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第十話 気が付かなかったお前が悪いんだよ

教室に俺、ネイス、綾瀬、朝霞さんが揃った。


「こちらが舎人綾瀬ちゃん。苗字で分かるかもしれないけど、鶴瀬君の妹さんね」

「よろしくお願いしますね、綾瀬さん」

「ん、よろしく」

笑みをもって歓迎してくれるネイスに対して、やはり綾瀬は顔を背けたまま素っ気無い態度を取る。


「えっと……ネイスさん、気を悪くしないでね。綾瀬はこういうヤツだけど、根は――」

「かわいい!」

「……え?」


ネイスは目を輝かせながら綾瀬に歩み寄り、妹を抱きしめた。

「ちょ、やめ……アンタ近い、近いって! 離れてよ!」

「ああ、本当に可愛らしい……! 女の子ってこんなに良い匂いがするんですね! クンカクンカ、すーはーすーはー」

「ちょ、ネイス……さん?」

やっている事は紛うこと無き変態。

俺の中のネイスさんのイメージがガラガラと崩れていく。

「私、同年代の女の子と会うの初めてなんです! 綾瀬ちゃんと呼んでもよろしいですか? 良いですよね?」

「わ、分かったから。良いから、良いですから。ちょっと離れて……!」

綾瀬が如何に抗議してもネイスさんは離れる様子が無い。

「な、何だか知らないけど妹の事を気に入ってくれたみたいで良かったよ。不器用なヤツだけど、仲良くしてやってね」

「あら、そんな事ありませんよ。綾瀬ちゃんはとってもかわいい子です! 鶴瀬さんは寝ていたのでご存知無いかもしれませんが、綾瀬ちゃんは鶴瀬さんの隣で子猫みたいに寝――」

「わー! わー! わあああああ!」

綾瀬はネイスの言葉を遮りながら、彼女の口を塞ぐ。

何をそんなに慌てているんだろう。


状況に唖然としていた朝霞さんは、一段落したと理解して口を挟んだ。

「と、ともかく仲良くできそうで安心したわ。3人とも、これからこの教室で共同生活をしてもらうから」

俺は最初、朝霞さんの言った言葉の意味を理解できなかった。

そして理解した時、大声をもって応えた。

「え……え、ええええええ!? ちょ、本気なんですか!?」

「ええ。3人一緒なら安心でしょ?」

「いや、でも俺は男ですよ? 綾瀬は妹だから平気ですけど、ネイスさんも困るんじゃ」

綾瀬が不服そうな顔をしたが無視。

「私は大丈夫ですよ。寝る時間は被りませんし、鶴瀬さんなら心配いりません」

「心配いらないって……心配してくれよ! 自分の身体は自分で守ってくれ!」

「あら、そこはお姫様のナイトになるチャンスよ! 頑張れ男の子!」

「教師、仕事してください」

教師の横暴に、俺は頭の痛くなる思いだった。

防犯上面倒なだけだから、一箇所に固まってくれと。

全く、はた迷惑な大人だ。


    …


「かくれんぼをしませんか?」

朝霞さんが教室を出てから、突如ネイスはそんな事を言い出した。

「……何を言ってんの? もうこんなに外暗いじゃん。私は寝るよ」

綾瀬の言う通り、外は星と月が光り輝く真夜中となっていた。

「で、でも……せっかく私達、顔を合わせる事ができたんですし」

「明日起きてからでもいいじゃん。夜に遊ぶなんてフクロウじゃあるまいし」

「昼は……その……」

言い淀む彼女の様子から、昼は都合が悪いというのは分かった。

「明日の昼が難しいなら、明後日にでも遊ぼうよ。夏休みはまだまだ長いんだしさ」

「……はい」

ネイスは俯きがちに答える。

どうしてそんな反応をされるのか、俺には分からなかった。

彼女は、ここで夜型の生活を送っているのだろう。

であればこそ間違った生活習慣は正されるべきだと思う。

きっとそれは俺たちがここへ来た意味になると思う。


     …


次の日、俺は日が昇る直前に起きた。

ネイスはそれまでずっと起きていたらしく、ふらふらと教室に戻ってきたかと思うと布団に横になってしまった。

彼女が寝る間際、「カーテンは閉めたままにしてください……すやぁ……」と言い残して寝入ってしまった。

教室に掛けられたカーテンは遮光性の高い特別製のカーテンで、外は日が昇ってすっかり明るくなっても教室だけは真っ暗なままになる程だった。

彼女はそのまま、日が落ちるまで寝続けた。


そして翌日、彼女はまたしても夜通し起きて日が昇る前に教室へ戻ってきた。

「ネイスさん、俺たちと遊びたいんじゃ無かったの?」

「……太陽は苦手です」

「そんな夜型ニートみたいな事言ってないで。生活習慣正さないと体に悪いよ」

「うう……太陽の光に当たると、死んじゃうんですよぅ」

「そんなワケ無いから」

「すぴー」

「……全くもう、困った子だな」

俺たちの話で綾瀬は起きてしまった様で、寝ぼけ眼を擦りながら言う。

「そんな子ほっとけばいいじゃん。あんな事言っといて、どうせ私達とは関わりたくないんでしょ」

「そんな事は無いと思うけど……」

すやすやと寝入っているネイスを見ていると、このままじゃいけないという気持ちになってくる。


そうだ、カーテンを開けよう。

日光を浴びると、人間は目をつむっていても朝を認識して目を覚ましやすくなるという。

ちょっと荒療治だけど、ここから少しずつ治していくしかない。


カーテンを勢い良く開けた。

暗闇から一気に光の洪水の中に自身を溶け込む感覚は、何とも言えぬ清々しさがある。

これぞ朝。

これぞ人間としてあるべき姿。

人は、日光を浴びなければ生きてはいけないのである!


