さすがファンタジーだ俺たちに出来ないことを平然とやってのけるッ!! 〔前半〕
〔6〕 前半
「いやあ……ラウ・オブ・イナーシャは強敵でしたね」
「なぜ英語でわざわざ言い直すのか、これが分からない。とゆーか朝っぱらから濃霧注意報とかやめていただけませんかねぇ……」
またこれが実際、森の朝というものは木々の放出する水蒸気が濃霧めいて立ち込めていたりもするため、状況に合致していなくもないところが余計に腹立たしい。ソコニナー。
とまぁ、そんなこんな。せっかくの清浄な気に満ちた森の朝の中、一番に交わされるあいさつがボケユーリさんにツッコミリョータくん状態なのであった。
問題ない。
なにも、問題は、ない。
さて、昨晩の寝床やらは結局、“岩かまくら”とでも呼べるものを用意した。
まずユーリが大地の精霊に呼びかけて大ざっぱな構造を用意、次いでそれをリョータが細かな部分の整形や強度の圧縮補強、また安全確保のための結界敷き(獣避けだの虫避けだのから、簡易の反応防御陣まで)などを施した。小柄ながらもかなり頑強化した要塞じみた寝泊り所だ。ただし後者の結界系に関しては、現状では何の高級消費材も費やしていないためどれも一時的な効果に過ぎず、毎晩の掛け直しを要する状態であった。
ちなみに、大樹の樹上、高い位置の幹枝に登らなかった理由は、そこに生息域を築いているだろう虫や小動物による危険が予見されたためだ。地表における生物層が薄く、大樹の茂った上層という一種隔絶した領域が長年に渡って存在したならば、その環境に適応した生物層が潜んでいてもおかしくない。寝ている間に手の指の一本二本もかじり取られましたなどと冗談にもならないため、慣れぬ樹上に無理して登るよりは手堅く地表で防御を固めるべしとの判断となったわけだ。
この岩かまくら、なかなかに強固な安全性を確保でき、ベースキャンプ的な寝所として優れた代物ではあったのだが、ただし一点だけ、寝台を見やったリョータがいわくに。
「ここで寝泊りするだなんて信じられない。ベッドまで石で出来てる……」
だなどと、どこぞの銀鉱山城塞に勤務する衛兵さんのごときセリフを吐き出したため、
「うるせぇ膝に矢ぶっこむぞ! 落ち葉でも拾い集めてクッション材にでもしやさんせ」
と、聞きつけたユーリさんに叱られてしまう一幕もあったりなかったり。
そして結局、森の落ち葉を大量に拾い集めて、魔法で生み出した温風(というか熱風に近いもの)の渦に舞い躍らせることで十分に乾燥させつつ虫なども追い出し、簡易のクッション材兼断熱保温材として使うことで対処したのでしたとさ。めでたし、めでたし。
「で、今日はまずな。エンチャント用の素材各種を発掘できないか試すところからだな」
告げるリョータ。なにせユーリの靴を始めとしてまずどうにかしなければ動き回るにもままならない部分がいくつかある。改善自体は可能とはいえ、その材料が必要だった。
意を受け、ユーリが応じてくる。
「ほほう? それが昨日言ってた一策とやらかね、ショカツリョータ・コーメーどの」
「ヨロシクタノムゾ! デッデッデデデデン、ッカーン、デデデデン! ……それでな、順応する素材っつってもいろいろあって、特殊な動植物の生体素材から、それらの精製物に薬剤、そんでもって鉱物や宝石類とな。この内一番幅広く安定して、かつ強力に使えるのが、魔法金属的なシロモノと上質の宝石宝玉なんだがさ。これってつまるところ地下資源なわけだろ? そこで」
「ホイッ!! なるほどオレさまの精霊術と“オヤカタ”の出番ってわけね。よしきたいっちょヤッテみよーかっ」
要は地下数キロメートル程度の範囲に鉱脈が存在するのであれば、大地の精霊にでも呼びかけることで引き上げられないか、ということである。そして時間をかけて十分に専念していられるのであれば、ユーリの精霊術にとってそれは可能なことだった。
また、“オヤカタ”とは、大地の中位精霊のことである。昨日に岩かまくらを用意するためユーリがこの場の土地の精霊を呼び起こしてみたところ、単なる下位の地精霊ではなく一段二段ほど上位の“育った”精霊が現れたのだった。これにはこの場所固有の理由があってのことだったのだが詳しくは後述とする。
