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紅包(ホンバオ)

作者: をはち
掲載日:2026/09/26

赤い封筒は、異国の儀式の入口だった。


数人の外国人に突然囲まれ、突然なかれた経験がある人は、どれほどいるだろう。


それも、日本の関東。人通りも決して少なくない、ありふれた午後の駅前で。日本人は、見て見ぬふりをして通り過ぎていった。


事の始まりは、僕が路上に落ちていた赤い封筒を何気なく拾ったことだった。真紅の、目を引く封筒。


無視できずに、駅前の交番へ届けようと手に取った、その瞬間だった。


七人の外国人が、路上にわらわらと湧き出るように現れ、泣きながら僕を取り囲んだ。一人の男が、カタコトの日本語で何か言い始めた。


「オマエ、チャヤニサーのオットなる。アカイのアケル」


封筒の中には、どこの国のものとも知れぬ紙幣と、名前らしき文字が書かれた紙片。数字はおそらく生年月日だろう。そして、髪の毛らしきものが一房。


大泣きしている若い女性の、娘のものらしい。病気で亡くなった娘が、あの世で悲しまぬように、夫となる者を探していたのだという。


誰もが赤い封筒を無視する中、僕だけが拾い上げた。だから僕が選ばれたのだと。カタコトだった男の言葉は、次第に流暢になっていった。


「これは台湾の儀式です。とても大事な儀式。死んだ娘があの世で寂しい思いをしないように。夫となる人間を探す、伝統ある儀式です。


断ることはできません。おめでとうございます」


取り囲む人々が、泣くのを止め、今度は口々に「おめでとう」を投げかけてきた。何のことやら、わからなかった。


僕は「ここは日本ですよ。そんなものは通用しません」と言った。


すると男は、静かに、しかしはっきりと告げた。


「夫にならないと、あなたは呪われます。ただそれだけです。ただひとつ、解決する方法があります」


僕がどうすればいいかと尋ねると、答えは簡単だった。


「違約金を払えばよい。十万円」


「持っていない」と僕は答え、その場を立ち去ろうとした。だが、彼らはどこまでもついてきた。


「わかった、わかったから…。僕が夫になるから、勘弁してくれ」


浅はかにも、そう言って彼らを帰してしまった。その夜から、何かの気配がし始めた。


異国の香料の匂いが、ふと鼻をかすめる。誰かの視線を感じ、振り返っても誰もいない。部屋の隅に、うっすらと人影が揺れている気がする。


僕はなんとかしようと、十万円を貯めた。そして、彼らと再び出会うことを願って、あの通りを幾度も行き来した。


だが、彼らは二度と現れなかった。代わりに、日に日に、娘の存在だけが濃く感じられるようになっていくのだった。


夜更け、ふと目を覚ますと、枕元に赤い封筒が置かれていることがある。


中を開けると、あの紙片と、湿った髪の毛。


「夫になったのに、なぜ会いに来てくれないのですか」


耳元で、カタコトの、しかし優しい声が囁く。


もう、逃げ場はない。彼女は、あの世で僕を待っているのだ。

読んで頂き有り難う御座います。

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― 新着の感想 ―
以前、台湾に旅行で行った時に本物が落ちているのを見ました。 現地ガイドの話だと冥婚自体は現在認められていないらしいのですが根強く残る風習らしいですね。
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