第七話 鈍感バカやろう……
夢を見た。
夢の中では、またしても誰かにとりついた様に誰かの目線で物事を見ている。
前に見たものと違うのは、場所が知らない学校の体育館裏であること、男の年齢が10歳は若く、彼の学生時代での出来事だろうという事だ。
正面には同じ学校とおぼしき制服を着た少女が桜の木の下で立つ。
肩まで下りた黒髪とつり目が特徴的で、頬を赤らめてこちらに目線を移しては恥ずかしそうに逸らす繰り返しだった。
ああ……これは、どう考えても、あれだ。
男は気さくな態度で問いかける。
「それで、話って何だよ?」
「……最後だからね。どうしても伝えておきたかったんだ」
「そうだな……。幼稚園からの腐れ縁も、これで最後になるんだな。4月からは別々の学校か」
「10年かぁ……長い筈なのに、とっても短く過ぎ去った気がするよ。」
「ああ。お前と一緒にいて、結構からかわれたりもしたけど、お前と遊ぶのは最高に楽しかったぜ」
「……これからも、一緒に居るのって、どうかな?」
「それって……?」
この時点で、もう意志は明白だ。
彼女はこの男の事が好きなんだ。
けれどそれに対して、男はどう応えるだろう?
俺も好きだった? それとも断るのか?
どちらにせよ、彼女がここまで勇気を振り絞ったのだから、男はちゃんと向き合って欲しい。
「私……あなたの事が」
その時、少し早い春の風が吹き荒れる。
少女の決意を込めた言葉は風の中に消えて、しっかりと伝わったとは言いづらい。
だが、これまでの流れから相手の気持ちを汲み取る事はできる。
大して好きな人もいなかった俺が言うのだから、誰にだって出来る筈だ。
「え、何だって? 風でよく聞こえなかったんだけど」
「……」
バカじゃないのか、こいつは。
これまでの流れと彼女の仕草から、いくらでも予想はつくだろうが。
少女もこの反応には唖然として、そしてキッと唇を噛んで男を睨み付けてくる。
「ねえ……本当に私が言った言葉、聞こえなかったの?」
「だからそう言ってんじゃん。それで何を俺に伝えようとしてきたんだよ」
こいつは正気で言っているのだろうか。
まさか応えるどころか、相手の気持ちに気が付かないなんて。
案の定、少女は自身でも気が付かない内に涙を流していた。
涙を自覚するとすぐに手で拭い、それでもとめどなく流れるので、とうとう顔を覆い隠してしまう。
「う……ひぅ……ぐすっ……!」
「な、何も泣く事ないじゃねえか。聞こえなかったから聞き返しただけなのに」
「ごめん。でも……もう諦めようと思ったから」
「諦めるって何を!?」
「三年になってからの一年間、私は何度も告白したんだ。でも、全部無視されたり聞こえてなかったりして……最後にって思ったけど、やっぱり今回もダメで……もういいやって」
「告白って誰に……俺に?」
少女は顔を伏せつつ、小さく頷く。
「でも、俺……今までお前から告白なんてされた事無いだろ……?」
「やっぱり、気が付いてなかったんだね……きっと伝わっても、これだけ鈍いあなたとはこれから先きっと上手くいかないよね」
男は何も言い返す事が出来なかった。
自分が気が付かなかった所為で目の前の少女は泣いている。
自分の鈍感さの所為で他人を苦しめてしまった。
そうした自責の念が見ている俺にまで伝わってくる様だった。
「勝手に私一人で何やってたんだろ、バカみたい」
そう言い残して、少女は去っていく。
男は立ち尽くし、ただ彼女の背中を見つめたまま歯を噛みしめていた。
見ていて胸を締め付けられる。
俺も、綾瀬が苦しんでいるのを近くにいながら気が付いてあげられなかった。
だから鈍感という点において、この男と俺はとてもよく似ている。
鈍感さは罪だ。
人の気持ちを汲み取る事ができないのは、他人を蔑ろにしているのと同義だ。
だから俺はこの男が許せない。俺自身を許せない。
「鈍感バカやろう……」