この大地の中位精霊、見た目が土岩製の上半身だけ巨人のようなというか、腰から上を地面から生やしたマッスルニーサンめいていたのである。そんな大地の化身さんが岩製の寝所造りなんぞという一種の土木工事をノリよく手伝ってくれたため、
「なんという頼りになるお方……」
「これはもうアニキと、いや、いっそオヤカタとお呼びしたい件について」
「異議なし」
と、満場一致で可決に至った次第である。二名だが。
「――“大地の精さん、我らがオヤカタ。地中の鉱脈、宝石ごろり。地表に届かぬその様を、深く腕で探るるならば。悠久歳月育む歌声、静寂なるまま聴かせておくれ。透かせぬ耳目に代わりし教え、あなたの語りを聞かせておくれ”」
ユーリが大地へ呼びかけてゆく。
染み渡る余韻に応えるかのごとく、やがてにょっきりと地面からそのたくましい半身を生やしてマッスルめいたポージングを決めてくるオヤカタさん。ま、に濁点が付いたような声が聞こえてきそうである。気分だけだが。
実際には、精霊はしゃべらない。しゃべらないというより物理的な発声がない。彼らは波紋を返すだけだ。それは特殊な波長をしており、おそらくは素養の合わないものにとっては意味を解することができないものだ。
ユーリが「それでさ~オヤカタぁ、ちょっと相談事が~」だの「ふんふん、なるほどー。それならもしかして……」だのと、わりと気軽な風に相づちなども打ちながら呼び出した“オヤカタ”との対話を深めてゆく。事前に打ち合わせた通り、まずは周辺一帯の地質や鉱脈配置などに関する情報を引き出しているのだろう。
予測としてしか判断できない理由は、精霊の“声”に対する素養の違いかリョータにとってはせいぜい肯定的か否定的かといったニュアンスくらいしか今のところオヤカタの返答を判別できていないからだった。これは“ウィザード”の能力として及ぶ範囲があくまで兼業的もしくは汎用的なものに過ぎないためだろう。専業的であるユーリであればはるかに具体的な質疑応答が可能だった。そのため、こうした方面はユーリの役割としていた。
とはいえリョータとて、我が身の力及ばぬところに忸怩たる思いがまったく湧かないというわけではない。これも若さゆえの衝動とでもいうものか、自らこそが万能でありたいという思いは捨てきることが難しい。だからといって互いの働きどころを無理に専横してもよいことなどないと理解もある。せっかく役割を分担できているのだから、長所は任せあうべきだった。
ま、そんなことをいちいち考え込んじまうなんてのは、要するに待ちの時間が暇だってことなんだろう――
と、数歩下がった位置取りでユーリたちの話し込みを腕組みして眺めていたリョータは、姿勢は変えぬままに軽く肩をすくめながら、自嘲気味の苦笑を浮かべるのであった。あるいはそうした動作こそが何よりの暇潰しかもしれないが。
やがてそれなりの間が過ぎて、もうそろそろ早朝の内とはいえないかというくらいには日の昇りを感じるようになった頃、ユーリがオヤカタに手を振りながらもリョータの方へと振り返りつつ、うなずきとともに声をあげた。
「オッケーィ、だいたい分かった!」
そこそこの疲れを滲ませつつも達成感を十分含ませたその声の威勢は、欲した情報を満足に入手できたのだろうと伺わせるものだった。
リョータもまた労うように応じる。
「おつかれさん。その調子からすると、けっこうイイ感じに手応えあったか?」
「おうよ、もうバッチリ。ちっと長くなるかもだがまぁ聞いて驚け。ひょっとするとオレらってばかなり絶妙な幸運地点を引き当てているのかもしれん……」
と前置きして語り始めたユーリの話は、たしかに絶妙としか言いようがないもので、長くはかかったが有意義なものだった。
要約すると次のようになる。
リョータたちが現れたこの地点は、周辺一帯の森林における中心地であり、そして“大地の霊脈”が交差して集う一種の要点地でもあった。
