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隠し事はみんなある

 一人称がうるさい主人公は信用できない。私にそういったのも未来だ。彼女はこの世の裏側が好きだったのだろうか。ただ分かるのはこの世の綺麗なものは信じていなかった。

 その理由は多分自分が綺麗じゃなかったからだろう。猫かぶり。小言も愚痴も文句も陰口も、人間だから当たり前にしていた。だけどそんな彼女を否定して特別視したかった奴らがいることも知っている。

 だから一人称で饒舌に話す主人公が彼女は嫌っていたのだろう。だから彼女は彼を選んだのかもしれない。自分の汚さを知っている無口な彼のことを。

「安井善一って人知ってる?」

 今日は学校は休みだ。休日を利用して、私は御影未来の妹である御影愛真をショッピングモールのフードコートに呼び出した。

 お互いに私服である。御影愛真は涼しげな若草色のニットにクリーム色のスカートである。一方の私は黒のズボンにシンプルな黒いティーシャツの上に春物のライトタンのトレンチコートを着ている。

 四人用の席に向かい合うように座っている。

「誰ですかそれ?」

「未来の彼氏」

 私が端的に告げると、彼女は目を開いて驚いていた。思わず立ち上がろうとしたのか、机がガタッと小さく揺れた。

「この場合の未来はあなたのお姉さんね」

「わかってますそれぐらい」

 イラつくような口調なのは、未来に彼氏がいたことを知らなかったからかな。いてもおかしくはないけど、未来の彼氏はきっと想像しにくい。だってみんなが知っている未来はきっとそんな彼氏とか必要とするような人物ではなかったから。

「まぁそろそろ来るかな」

「会ったことあるんですか?」

「あるよ。そんで嫌われてる」

 はっきりそう言えるのは同族嫌悪かな。もっと単純に私が未来の死を止められなかったことを恨んでいるのかもしれない。けど未来が死ぬ前から彼には嫌われている。

 けど今思えば私は未来が本気で死のうとするのを止められる人間だったのかな。誰かに殺されるなんて絶対に許せないけど、彼女が死ぬと決めたことを私は迷いなく止められただろうか。

 時間帯もあってかフードコートの人は少ない。そんななか肩からカバンをかけた人物がこちらにまっすぐ近づいてきていた。灰色のパーカーに黒いズボン。目が合うとキッと睨まれた。私は特に表情を変えず受け止めた。

「久しぶり」

 私は先んじるように声をかけた。

「……」

 黙って睨まれた。まったくそんなに嫌わないでほしい。

「それは?」

 彼は低い声で私の前に座っていた御影愛真について尋ねた。愛真は安井君に怯えるように彼を観察している。

 私は二人の仲を取り持つようにお互いのことを軽く紹介した。

「俺のこと知らなかっただろ?」

 安井君の質問に愛真は黙って頷く。

「それならいいんだ」

 安井君は寂しそうに呟いた。愛真は不思議そうにしていたけど、安井君と未来のことを私が言うべきではないだろう。もともとあまり他人に話すなと言われていたことでもある。

「さて行こうか」

 言いながら立ち上がる。

「えっとどこにですか?」

 愛真の問いに私は用意した言葉を口にした。

「墓参り」



 どうして安井善一と付き合っているのか未来に聞いたことがある。それは単純に疑問だったからだ。はっきり言って彼はカッコいいわけではない。大学生で年上だけど、未来と釣り合うような人ではないと思った。しかも未来から告白している。

「告白したんじゃないよ。誘ったの。私と付き合あってみないかって」

 未来はそのことを弾むように言っていたけど、自分から声をかけているのだから同じな気もする。恋に恋するとかではない。それどころか好きとか熱っぽいものでさえなかった。けど彼と彼女は確かに恋人のような絆があった。特別誰かを好きになったことのない私にはわからない感情なのかもしれない。

「あの人やっぱりお姉ちゃんの彼氏だったんですね」

 町から離れた山の中にある霊園。いつも私が行っていた山とは違う場所だ。あちらは学校に近く、もっと暗い。こちらは霊園があるからか、道路もあるし切り開かれ日差しもよく明るい。今日なんかは日差しが強いが風が吹くと随分と気持ちいい日だ。

