二人の目線
和室の柱に新しく刻まれた二本の線。一つは僕ので、もう一つはお姉ちゃんの。
「また姉ちゃん大きくなったの」僕は口を尖らせて言う。
「まだまだ君には抜かされませんよ、っと」お姉ちゃんは自慢げに言う。
お姉ちゃんは今、思春期、とやらになっているらしい。この春に中学生になってからどんどん背が高くなっていく。二つの線の距離はどんどん開いていく。
「いつか姉ちゃんを追い越せるかな」
「……きっと、すぐに私より大きくなるよ」
そう言ったお姉ちゃんの顔は寂しそうに見えた。
「ほら、ここ」お姉ちゃんはしゃがみこんで柱の線の一つを指差した。黒いマジックで書かれた線の横に、「十歳」と書き込まれている。
「これは私が君と同じ歳だった頃の高さ」
「やっぱり大きいよ」さっき加わったばかりの赤いマジックで書かれた僕の線は、お姉ちゃんのから十センチくらい下にあった。
僕はクラスでも背が低い方だ。背の順で並ぶと、前から数えた方が早いところに立っていた。反対にお姉ちゃんはクラスの男子よりも背が高くて、それを気にしているらしい。
「お父さんは、大きいよね」
「うん」僕は頷く。
「お母さんは、小さいよね」
「うん」
「お母さんはB型で、お父さんはA型なんだ」
「うん」
「それで、私はB型で、君はA型だ」
「そうだね」
お姉ちゃんはため息を吐いた。
「なんでなんだろうね」
「姉ちゃんは、背が高いの、嫌なの?」
「そうかもね」
「背が低いとよかったの?」
「そうでもないんだな」
「どういうこと?」
「女の子はね、ちょうど良くないといけないんだよ」
う~ん、と首をかしげる。ちょうどいい、はどれくらいの高さなんだろう。
「よく分からないや」
「君にはまだ早いから分かられて堪るもんですか」
お姉ちゃんは立ち上がって、上から僕の髪をくしゃくしゃにした。
やめてよ。僕は言う。
「君はね、」
「?」
「君は、私の背を追い越してよね」そう言って、頭を上から押さえつける。
「うん」僕は返事をする。
「どんどん大きくなってよね」
「どのくらい?」
「百七十くらい」
「そんなに大きくなれないよ」百七十センチは今の身長からずいぶん差がある。現在の僕から長定規分をプラスした高さ、なんて想像できない。
「なれるよ」お姉ちゃんは僕の頭をぽんぽん叩く。
やめてよ。縮んじゃうよ。僕は上目遣いでお姉ちゃんの顔を見る。
お姉ちゃんの目は僕の方を向いていたが、どこか別のものを見ているようだった。僕を透かして、畳の目を見ているような。唇は真っ直ぐに閉じられていた。
お姉ちゃんが和室から出て行った後、柱にある黒い線を改めて見た。僕よりずいぶん高いところにあって、見上げなくてはいけない。一番高い黒い線に手を伸ばしてみる。届かない。背伸びをしてみる。届かない。その場で助走もつけないジャンプをして、ようやく届いた。お姉ちゃんの線。横には「十二歳」と書かれている。
さんの本日のお題は「身長」、なごやかな作品を創作しましょう。補助要素は「和室」です。
http://shindanmaker.com/75905
資料に使ったのはこのデータです。
http://chienoizumi.com/syogakusincho.html
10歳の男子は139cm、女子は140cmで女の子の方が大きいようですね。作中人物のイメージはそれぞれ平均から±5したくらい。
文字数 1164字
かかった時間 38分