すなわち“土地の力”があふるる場所である。
こうした力ある土地はこの世界において点在しており、それぞれ各地における要たる地として扱われている。パワースポットという言葉が単なる麗句ではなく、実際の儀式魔導などにおいて術者に大きな有利をもたらすのであるから、当然の道理として力を求める者同士が奪い合うほどの価値を持つ。また、“要の地”を押さえることはその土地の支配者となる上で一番の早道でもある。
で、あるのだが……。この地は、いわば陸の孤島であった。
周辺四方を高い山脈に囲まれるように遮られている。盆地のようなものだが、より正確に表現しようとすれば「山脈同士が交差する隙間にたまたま空いたままとなった土地」という方が近い。
その上で、パワースポットとして備える力は平凡なものだった。いいとこ中の下といったところか。
これは、もっと大きな観点から見た“土地の力”、大地の構造は、当然ながら四方の大山脈たちに集っているからだったが……。つまり、わざわざ山脈を乗り越えてまでこの隙間のような森の地を支配するべく出向いてくるほどの魅力は、なかった。
そうした理由によって(おそらくは)、この地は原始より人の手の入ったことがない、いわば手付かずの土地であるという。
そのため森の様態が生態系の行き着くところまで行ききった静謐なる大樹の天蓋を形成していると同時、地下資源などに関しては未開発のまま眠らせっぱなしの状態であった。
そしてこれらの経緯が複雑に絡み合う中で、大地の精霊オヤカタ、この地の番人でもある存在から示された話の本題こそが……
「……ふーむ。“霊化の銀”、ねぇ」
と、感心するようにも呆れるようにもつぶやくリョータだった。
「これってつまりミスリルって呼べばいいんだよね? ――ってあれ、さえぎって止めたりしないの? 偉大なご先達の固有名称だけども」
「それに関してはいまさらだからなぁ。呼び名として適当なのは確かだし」
すかさずユーリが応じてくるところに、リョータもまた肩をすくめるだけで否定せず返すのだった。
霊化の銀。これがこの場所近辺にはごっそりと埋もれているらしい。
オヤカタいわく、永き時をかけて少しずつ土地の霊力が結実していくもので本来かなり貴重なものであるらしいのだが、この場所はあまりに長大な期間を放置されてきた結果、たまり過ぎになってしまっているらしい。
元々は、“霊性”の存在、すなわち精霊などとも相性のよい魔法金属の一種であるのだが、実体なき精霊などにも干渉性を持つということから少量の内はともかく過剰に存在してしまうと霊脈の流れが詰まってしまう――らしい。要は身動きしづらくて困っていると。
なので、この不良在庫を引き取ってくれるならば、ついでに周辺一帯の鉱脈からいろいろ貴石宝石の類いを引っ張ってきてあげてもいいよ、というわけで。
「まぁなんていうか、あれだよね。肥えた中年オサーンの動脈硬化かよっていう」
「やめてさしあげろ」
ちなみに、本来であれば精霊が居つくほどに霊脈の力が集う土地にはその土地に適した妖精族――山であれば岩妖精(いわゆるドワーフ)、森であれば樹妖精(いわゆるエルフ)――などが住まい、土地の管理つまり適度な手入れも行ってくれるのだが、この森は山脈に囲われているためエルフ族がわざわざ越えてたどり着くことが困難なこと(そしてそこまで無理をするほどの価値が遠方から検知されるほどの力ある土地でもないこと)によって、これまで住み着く者などいなかったらしい。かといって始原ならぬ妖精族が自然発生するほどの力ある土地でもなく。また、もちろん山からドワーフ族などが降りてきてまで発掘するほどの理由もない。
そんな半端な土地の放置プレイぶりというかなんというか……
なお、オヤカタさんが大地の中位精霊とでも呼ぶべき位階に成長できている理由も、また同じく根差しているお話だったりする。この土地が手付かずであるがゆえに霊脈の集いを乱されることなく力を養い続けられたからであるのだが、しかし同時、幾万の永年をかけても位階が中位止まりであることがこの場所の力の程度を示してしまっていたりもする……のであった。