「そうね」

 墓参りに行きたいと言ったのは安井君だ。彼は未来の葬式には参加しなかった。そのせいなのかもしれない。彼にとって未来とのことは知られては困ることなのだろう。

 それともあの日来なかったのは、未来との約束みたいなことを律儀に守っていたからなのだろう。

 彼はずっと黙って手を合わせている。まるで死者と交信しているようだ。そんなことができたなら、私はこんな風に縛られなくて済むのだけど。

「多分私しか知らなかったんだろうな」

「何がですか?」

「安井君と未来の関係」

 もしかしたら安井君の友達は知ってたかもしれないけど、彼がそんな自慢をする人物ではないはずだ。

「私も知りませんでした。家族なのに」

「家族だから知ってるなんてこの年になればどんどん減っていくよ」

 そう。私も未来も高校三年。安井君は大学生。この年なら親に隠し事なんて当たり前だし、数年のうちに一人になることだってある。

「そうですね。私も隠し事してますし」

 愛真は申し訳なさそうに笑うと、視線を安井君のほうに向けた。

 こうして今日私は二人に会っているけど、私は二人のことをほとんど知らない。私たちのつながりは私たちの中心にいるべき人間がいなくなったから生まれたものだ。

「待たせたな」

「いいのよ」

 私は答えた。彼も未来に言いたかったことがたくさんあったのだろう。突然いなくなったんだ。それはもうたくさんあっただろう。

「なぁ久城」

「なに?」

「お前が殺したのか?」

「違うわよ」

 私は口を滑らしてしまった。

「自分で死んだのよ」

 パンッと平手で彼に叩かれてしまった。加減してくれたのかそんなに痛くないけど、思わずふらついてしまった。やっぱり顔を叩かれるのは怖いものだ。

「悪い」

「いいのよ」

 さっきと同じように答える。けどお互い知っている。彼が悔しくて手が出ただけのことを。

「あっあの大丈夫ですか?」

 愛真が慌てて近づいてくる。

「大丈夫よ」

 私は興味なさげ答え、言葉を続けた。

「さて話をしましょう。いい加減にね」

 含みを持たせるように付け加える。重苦しい空気のまま霊園の隅の自販機の近くでまでやってくる。私はお茶を購入し、叩かれた頬にそれを当てた。他の二人もそろぞれ飲み物を手に取る。三人そろって近くのベンチに座る。山の上にあるから景色が良い。

「ねぇどうして死んだのかな」

 まず私がそう切り出した。

「俺はお前が殺したと思ってた」

 安井君は顔を合わせずにはっきりと口にした。

「そんなことしないわよ。ただ……」

 言いかけてそこでやめた。一緒に死にたかったなんて、私の役目じゃない。

「どうした?」

「なんでもない。ただ私は未来は理由があったら死にそう、違う。理由があったから終わらしたんだと思う」

 私は本心からつぶやいた。ただ未来と私が最後に交わした会話のことは話さない。

「先輩前もそういってましたよね?」

 私は小さく頷いた。

「ねぇ安井君はなんかないの?未来が言ってたこととか。知りたいんでしょ死んだ理由。きっと私の方が答えには近いよ」

 安井君は不機嫌そうに炭酸飲料を口に運んだ。のどを潤すよりはイライラしているのを発散しているようだ。

 しばらくの沈黙の後彼はようやく口を開いた。

「努力できないって言ってたぞ」

「できないなんだ」

 努力しないじゃなくてできないなんだ。

「やっぱり久城は気づくんだな」

 安井君は悔しそうに顔を歪ませていた。

「未来は頭が良かったからね」

 きっと無駄と思えてしまったんだろうな。自分の先が見えてしまって、できないことをやらないようになっていた。自分より上がいることも知っていたし、それで届かないことも知っていた。だから死んだのかな。それはわからない。

