。

 学校では体育館に集められ、全校集会が行われた。私には時間の無駄にしか思えない。

 御影愛真が死んだ理由は御影未来が死んだからだ。誰だってそう考えてるはずだ。彼女とは少し話していただけだが、未来のことが関わっているのは間違いない。同じくらい私も関わっていそうで、胃が痛くなりそうだ。

「おーい日和帰ろう」

 いつの間にかホームルームも終わっていたようだ。思っている以上に私はあの話に衝撃を受けているみたいだ。

「うん」

 美紀に応える声は元気ない。お互いに元気がないのは、しょうがいないのかもしれない。

「嫌な話」

 思わず口からこぼれた。

「ホントだよ」

「よくわかったね」

「他にあるの?」

 何かと言わないのは、お互いわかっているからだ。今朝の御影愛真の自殺の話。

「知りたい?」

 嫌だと言いながら美紀が私に言ってきたのは意外だった。

「どうして?」

 荷物をまとめ教室をあとにしながら返した。

「なんかあったみたいじゃん?」

 確かにあったけど、それは夏休み前のことだ。もう過ぎてしまったことだ。

「ごめん。ちょっと聞いてみたかっただけ。私はそんなに性格悪くないよ」

 私が不思議そうに首をかしげると、彼女は眼鏡を直して周りを見渡してから小声で話しかけてきた。

「実は例の人の遺書の内容聞いたんだ」

 私は足を止めてその声に耳を傾ける。

「その中でさ、日和殺されてたよ?」

 声の調子がどこか怯えているようだ。

「ねぇ日和は生きてるよね?」

 彼女の言葉を聞いて、私は思わず

「あはははは。バッカじゃないの!」

 と不謹慎に笑ってしまった。まったく困った奴だ。殺したつもりでいたのか。あの程度で。確認もしないで、止めも刺さないで殺したつもりだったのか。

「だっ大丈夫?」

「うん。ちょっと落ち着く」

 美紀に合わせるように声を小さくする。放課後と言ってもまだ学校には人が残っていた。あまりにもおかしいことを言われたので、ちょっと爆笑してしまった。死人の話なのに不謹慎だ。というかあんな風な反応するなんて、私もどうかしていた。反省。けどさぁもう普通ってなんなのかわかんないよ。

 日本人の人生で死って十代でこんなに遭遇するものかな。あぁもう面倒臭い。振り回される心が鬱陶しい。

「大丈夫?なんか落ち込んでない?」

「軽く自己嫌悪。ごめんね」

 美紀が離れていっていなくて良かった。これで逃げ出されでもされてたら立派な人格破綻者だったよ。

「いやこっちもごめんね。日和も大変だったんだよね」

 私その言葉に黙ることにした。

「どっか別のとこで話そう」

 美紀が私の手を引いて歩き始めた。なんだかこんな風に歩くのは久しぶりだ。私は黙ってその手に引かれるまま歩いた。

「よし!カラオケ行こう!」

 校門を出てすぐ彼女はそう言い放った。真面目そうな眼鏡に光が当たって一瞬光る。

「それでいいの受験生?」

 私は思わずそんな風に言った。いろいろショックなことがあっても私たちは高校生。外出はほどほどに。

「今日はいいの!じゃあ行くよ!」

 こんな風にテンションの高い美紀は始めてだ。気圧されるように私は彼女のあとをついていった。


 カラオケで思い出したけど、未来は選曲に妙なこだわりを言っていた。

「言いたいことを言えるし、言葉に乗せて好き勝手に言えるのは楽しいよ」

「好きとか?」

「それはもう言ってる。そうじゃなくて「死んじゃえよ」とか。「さようなら」とか。根暗なことかな。あと「許さない」だね」

「何嫌なことでもあった?」

「もうありまくり。ホント余計な人間が多すぎなの。私の人生に必要ないのにね」

 といって次の曲を選び出した。

 今ならあの時よりもその気持ちがよくわかるな。

「怖い怖い怖い怖い!」

 歌っているなら美紀はずっとそんなことを言っていた。少し刺激的なフレーズがサビであるのだけど、今日はいつもより気持ちが乗っていたようだ。

「そんなに?」

「うん!怖いけどカッコいいけど怖い」

 結局どっちなのだろう。次は彼女の曲のはずだが彼女はマイクを握らずに一つの封筒を持ち出してきた。

「なにそれ?」

「遺書」

 それが誰のものなのかは考えなくてもわかった。

「なんで持ってるの?」

「アンゼンって名乗る人に押し付けられた。日和に渡せって。フード被っていて、凄く怖かった」

 あぁなるほど。アンゼンというのは安井君のことだ。未来は彼のことを安全地帯とも言っていたし、私たちの中での暗号みたいなものだ。安井善一だから安全というのは、さすがに安直すぎる気もするけど。

