歩く人
サブローは決めていた。今日はここから、絶対
にまっすぐしか歩かないということを。大き
なリュックをかるったサブローが公園の前に立って
いる。
「・・・・・さあ、行こう」
そう言うとサブローはまっすぐ歩きだした。両脇に
は、住宅が並んでいる。正面100mぐらい先には
高いへいのある、一軒の家が見えている。
「余裕だな」
と、その家のへいの前でサブローはつぶやい
た。軽々とへいを乗り越え、敷地に入るサブ
ロー。そこには大きな窓がある。
「おじゃまします」
と言って、サブローは窓から家に侵入した。部屋の
中には誰もいない。まっすぐ歩くサブロー。
「あーるーこー、あーるーこー、わたーしはーげー
んきー」
と、サブローはブツブツ歌っている。すると突然、
部屋に入ってくるこの家の主婦とばったり出くわし
た。主婦はビックリした。めちゃくちゃビックリし
て叫んだ。
「キャ、キャー!キャー!あ・あなた、なにー!?
なにー!?キャー!!」
サブローはちょっと考えて答えた。
「私は、まっすぐ歩く人だ」
サブローは、堂々と言った。
「な、なにー!?なにー!?まっすぐ歩く人ってな
によー!!わけわかんなーい!!こ、怖いー!!
キャー!!」
主婦はビビっている。
「奥さん、安心してください。私は怪しい者ではあ
りませんから」
「あ、怪しいじゃないの!!めちゃくちゃ怪しい
じゃないの!!あんたはー!!強盗!?強姦!?
キャー!!」
主婦は取り乱している。サブローはしばらく考え、
主婦はそっとしておいたほうがいいだろうと思
い、先に進むことにした。サブローの目の前には、
部屋の壁が立ちはだかっている。サブロー、リュッ
クからドリルを取り出し、壁を壊し始める。
「な、なにやってるのよ!!あなた!!なにを!!」
主婦は、吹っ切れた様子で怒鳴りあがった。サブ
ローはドリルを止め、
「私、歩く。ここに壁ある。壁、じゃま。壊す。」
と言って、また壁を壊し始めた。
「わ、わけわからない・・・電話・・・電話よ!!
警察に!!110番!!」
主婦、ケータイを取り出して、警察に電話をかけ
る。
「もしもし!もしもし!警察ですか!もしもし!不審者です!急いで来てください!もしもし!」
「はい、もしもし、サブローですが」
と、サブロー、電話をとる。主婦、ハッとする。
「な、なんでー!!なんで、あんたにかかるのー!!」
「さぁ、なんででしょうね。世の中わからないことがたくさんありますからね。フフフ」
サブローは不敵に笑った。そして壁は壊れた。悠々
と歩くサブロー。廊下を横切り、ふすまを蹴り壊し
て、お座敷の部屋に入った。行く手にはガラスの引
き戸がある。
「なんだ、あっけなく通れたな」
そう言うとサブローは、大きなハンマーで、引き戸
をメチャクチャにして庭に出た。
「ふぅ、やっぱり自然の空気はうまいなー、これが
醍醐味だなー」
と、サブローは言った。庭にはちょこっとだけ、
申し訳なさそうに草がはえているだけであった。
「さぁ、ガンガン行こう!」
と言って、サブローはまた歩きだした。が、突然、
サブローはハッとして立ち止まった。
「今日・・・もしかして・・・水曜日じゃない
か?」
スマホを取り出して、曜日を確認するサブロー。水
曜日だ。
「しまった!私としたことが!」
水曜日は、マカジンの発売日である。
「急いで買いに行かなければ・・・やむをえない、今日は中断だ」
と言うと、サブローは主婦の方を見て
「奥さん、すみません。私は重大な用があるのを忘れていました。今日は帰ります。明日また伺わさせていただきますので、よろしくお願いします」
サブローはきちんとあいさつのできる男であった。
「あーるーこー、あーるーこー、わたーしはーげーんきー」
サブローは歌いながら帰っていった。
「な、なんなのあの人・・・」
主婦は、ただ呆然とそれを見送っているのでし
た・・・
おしまい。