「あなたはどうしたの?」

「言わない。女々しいかもしれないけど。もう未来のことを話すつもりはない。あいつが死んだ理由わかったら教えてくれ」

 彼はそういうと反転して歩き出した。まるで用事がすんだからもう帰ろうとしているようだ。

「あら妹さんと話さなくていいの?」

 私の問いに彼はこちらを向き直らずに足だけ止めた。

「必要ない。自分のことしか見えてない奴の話なんか聞きたくもない」

 その声には静かな怒りを感じて、とても引き止めることはできなかった。

 自分のことしか考えていないのは私もだけど、彼の言っているのはまた別のことだろう。まったく歳が離れているのに容赦のない人。

「ごめんね。あんな人で」

 私は立ち尽くしている愛真に声をかけた。彼女は心が死んだような目で私を見上げると、

「いいえ。その通りです」

 とだけ答えた。何か言いたそうに口を開くけど、飲み込み言葉は続かない。結局何を言っても言い訳にしかならないからだろう。

「いいのよ気にしなくて。大人げないだけなんだから」

「いえ。私がこんなだからきっとお姉ちゃんは死んだんです」

「悲観しすぎ」

「違うんです。違う」

 はぁ。なんか面倒臭い子。感情が足りないと言ったわりに、持て余しているではないか。

「かわんないな」

 少し遠くで帽子をかぶった背の低い人物の声が聞こえた。その人物は私の視線に気が付くと、どこかに行ってしまった。

 私はさっきの声を知っている気がする。

「どうしたんですか?」

 愛真に聞かれて向き直る。愛真は先ほどの人物には気が付いていないようだ。

「なんでもない。私たちも帰りましょう」

 それにしても墓参りだけで結局何も進展しなかった。いや、進むことなんてないのかもしれない。何故なら人が死んだだけだ。

 そこに何があって欲しいと思うのは、私がきちんと別れをできていないからだろう。

 特別な事情はなくて未来はただ死んだ。人が死ぬことは辛いことだけど、特別なことじゃなくて万人にもたらされる必然。安井君は私よりも年上だからこのなんともいえない感情を飲み込んだのだろうか。



 どれだけ私が迷おうと夏はやってくる。未来のいない一学期は終わって、みんな自分の進路に目を向けている。そんななか私は、相変わらず未来のことを考えてしまっている。彼女がどこを目指すのかは聞いたことがあった。けどその学校は私の実力だけではたどり着けない場所だ。

 別に彼女の目標を引き継ぐなんては考えてない。だけどどうしても気になってしまう。

 それが成績にも表れているから困ったものだ。

「はぁ」

 陽気すぎる日差しとは違い、私の足はどんどん重苦しくなる。いくら仲の良かった友人が死んだからって心を乱しすぎだ。所詮は他人。いくら絶望していようが、それは足を止める理由にはならない。人間は進むことを常に求められるのだから。

「はぁ」

 今度は別の気持ちのため息がこぼれた。教師の勘違いの慰めに相槌は打つのは辛いものだね、未来。昔あなたのいった通りだ。無知で無理解で無能。そう思うのは彼らが私の求める答えをくれないからだ。それも私がその慰めの言葉に納得していないためだけど。

 まったく面倒くさい。未来。あなたが死ななければよかったのに。

 答えはいまだ見つからない。あの日の彼女の表情はどっちだっただろう。言葉は耳に残っているし、何度も思い出した。だけど表情は、勝ち誇っていたのかな。苦しんでいたのかな。笑っていたのかな。よく思い出せない。

「はぁ」

「大丈夫?」

 後ろから声をかけられて思わずそちらを見る。今日は一学期の終わり。親と担任との面談で精神をすり減らして校内を歩いていた。だから誰かいるなんて考えてなかった。私と同じ制服。切りそろえた髪に真面目そうな大きなメガネ。同じクラスの相崎(あいざき)美紀(みき)だった。最近孤立しがちの私に気を使ってくれている。もともと仲は良かったけど、最近ホント話すことが増えた。