「きゃああああああああああああ!」


突然、教室にネイスの悲鳴が響き渡った。

声に驚き、即座に振り向くと、ネイスが手で顔を覆いながらうずくまっていた。

「ど、どうしたんだ、ネイスさん!」

駆け寄るも、彼女は俺の手を振り払って、廊下へと駈け出した。

急いで追いかけると、ネイスは廊下の影になった部分に収まる様に横になり、身を縮めて震えていた。

タダ事じゃないのは既に分かっている。

彼女の悲鳴は、演技などでは無く真に苦痛を表した叫びだった。

脳裏に彼女がカーテンを開ける直前に言った『日光を浴びると死ぬ』という言葉を思い出す。

まさか……まさか……。

嘘であって欲しい。けれど――

彼女に歩み寄る。


彼女の皮膚は、赤く腫れ上がっていた。


月光を受けて美しく輝いていた素肌は、所々が日焼けで赤く焼けすぎた時の様な状態になっている。

「うう……」

「ネイスさん、しっかりして! 綾瀬、先生を呼んできてくれ!」

「わ、わかったよ!」

綾瀬が廊下を駆けていく。

俺は着ている服を脱いで、ネイスの肌が露出している所に被せた。

陽の光がこの様な事態を引き起こした事は予想が付いている。

俺は彼女を膝枕しながら、必死に彼女の無事を願った。


    …


遮光カーテンで閉ざされた教室に、四人は集まっていた。

ネイスは布団で寝かされて寝息を立てており、炎症の塗り薬も全身に塗り終えている。

「これで安静にしていれば大丈夫よ。陽に当たったのが少しだけだったから良かったわ」

「先生、安心している所申し訳ありませんが、説明して頂けませんか? ネイスさんに一体何が起きたのか」

「私も知りたい。このままじゃ私達もどうすればいいのか分かんないよ」

「……そうね、こうなった以上話すべきよね」

思案するように目を瞑り、意を決した様に目を見開いた。

「二人共、ネイスちゃんが夜にしか行動しないのは知っているわよね」

「はい。それは勿論」

「それには彼女の身体に理由があってね。ネイスちゃんはね――


太陽の下にいられない身体なの」


「太陽の下にいられない?」

色素性乾皮症しきそせいかんぴしょうって言ってね、紫外線を受けて壊れたDNAを直す仕組みに異常があるの」

「何それ、どういう事?」

「簡単に言えば、ほんの弱い日光でも当たると強い日焼けの状態を起こすという事なの」

俺はその先が気になり、恐る恐る口を開く。

「もし……外に出たらどうなるんですか?」

「皮膚炎症を起こして、皮膚ガンを発症して……最悪の場合、死に至るわ」

「っ……!?」

死という単語に言葉が詰まる。

「うっそでしょ……!? ちょっと、何でそんな重要な事私達に言わなかったのよ!」

「ネイスちゃんからこの事を話さない様に、強く言われていたのよ! 言ったら絶対に二人は遠慮する。対等な関係でいたいというのが、彼女の強い望みだったのよ!」

「でも、こんな事になるくらいなら……!」

綾瀬が話している最中、俺は無心で朝霞さんに歩み寄り、胸ぐらを掴んで壁に押し倒した。

「いたっ……! 鶴瀬くん……?」

「アンタ……自分が一体何したか分かっているのか? こんな大事なこと、何で俺たちに言わなかったんだよ!」

「それは、彼女が……」

「彼女の居ない所ででも俺達に伝えるべきだったんだ! それを放棄したアンタは教師の風上にも置けない。人として最低だ!」

「っ……!」

「生徒が望んでいるからそうするって、アンタには物の良し悪しを自分で決める脳みそが無いのかよ!」

コイツは許せない。

病気の事を少しでも知っていれば、ネイスさんはこんな目には合わなかった。

俺たちだって、そういう風に立ち回っていた筈だ。

「兄さん……そこまでにしておきなよ!」

綾瀬の言葉なんて耳に入らない。

拳に熱がこもる。

熱情は、目の前の堕落した大人を正せと、激情に駆り立てる。

「っ……!? 兄さん、ダメ!」

拳を振り上げて、それをこの女の顔に叩き込んで――


「全て、気が付かなかったお前が悪いんだよ」


脳裏に少年の声が響く。

責める様でいて、ふざける様で、その実……諭す様な声。


拳は、朝霞さんの目と鼻の先で止まっていた。

ぶるぶると震えだし、俺はその拳を胸に抱いてその場に座り込んだ。

「そうだ……また俺は、気がつくことが出来なかったんだ」

彼女の言葉や仕草から、ヒントは幾つも出ていたんだ。

それなのに彼女の事情を理解できず、俺が彼女に毒を刺してしまったんだ。

俺の鈍感さがまた、一人の女の子を傷つけてしまったんだ。

「ごめん……ごめん、なさい……ごめんよぉ……!」

大粒の涙が溢れ、嗚咽混じりに懺悔する。

そんな俺の胸の拳に朝霞さんは手を当てて、一緒に涙を流していた。

「私の方こそ……ごめんね……本当に、ごめんなさい……!」


俺は少女の身体に隠された秘密に触れた。

けれどそれは明確な死を伴う束縛。

この時、俺はようやく分かった。

彼女が言った限られた時間の意味を。

闇の中でジッと月夜を見上げていたその理由を。

月光は日光を反射した光。

彼女は浴びる事が出来ない死の光に近づこうとして、月に手を伸ばしていたのかもしれない。

そう考えると、彼女の存在がとても儚く感じて、また涙が流れた。

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