 さっそく遺書について話を聞くことにした。

「見たんだね」

 私は確認するように尋ねた。彼女の選曲は流行のアイドルのテンポのいい曲だったから、空気はそれほど暗くはない。

「ごめんね。見ない方がいいって言われたけど、気になっちゃって」

「しかたないよ。いつ受け取ったの?」

「学校が始まる前。私が家を出るときに偶然あったの」

 どうやら今日の朝登校する時に安井君が美紀の家の前にいたらしい。本人は郵便受けに別の封筒にそれを入れて渡すつもりだったようだ。そこにたまたま美紀がいたから直接渡されたそうだ。

 まったく直接持ってくればいいのに。

「これって警察渡した方がいいのかな? 遺書なんでしょ」

 私は改めて封筒を受け取り、その中身を読む。

 自分が欠陥人間であること。姉よりも劣っているのに、生きていることに対する謝罪。久城日和を橋から突き落として殺したこと。そのことはご丁寧に日時も書いてある。そのあとはひたすら自己嫌悪の文章が詰め込まれていた。死による救済を望むわけでもなく、次の生に希望を抱いてもいない。ただ「生きててごめんなさい」という気持ちがおしこめられたものだった。

「なるほど」

 私は納得するように呟いた。今までの愛真の様子を思い出す。愛真の未来の存在の大きさがよくわかる。きっかけの一つが自分のことに軽く自己嫌悪したくなるけど、

「突き落とされたのっていつ?」

 文章を眺めていると美紀が私に尋ねてきた。私は正直に夏休みが始まる直前だったといった。

「あっあのあと!」

 そういえば美紀と話したあとのことだった。

「そういえばそうだった」

「わっごめん!」

「いいよ。生きてるから」

 そういえば夏休み中に何度かあったけど、突き落とされたことは誰にも話してなかった。あの時来てくれた安井君ぐらいか。

「あとこれ」

 美紀はもう一つ少し大きめの封筒を渡してきた。封筒に「アンゼンセン」と書いていて笑ってしまいそうだった。私たちが彼のことを「アンゼン」と言っていたことは、安井君も知っていたようだ。けど「アンゼンセン」と呼んでたのは未来だけだろうな。私はそんなふざけた呼び方はしなかった。

 今更こんな風にユーモアを発揮されても困るのだけど。

「誰なのその人」

 顔を覗き込むように尋ねられてしまった。さてどうしたものか。と思ったが、ここまで心配してくる友人に隠し事をするのは申し訳ない。

「未来の彼氏だった人」

 少し迷ったけど正直に打ち明けた。

「いたんだ」

「実はいたんだよ。これ内緒ね。未来に怒られるから」

「ふふわかった」

 笑って答えたが、少しだけぎこちない。死人の話だ。無理もない。手紙を折りたたみ封筒にしまう。

「これ預かっていい」

「もちろん」

 二つの手紙をまとめてカバンにしまう。話題が尽きたからか、沈黙が重い。

「貸して貸して。なんかいれる」

 私はデンモクを彼女に渡した。タッチペンを滑らかに動かし曲を予約する。もちろんすぐ始まる。

「嫌なことは忘れるのが一番だよ!」

 彼女はそう宣言すると、五年ぐらい前のテンポのいい曲を歌いだした。美紀の得意曲だ。



 何か世界で事件があったとしても、それがどれだけ自分に影響を与えるのだろう。御影愛真の訃報は衝撃だったけど、三日もたてば鈍く遠い日のことのように思えてしまう。それは夏休みにほとんど交流がなかったからだろうか。あるいは私が冷たい人間だからか。

 いつまでもこんなことばかり考えてもいけない。実際問題私の受験したい大学の試験がもうすぐだ。夏が明けたらすぐだとは思っていたけど、いざ迫ると不安もある。

 誰が死のうがそれは私の近くの大事件でしかなくて、世界にとっては事件ですらない。受験の日は変わらないし、私の勉強のペースも変わらない。

 さてそんな私の受験日は今月の終わりなのだが、美紀から預かった封筒に妙な手紙が混じっていた。ちょうど私の受験日にある場所で会いたいというものだ。ご丁寧に地図とお金が入っていて、さすがに無視することができない。

 最初は安井君かと思ったが、彼なら直接連絡があるはずだ。愛真がなくなった以上彼女でもない。

 誰だろうと気にはなるが、それよりも私は自分の進路のことを考えなければ。試験に向けてやけに丁寧で優しい先生を気味悪く思いながら、その日までを過ごした。

 当日憎たらしいほどいい天気で少しだけ暑い。電車を乗って目的の大学に向かった。この大学には何度か見学に来ていた。そういえば最初に来たときは未来と一緒だった。彼女ならもっと上に行けただろうから、本当に見学だったんだろうな。

 顔だけは知っている同じ学校の生徒の姿もあったがそれほど多くはない。試験開始まで時間があるが、おとなしく参考書でも読んでおくことにした。

 少ししてから試験監督の人がやってきた。眠くなりそうな説明をうけ、予告されていた学科と論文と面接を順番に受けた。

「つまらないな」

 全部が終わってから最初に口にした言葉はそれだった。あまりにも何事もなく試験が終わってしまったからだ。

 ただこのつまらなさはきっと張り合いがなかったからだろうな。緊張が足りない。危機感が足りない。手応えが足りない。私のやる気も足りないけれど、やる気にならなくてもクリアできてしまう。それが退屈なんだろうな。