「かもーん、オヤカタァ! ごぉ!」
「オヤカタごぉ!」
とゆーわけで、掘り出してもらった仮称ミスリルたる霊化の銀――色艶の深いところに緑味を帯びた、錆び知らずに輝く銀――の金属塊がまるで前衛オブジェのごとく渦巻いていたり脈打ってうねっていたりするシロモノの山積やらと。またついでに掘り出されてきた宝石原石、結晶体や金属鉱石、その他イロイロ鉱脈塊などなど。
だが、リョータが真っ先に注目したものは、それらの中でも最も輝きに乏しいものだった。どこか立方体めいた四角四面さをもつ半透明の結晶体。不純物がなすのか、わずか黄色味を透かしつつ、硬質ながらも表面は湿り気も帯びたような。それ。
ためすがめす検分するリョータのもとへ、興味を覚えたらしきユーリがまた近寄ってくると、同種の中から小さめの結晶を手に取る。そして手に取ったことで何事か悟る様子を見せたユーリは、伸ばした一本指の腹を結晶にじっくりと押し付けてから、その指を自らの口へと運ぶ。事の次第を見極めんと慎重さを浮かべていた表情が途端、驚愕に見開かれて、言葉が放たれる。
「カリッ、これは塩化ナトリウムぺろっ!」
「岩塩、そういうのもあるのか! ……ていうかそのボケ方は微妙じゃないっすかね?」
語呂も悪いし……と、評価の微妙ぶりを告げるリョータだったが。
「まあ齧ってないし舐めているしね、っていうかむしろそーゆーツッコミ欲しかったんですけどね? それはともかく……塩か。これ、最重要だったじゃん。いやあ危ない危ない」
「すっかり失念してたな……。短中期的な生存には何よりまず塩と水だったわ。これ見つかってくれなかったら気づかないまま危ういことになってたかもしれん。本気でこれは運がよかった」
「オヤカタに感謝だな」
「ああ。さすがオヤカタさんだ、ついでの塩掘りくらいなんともないぜ」
「用法ちょっと違くね?」
「うむ。正直ほかに思いつかなかっただけ、かんべん。ただまあ、アレだな、こういう極限状況だと金銀宝石よりも岩塩のほうがありがたいって、いろいろ皮肉というかある種の感嘆というか」
「こんな実感理解できるヤツなんて、そうはいないだろーなぁ。貴重な経験といえば経験か」
「そんな感じ。よし次いこうか」
「おうおう」
続けてリョータが向き直った素材は、件の“霊化の銀”の小山だった。
試しに魔力(的なパワー)を触れた手から流し込んでみると、その透過率というか伝導率というか、それがとても優れていることが実感でき、また流し込み方に変調を加えてみた際の反応の具合も非常によい。おそらくはこれが“高純度”ということなのだろうが……。この手応えからすると、少し“強めに入れて”やればアメ細工のように加工を施すことができそうだった。
それからリョータは、ざっくりと一抱え分ほどのミスリル塊を丸め取って場を少し離れ、素材の小山と寝泊りした岩かまくらの中間あたり、ちょっとした作業場にもできそうな平らな小広場にあぐら座に陣取って。
練習も兼ねてミスリル塊をこねくり回しながら、今日のできることの内、最優先で解決すべき順序について思考をめぐらすのだった。
「……やはり、そうだな。まずはユーリの靴の調整。次いで鍋と水筒。そんで小振りでいいから包丁を兼ねたナイフと、もし可能ならナタも。っと、こんなところか。欲を言えばもっとまともな武装や、風呂釜なんかも欲しいが、今日の一日でぜんぶ賄おうとするには“力”の消耗がおっつきそうにない」
「いっぺんは、やっぱ無理か。まぁそりゃしゃーないから、贅沢品は後回しでオケ。目先のどうしても必要なとこから一つずつ片付けていこうず」
「ああ。台所や調理器具もそうだが、実のところ便所もちゃんとした設備を早期に整えたいんだがな。自分たちの汚染からもし中毒くらったりしたら、笑い話にもなんねーし。んが、そういう工事ほど大掛かりになるし、慣れない内は力のロスも大きいからなー。なかなか思う通りには。難しい」
「それもしゃーない。んでさ、靴や衣服の最適調整って、要するに魔化付与を施すってことなんだろうけど、具体的にはどーやんの? そのミスリルちゃんを薄く延ばしてメッキとか?」
