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祭囃子

作者: 忍び足
掲載日:2026/07/19


私の祖父の故郷は、山に囲まれた小さな集落だった。


村には「送り祭」という祭りがある。


不思議なのは、その祭りを見たことがある人間が、誰一人として祭りの話をしないことだった。


聞いても笑ってごまかされる。


祖父だけが、一度だけ真顔で言った。


「祭囃子が聞こえても、絶対に探すな。」


理由は教えてくれなかった。


---


祖父が亡くなって数年後。


私は遺品整理のため、その村を訪れた。


泊まった夜。


時計は午前二時を回っていた。


遠くから、笛の音が聞こえた。


ヒィー……


続いて太鼓。


ドン、ドン、ドン。


静かな山奥には似合わないほど賑やかな祭囃子だった。


窓を開ける。


真っ暗な山道。


提灯も、人影もない。


なのに音だけが聞こえる。


近所の家々は真っ暗だった。


誰一人、外へ出る気配はない。


私は急に祖父の言葉を思い出した。


「探すな。」


だが、人間というのは不思議なもので。


止められるほど確かめたくなる。


懐中電灯を持ち、音のする方へ歩いた。


---


祭囃子は、逃げる。


近づいたと思えば遠ざかる。


山道を十分。


二十分。


三十分。


笛も太鼓も、ずっと少し先から聞こえる。


気づけば、見知らぬ山奥だった。


突然。


音が止んだ。


辺りは静まり返る。


その時。


背後で誰かが囁いた。


「間に合った。」


振り返る。


誰もいない。


---


翌朝。


私は村の人たちに昨夜のことを話した。


全員の顔色が変わった。


年寄りの一人が震えながら聞く。


「……祭りは見えたか?」


「いえ。音だけでした。」


その場にいた全員が、大きく息を吐いた。


安堵していた。


私は理由を尋ねた。


老人は長い沈黙のあと、ぽつりと言った。


「見えなくてよかった。」


「昔な。」


「祭囃子が聞こえるたび、若い者が見に行った。」


「帰ってきた者は、一人もおらん。」


「だから、探すなと言い伝えてきた。」


私は頷いた。


やはり怪異だったのだ。


そう思った。


だが老人は、首を横に振る。


「違う。」


「帰ってこなかったんじゃない。」


「帰ってきた。」


「ただ……」


老人は私を見つめた。


「帰ってきた全員が、自分は祭りなんて見ていないと言った。」


私は背筋が冷たくなった。


「じゃあ、行方不明って……」


「誰が言った。」


老人は静かに笑った。


「ちゃんと家へ帰って、家族と暮らして、年を取って死んだ。」


「みんな普通だった。」


「ただ、一つだけ同じことがあった。」


「亡くなる前の日に、必ず言うんだ。」


老人は窓の外の山を見た。


まるで誰かを待つように。


そして、小さな声で言った。


「今夜は、迎えが来る。」


---


私は笑い話だと思うことにした。


その日の夕方、村を出た。


車を走らせ、山を下る。


バックミラーに、村が小さく見えた。


その時だった。


ラジオは消していた。


車内には私一人。


それなのに。


どこからともなく。


ヒィー……


笛の音。


続いて。


ドン。


ドン。


ドン。


祭囃子が聞こえた。


私は反射的にバックミラーを見た。


山道には誰もいない。


それでも音だけが、少しずつ近づいてくる。


まるで。


「今度は、お前の番だ。」


そう知らせるように。

風鈴を見てくれた方がわりといたのでもう一本書いてみました

夏の夜に涼しくなってもらえれば幸いです

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