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第六話 幸せで夢みたい

昼の植物園は、夜とはまた違った雰囲気が漂っていた。

ガラスで四方を遮断されているので風が入ってこないくせに日差しの熱だけは遠慮なく入ってくるので蒸し暑く、亜熱帯の密林を思わせる。

こんな息苦しい場所によもや居ないだろうと思いつつ、俺は汗がじりじりと噴き出してくる中、池に向かって歩いた。


案の定、池の周りに少女の姿は見えなかった。

水月を写していた池は日光でキラキラと光り、木々は青々とした葉を枝いっぱいに広げている。


夜にまたここへ来れば、また会えるだろうか。

いや、そうしなくても朝霞さんが連れてきてくれる。それを待てばいいじゃないか。


けれど、この場所で見た月下の少女の姿が目に焼き付いていて、そんな彼女に会いたいと思ってしまうのだ。

きっとこれは恋とかそういう物じゃなくて、自分の価値観や内面を底からごっそり変えてしまう程の芸術に出会ったと言った方が正しい。


ここに来たのは無駄足だった。

大人しく教室へ戻ろう。


そう考えて踵を返した時、突然雨が降り出した。

室内なのに何故雨が?

そう思って上を見上げてみると、散水用のスプリンクラーが天井に設置されているのが見えた。

成程、あれでここの木々に水をあげているのか


などと悠長な事を考えている場合では無い。どこか雨宿りできる場所を探さねば。

木の下では葉から落ちてくる水を防げない。

多少ずぶ濡れになっても、ここを出るべきだろうか。


周囲を見回してみると、近くの木に丁度人の入れそうな“うろ”があった。

中の様子は暗くて外からではよく見えないが、木の大きさから見て、恐らく人二人分のスペースはあるだろう。

俺は急いでそのうろの中へと駆け込んだ。


中に入ると、外からの光で中の様子が意外な程よく見える。

「ふう、助かった。ここでスプリンクラーが止まるのを待って……」

体に付いた水を掃おうとした所で、全身が凍った様に硬直した。


「すぅ……むにゅ……」


昨日見た少女が体を丸めて寝ていた。

本を胸に抱え、膝を曲げて、寝息に合わせて体は小さく動いている。

服は昨日着ていた制服のままで、もしかしたら昨日別れてからずっとここに居て、眠くなったからここに入って寝た、という事なのだろうか。

穏やかに寝入る少女を見て、まつ毛が長いなとか、華奢な体つきで子供みたいとか変な所にばかり目がいってしまう。


「も、もしもーし?」

本当に寝ているのだろうか?

顔の近くで手を振ってみたが、全く反応は無い。

目元にかかる前髪をそっといてみる。

額まで露わになった少女の頬はほんのり赤みを帯びていて、何やら嬉しそうに口元をほころばせている。

きっと幸せな夢を見ているのだろう。


「綺麗だな……いつまでも幸せそうな君を見ていたい」

思わず口にしていて、すぐさま恥ずかしくなって少女から目を逸らしていた。


少女は起きる様子が無かった。余程熟睡しているのだろう。

そんな彼女の横で外のスプリンクラーの雨を見ていた俺も、自然と眠気に誘われて、気が付けば寝てしまった。

最後に見たのは、向かい合って寝る彼女の小さな呟きだった。


「うろの中……幸せで夢みたい」

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