「いや……これがな。どうもこの高純度のミスリルがあるなら、糸状に伸ばして“刺繍”を施すのがよさそうなんだが。要はそれ自体が魔導回路ってことらしく、術の効果をめぐらす効率がいい……みたいだ。なんだが、そのためには霊銀糸として加工するための――っと」
述べながら、リョータはこねくりまわしていたミスリル塊から薄く引き延ばした板の形状を抽出すると、曲げて小さな円にし、さらに同心円上の大きな円とスポーク構造で連結させ、軸受けや支柱も別途作り上げて組み合わせると、あら不思議。
そこに現れた姿は、まるでミニチュアな水車のようにも似た、まさしく――
「糸車様! これは糸車様かっ!」
「うむ。純ミスリル製魔導回転作動式糸車――すべて天然素材、職人の手作業で出来ております――巻き巻き取る君一号……であーる」
「そういう言い方されると、なんかやたら高級品みてーにも思えるから不思議だな。わろっす。つーかリョータさ、糸車までミスリルで作んなくても、木製じゃダメなん?」
「それも考えたんだが、ろくに工具もない現状だとかえって加工が面倒だし、魔力で直接変形させられるミスリルの方がお手軽なんだよな。どうせ素材の量としては余る勢いだし。それに、巻きつける側のミスリル糸が強度高い、ていうか高すぎの関係になるから、下手な木材だとたぶん負けてすぐ壊れる。そこらへん鑑みると……」
「なるほ。最初っからぜんぶミスリルで用意しちゃった方があとが楽だし手間も少ないか」
「そゆこと。その上で、ミスリル製だと……こーゆー“オマケ”がやりやすかったんだよぉ!」
と、宣言かましてリョータは、糸車の土台部分を足で押さえるように踏んで、その踏んだ足から魔力を流し込む。
すると、糸車が回転する。ギュィーン、と音を実際に立てるわけではないが聴こえてきそうな雰囲気で、ぐるんぐるん回る、魔力を込めるほど加速する、けっこう容赦ない大回転ぶりである。
そして、試運転の成功にうなずいてリョータは、一旦回転を止めると連結先の小車部分にスピンドル(紡錘)をセットし、互いの機構部をこのために別途用意しておいた細作りのミスリルチェーンで繋いだ。
再度、回転。連結駆動にさして支障なきことを確認。いや、実をいうとチェーンがけっこうガリガリあたって音を立てたり、各軸受けの精度がそこまでピッタリはまるほどでもないので微妙に“浮き”が生じてしまってガタガタ鳴ったりもしているが、そこはさすがのミスリルさんのあふれる強度だなんともないぜ、でカバーできているから実際上は問題ないわけですよ。ですよね?
「……ほっほう、なるほど? 魔力駆動なら糸車の大小比関係に意味なんてあるのかともチラっと思ったけど、駆動側の回転径が大きいほうが入力感度と出力速度の微調整がやりやすいわけか」
「さすがだなユーリ、それを一目で見抜くとは大したヤツだ……。でな、この足から入力と制御で糸車を動かせるということは、空いた左右の手でミスリル塊からの精錬抽出と、スピンドルへの中継紡ぎ出し調整をそれぞれ速度を合わせられたならば、すなわち――」
「こ、これは――!!」
絶え間なく。紡ぎ出されるミスリル糸が巻き取られてゆく。ぐるんぐるんまわりめぐる糸車と、高速に大量生産されてゆく高精製高純度高強度霊銀糸の膨れゆく紡錘塊、その織り成される光景こそ――
「見よ、我が歯車的加工生産の小宇宙!」
「これにはけっこうのんきしてたユーリさんも、一瞬そのリョータくんのドヤ顔が大きく見える回転圧力にはちょっとビビッたぁ~!」
互いになぜか決めポーズ的な両手の広げぶりである。
そして沈黙である。
からからから……。がたがたがた……。音を立ててまわる糸車さん(巻き巻き取る君一号)だけが黙々とミスリル糸の加工生産を続行中です。
「うむ」
「うむ」
「…………」
「…………」
「ご清聴ありがとうございました」
「リョータくんさん先生の次回作にご期待ください」
「うむ」
「うむ」
「…………」
「…………」
そろそろお昼になりますね。