第一話 次の瞬間には全て嘘になっていた
俺は常に激高と共にある。
極端に感情を露わにしてしまうのだ。
例えば、目の前に犬と散歩する不機嫌な中年オヤジがいたとする。
引っ張っても従わない犬を足で蹴飛ばしている所を見たら、俺は真っ先にオヤジを殴り倒し、そのまま足で鼻を踏み砕く。
その一方で蹴られた犬をさすって、悲しい気持ちに打ちひしがれる。
血を流して逃げようとするオヤジのチワワの様な弱々しさに無様さを通り越して可笑しさに笑い、犬が安心しきって俺へと身を預けてくる様子に安らぎを覚える。
やり過ぎたとは思っていない。
むしろオヤジには、俺の気が済むまで無様な仕草や言動を発揮して俺を愉しませてもらいたい所だ。
……なんて事を、本心から思ってしまうのだ。
狂っている。
どうしてこうなったのか分からない。
倫理というリミッターが吹き飛んでしまったのかもしれない。
それとも最初からまともな倫理観を身に付けなかったのだろうか。
ともかく俺という人間の本質はどうしようもなくブレている。
何故こんな話をしたのか。
それは……妹を虐待していた両親を、俺がこの手に握るゴルフクラブで殺してしまったからだ。
血まみれのクラブヘッドから血が滴り、どうしようも無くこの手を熱く焦がす。
二人分の凶器として使ったのに、ゴルフクラブはまだ辛うじて原型を留めている事に驚く。
(もっとひしゃげると思ってたのに、まだ使えるじゃないか)
この熱はまだ冷めやらぬ。
もっと俺はこの2つの肉塊に力の限り暴力と破壊と凌辱の限りを尽くしてやりたい。
けれど、その熱は目蓋を閉じると共に冷えきった。
何故なら、次の瞬間には全て嘘になっていたからだ。
目を開けると、俺は元の平和なリビングに返っていた。
リビングに座る父さんと台所に立つ母さんは、凄く不機嫌そうに黙っていたが、沈黙を保っている。
そして妹はフカフカのソファに身を委ね、声を押し殺したまま携帯を弄っている。
三人に先ほどの惨劇を受けた記憶は見られない。
きっとここで均衡を崩す言葉を発すれば、すぐに先ほどの様な惨劇に行き着くのだろう。
今のは夢や幻覚だったのだろうか。
いや違う。
あのクラブヘッドで後頭部を屠る重厚な感触と、火のように熱く赤い血の生々しさは、確かに存在していた。
だから俺は思った。
俺には未来を見て体験する能力があるのだと。
今俺が起こした惨劇は、妹が虐待を受ける引き金を引き、俺が殺人という快楽のままに人を殺す選択をした未来だったのだろう。
そして未来を見終わった俺は、ターニングポイントとなる時点に意識を戻される。
この能力は、きっと人生のターニングポイントで自動的に発動するのだろう。
そう思わずにはいられない。
能力は何時、何を起点として起こるか予想もつかない。
何故俺がこんな能力を突然発現したのか見当もつかない。
そして本当に俺は未来を見ているのだろうか。
観測者が他に居ない以上、こんな事を他人に話して信じてもらえる筈がない。
だから誰にも相談出来ずにいた。
答えは未だに分からない。
ただ、この能力が発現して、一つだけ良い事があった。
両親が妹へ虐待している事を知れた。それだけだ。
あの両親の元に妹を置いていれば、いずれはまた虐待を受けるに違いない。
そう思った俺は、妹と共に山奥にある全寮制の学校に転校する事にした。
家を出る日に見た、気持ち悪い笑顔を顔に貼り付けた両親を俺は一生軽蔑して生きていく。