謎の男
どれくらい時間が経ったであろうか。
ヨウコはまだ隠れていた。いや、動くことができなかったのだ。
廃材を握り締め、体は小刻みに震えていた。
悲鳴は少しずつ聴こえなくなってきていた。
太陽は雲に鈍く隠され、これでは月明かりさえ期待出来ない。
町のあちこちで、炎が上がっていた。しかし、それ以外は暗黒の世界だ。
時間はもう18時になるだろうか。朝になるまで、家族の生死は確認できない。
影の人の存在があちこちにまだ感じられるからだ。
それまでここに隠れているのか。
いや、時間が経つにつれ、闇夜は深くなるばかり。影の人の完全な活動時間だ。もう、この地区は支配されてしまっているであろう。
ここにいてはいけない。
ヨウコは廃材を杖にして、力を込めて立ち上がった。
擦り傷はあるが、大きな怪我は無い。
ふらふらと、電光掲示板の会った方へ身を潜めながら移動する。
もう、何も考えている余裕は無かった。
怖い。逃げたい。怖い。これだけが心を支配していた。普通の人間なら当然である。
暫く進んだのかと思った時である。
ドン!黒い柱にぶつかった。
ヨウコは震える上体をゆっくり起こし、上を見上げた。
そこには、血生臭い臭いの染み付いた真っ黒な装束に身を包み、真っ黒な槍を持った大男が立っていた。目だけは隠されておらず、血走った金色の瞳がヨウコを睨み付けた。
男は膝下に槍を構えた。先ほど、駅前で嫌になるほど見てきた光景だ。
ああ、もう終わりか。あっけないんだな・・・
刹那、ヨウコはそんな事を思いながらその光景を見ていた。
握り締めていた廃材が手から離れようとしていた。
その時である。
「貫け!!」
どこからか、叫び声が聞こえた。
「貫け!!」また聴こえる。
影の人は、その声を探すように首をきょろきょろさせていた。
「ツラヌケ」
その声に目が覚めたように、ヨウコは廃材をしっかりと握り締め、目を離している目の前の大男めがけて突き刺した。
「!??」
「押し込め!!」
腹部から突き刺した廃材を、大男に力いっぱい体重を掛けて押し込んだ。
「かはっ」
大男は、金色のギラギラした目をヨウコに向けながら、血を吐いて倒れた。
はあ、はあ、はあ・・・・
返り血を浴びたヨウコは廃材を大男に突き刺したまま、手を離した。
手のひらは生暖かい血がべっとりとついている。
はあ、はあ・・・
その場にへたりこんでしまった。
もう、気を失う寸前である。その瞬間
ザザザッ!
と言う音と共に、ヨウコは右腕を掴まれた。
「ひいっ!」
叫ぶ間もなく、右腕を掴まれたまま、おかしな体勢で路地へ引きずり込まれた。
引きずり込んだ相手は、男性のようだ。
黒装束に身を包んでいる。この男も影の人なのか。
別の影の人に捕まってしまったのか。またもや、ヨウコは絶望的になった。
路地から周りを見渡すと、男は戻ってきた。
やはり、目しか見えない。男の目は黒かった。
「立て」
男は手を伸ばすと、ヨウコの手をしっかりと握った。
「去るぞ。ついてこい」
「もう、走れない」ヨウコは泣き言を言った。
「では、死ぬがいい。置いていく。生きたくば、夜になる前にこの場を去るしかない」
「置いていっていいです。私はもう・・・」
「立て!!」男は叱責する。
男の手のひらはとても大きい。ぼんやりとした意識の中、ヨウコにとってはとても頼もしいものに見えた。
ヨウコは手を握り返すと、小声で言った。
「お願い・・・お願いですから、この手を離さないで下さい。お願いします」
男はうなずくと、ヨウコの手を取り走り出した。
夜になれば、あたり一面が影の人で埋め尽くされるであろう。
その前に、町を抜け出すのだ。
男が走り、その後をヨウコが追う。
ヨウコのせいでだいぶ遅い移動になっている。
段差のある場所は、男がヨウコを抱きかかえて軽々と飛び越えた。
まるで忍者のようである。
影の人が襲ってくると、男はヨウコの手を握り締めつつ、異様に長い太刀のような槍のようなものを抜き、バサバサと切り倒した。人間の動きとは思えない。この男は何者なのか。
影の人は並みの人間が太刀打ち出来るような力ではない。時には、2メートルは超えるであろう大男も襲ってきた。しかし、忍者男はその時も握った手を離す事は無く、相手の喉笛を切り、またヨウコを導いていく。
いったい何者なんだろう。訳もわからないまま、ヨウコは男についていくのだった。
疲れましたん