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序章 男は奈落に落ちる

不思議な夢を見た。


それは見知らぬ森を歩く光景。

俺は誰かの目線で、その人物の歩みを眺めていた。

まるで幽霊となって誰かに取り憑いているかの様だ。


男は薄暗い森の中、足元ばかりを気にして進んでいる。

視界に入るのは腐り落ちた木や枝、落ち葉や長く伸びた草。そして黒い土が露出した獣道。

ふと、男は上を見上げた。

裸の木と厚い葉の衣を着た木が虫に食われたような天井を作り、大小様々な穴からは冬の木漏れ日が鬱蒼とした森に差し込んでレースのカーテンの様に揺らめく。


「寒い……」


男は弱々しく呟く。

吐く息は白く、草木の間には溶けかけた雪が残っている。恐らく時期は3月ぐらいだろう。

見れば腕を抱いて震える男は、長袖長ズボンの薄着だった。


こんな所をこんな軽装で歩いて、死にに行くような物だ。バカなんじゃないか?

……ひょっとして、この男は本当に死にたいのか?


男を中傷する考えは、そのまま嫌な予感へと変換された。

普通の人間は、こんな軽装備でこんな冬山を登る筈が無い。

そう考えた瞬間、叫んだ。


まて、はやまるな!

何で死にたいのか知らないけど、お前が抱えてる事は本当に死ぬ程の事なのか!?

死ぬのは簡単だけど、それなら同じぐらいに、何となく生きてみてもいいじゃないか。

お前が誰だか知らないが、俺の見ている内で、バカげた真似はさせたく無い!


だがどんなに喚いても、男には届かない。振り向きもしない。

このままこの獣道を進めば何かが起こる。

そんな嫌な予感が頭をよぎる。


そしてそれに応えるかのように、突然その存在は現れた。


前方に現れたのは、宙に浮かぶ正六角形の黒いガラス板のような何か。

微動もせず、一面黒い影を含んだそれは不気味なまでにそこにあってこちらに面を向けている。


何だ……これは?


見ただけで踏み出すのを躊躇う異様な物が現れたというのに、こいつは気にも

止めず歩みを進める。


気づいていないのか!? 見えてないのか!

止まれ、何だか嫌な予感がするんだ! 止まってくれ!


どんなに思っても、願っても、歩みは止まらず、こいつは六角形の板へと進んでいく。

そして、こいつの体が六角形に触れた時――


「うわ、わああああああああ!」


男の体は六角形のガラス板をすり抜け、雑木林で見落としていた崖に足を滑らせ、急斜面を縦横無尽に転げ落ちていく。

落ち葉や枝で身体中を切り、小さな枯木に体のいたるところを打ち、それでもなお止まらない。


そして転げ落ちる先は――ぽっかり空いた木のうろ。

黒々とした影を内包したその穴は人一人入るには十分な大きさで、成すすべも無くそこへと吸い込まれていった。

視界一面を木の影に埋め尽くされた所で、この夢は終わる。


この夢は一体俺に何を伝えたいのだろう? 何を暗示しているのだろう?

春間近である事以外に夢の世界を理解できず、俺は俺の現実に待ち受ける青春へと身を投じる。

そう、起きてしまえば夢の事なんて気にしなくていい。考えても答は出ないのだから放っておけばいい。

俺には清々しいほど真っ青な春が待ち受けてるのだから。

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