「聞いてた?」

 私は心を落ち着けて話しかけた。

「やっぱり未来のこと?」

「当たり」

 隠してもしかたないので私は正直に答えた。

「なんで死んだんだろ」

 未来は人の役に立てる人だった。能力のある人間だった。人の上に立つ人物だった。

「そんなの日和にわからなかったら誰にもわからないよ」

 美紀は優しい口調でそういうが、私はそれに苦笑することしかできなかった。

「特別だったんでしょ。見てたらわかるよ。恋人とかって意味じゃなくてね」

「そんなに?」

「うん。日和はみんなに未来の右腕とか言われてたし」

 そんな話は聞いたことはなかった。けどよく思い出せば、私は彼女に勝ちたくてほかのことはあまり目に入っていなかった。

「それに二人は黄金コンビとか言ってる人もいたよ」

「へっ?」

「何素っ頓狂な声あげてんの。聞いたことないの?」

「いやだって」

 私にとっての未来は超えたい相手で、宿敵みたいな奴だったはず。だけど対等とは言えなくて、三対七ぐらいで私は未来に敵わないことのが多かったのは事実だ。

 けどあれ私は何か変な思い違いをしてるのかな。

「どうしたの?急に神妙な顔つきになって」

「ねぇ美紀」

 私は思い立った可能性を一つを口にした。

「未来は私に対抗心を持ってた?」

 美紀は一瞬ポカンとした顔をした。

「当ったり前じゃない」

 思わず頬が緩む。なんだそうだったのか。そうだよね。じゃないとあんなこと言わないよね。

「どうしたの日和。今度はニタニタ笑ってさ」

「片思いじゃなかったみたいだから」

「何恋の話?」

「違うよ。宿敵(ともだち)の話」

 バカすぎて、涙出てきそうだ。親友だっていうならちゃんと相手のことも見とけよ私。

「ねぇ美紀これから暇?」

「いや残念ながら用があるかな」

「ならいいや。思いつきだから大したことじゃない」

「……」

 疑い深そうに私の方を覗き込んでいた。

「どうしたの?」

「いや日和がそれを言うとだいたいとんでもないことになるんだよなぁって。昔未来と話したんだよね」

「世の中何かにつけてそう言いたいだけでしょ。事故と原因は結び付けたいものってやつ」

 それを言ったのは未来だけど、彼女はそのあと「結果が面白くなければメディアは取り上げないけどね」なんて微妙に笑いにくいことを笑いながら言っていた。

「未来は変わってたね」

 私は小さく笑う。私たちの仲にもそんな思い出はあったのだ。なんだかしばらく忘れてしまっていた。私は未来の友達じゃないか。

「そうだね。そういえば知ってる?あの噂」

 聞かれても特に思いつくことはなかったので首を横に振ると驚かれた。

「知らなかったんだ」

「だから何が?」

「なんか最近未来っぽい人を見たって話」

 一瞬頭が真っ白になった。

「噂だからね。信じたら駄目だよ」

「そうだよね」

 答える声に力がない。あの日どうだった。さすがの私も混乱していたあの日、何か私の知らないことがあったのかもしれない。それは妄想だ。期待だ。もしかしたら、生きてるかもしれないという。例えば死んだんじゃなくて、死んだという事実が必要だったのではないか。

 ひどい妄想だ。

「話聞いてた?」

「聞いてたよ。大丈夫、変な気は起こさないよ。受験もあるし」

「それならいいんだ。けどちゃんと悲しんだ方がいいと思うよ。あっじゃあもう行くね」

 腕時計を確認すると彼女は廊下を早足で帰って行ってしまった。窓の外では夏らしい太陽がギラギラ輝いていた。

「はぁ」

 おっとまたため息。けどでてしまう。私はきちんと未来の喪失を悲しめていないのは事実だ。未来の言葉の意味ばかり考えて、まだ未来と向き合ってつもりでいる。自覚しても、どうやら私の頭はそれを受け入れられるような状態じゃない。終わったら、きちんと悲しもう。けどやっぱり期待もしてしまう。

 未来は実は生きてるんじゃないかって、理由はないけど思えてしまう


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