「早いけど行こうかな」

 律儀にそんなことを思ってしまうのは、キャンパスライフの期待も一緒に無くなってしまったからかも。

 ゆっくり歩きながら駅まで向かう。大学を出ると私と同じように試験が終わった人たちが歩いている。その人たちを避けながら路線図の手前まで歩いていく。手紙をカバンから取り出して、丁寧に説明されている駅を探す。どうせなら切符でもいれてくれていたら楽だったけど、この人物の意図がよくわからない。

 ただなんか敵じゃない気はする。確証があるわけじゃないから、警戒はしておこう。どうせするだけ無駄だけど。あれだ。教室に強盗が押し入って少年が撃退するぐらい無意味だ。あの話は結構好きだけど。なんだか男の子がそんなこと考えてたら可愛い。

 目的の車両がやってきたので人に流されるように入り、席に座る。意外と空いている。見慣れない景色を楽しみながら、思考に耽る。

 テストの出来は手ごたえがあった。面接の先生はちょっと面白かった。私の嫌味みたいな言葉に、うまいこと返してくれたから。受験している生徒は、変わらないなと思った。別の人間なんだろうけど、私が面白いと思う人間じゃなかったから。

 なんて私は何様だ。消費者気分で環境と人間を評価するのはよくないね。私は今まで通りでいいんだ。他人が何しようが関係ない。私の出来る精一杯で手に届く場所を目指そう。もちろん手抜きも楽もするけど。

 はぁ前はそんなこと考えもしなかったのに、随分つまらなくなったものだ。

 そのあとも似たようなことを考え続けた。美紀の進路とか、愛真が死んでから時間もたったなぁとか。いろいろダラダラ考えていた。

 大人になるって多分つまらなくなるってことなんだろうな。最終的にそんな風に結論付けてみた。

 目的の駅は意外と遠かった。改札はあるけど、無人駅のように静かだ。私以外誰もこの駅で下りはしない。というか二つぐらい前の駅で多くの人がいなくなっていた。駅からでると向かいに団地が目に入る。ここからは手紙に入った地図に従う。団地の右側の大きめの道路に沿って歩きはじめる。太陽も傾いてきて、小学生ぐらいの子どもが下校している。学校が近いのだろうか。

 道路沿いに進むとどんどん森というか山の方に向かっている。一応そちらにもいくつか建物が見える。暗くなる前に向かおう。

 静まり返った道沿いは、私たちが通った山に向かうための橋を思い出す。

「ここかな」

 左右に木が立ち並ぶ道路を進んでいくとホテルのようなものが目についた。五回ほどで左右はよくわからないが、敷地はかなり広そうだ。ロータリーと立ち並ぶ街灯や建物の雰囲気がなんだか高級そうな場所で場違いな気がしてしまう。

 幸い日は高いので、不安だが進むことにした。駄目だったらその時は引き返して今日のことは忘れよう。

 入口近くまでくるとホテルのスタッフと思われる人物が私に気が付く。背も高く身なりも良い。彼の驚いている様子から、やっぱり間違えてたかなと思ってしまう。

「お名前は?」

 彼は私に近寄ると端的に尋ねた。私も短く自分の名前を名乗る。すると彼は先ほどよりも驚いて目を丸くするが、すぐに引き締めた。

「わかりました。ご案内します」

 彼の丁寧な対応に思わずこちらもかしこまってしまう。案内すると言われたため、私は黙って彼の後ろをついていく。

「受験はどうでした?」

「えっ」

 突然の質問に思わず変な声がもれてしまう。慌てて答え直す。

「あっ余裕でした」

 不意打ちすぎて、素直に言ってしまった。これで落ちてたら恥ずかしいじゃないか。

「そうですか」

 彼はそれに満足したようだ。それにしても私の受験の日程を知ってるってどういうことだ。そもそもここに私を案内したのは誰だ。安井君の家が実は大金持ちだったとか。現状考えられる可能性ってそれぐらいかな。けど目の前のイケメンは私の名前を確認していた。顔が知られてるわけではない。どうにも状況はちぐはぐだ。

 だいたい土足でこの建物の中を歩くことも緊張しているのに、余計な脳を使ってもいられない。壁にかかる絵画や置かれている調度品。入口から受付のようなホールをまっすぐ奥に向かい、突き当りでエレベーターで上の階に移動する。浮遊感と共に四階に辿り着く。廊下にでると左右に扉が付いている。その廊下をまっすぐ進み、突き当りの扉の前までついていく。

「こちらへどうぞ」

 彼はそういうとその扉をゆっくり引いて開けた。

「あなたは来ないんですか?」

「えぇ他に仕事がありますから」

「そう」

 なら少し残念だ。ようやく人と会えて安心していたのに。ただ仕事があるというなら、彼を引き止める必要もないだろう。

 さぁ進もう。鬼が出るか蛇がでるか。拳を握りしめ私はその部屋に歩を進めた。


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