祭囃子
私の祖父の故郷は、山に囲まれた小さな集落だった。
村には「送り祭」という祭りがある。
不思議なのは、その祭りを見たことがある人間が、誰一人として祭りの話をしないことだった。
聞いても笑ってごまかされる。
祖父だけが、一度だけ真顔で言った。
「祭囃子が聞こえても、絶対に探すな。」
理由は教えてくれなかった。
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祖父が亡くなって数年後。
私は遺品整理のため、その村を訪れた。
泊まった夜。
時計は午前二時を回っていた。
遠くから、笛の音が聞こえた。
ヒィー……
続いて太鼓。
ドン、ドン、ドン。
静かな山奥には似合わないほど賑やかな祭囃子だった。
窓を開ける。
真っ暗な山道。
提灯も、人影もない。
なのに音だけが聞こえる。
近所の家々は真っ暗だった。
誰一人、外へ出る気配はない。
私は急に祖父の言葉を思い出した。
「探すな。」
だが、人間というのは不思議なもので。
止められるほど確かめたくなる。
懐中電灯を持ち、音のする方へ歩いた。
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祭囃子は、逃げる。
近づいたと思えば遠ざかる。
山道を十分。
二十分。
三十分。
笛も太鼓も、ずっと少し先から聞こえる。
気づけば、見知らぬ山奥だった。
突然。
音が止んだ。
辺りは静まり返る。
その時。
背後で誰かが囁いた。
「間に合った。」
振り返る。
誰もいない。
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翌朝。
私は村の人たちに昨夜のことを話した。
全員の顔色が変わった。
年寄りの一人が震えながら聞く。
「……祭りは見えたか?」
「いえ。音だけでした。」
その場にいた全員が、大きく息を吐いた。
安堵していた。
私は理由を尋ねた。
老人は長い沈黙のあと、ぽつりと言った。
「見えなくてよかった。」
「昔な。」
「祭囃子が聞こえるたび、若い者が見に行った。」
「帰ってきた者は、一人もおらん。」
「だから、探すなと言い伝えてきた。」
私は頷いた。
やはり怪異だったのだ。
そう思った。
だが老人は、首を横に振る。
「違う。」
「帰ってこなかったんじゃない。」
「帰ってきた。」
「ただ……」
老人は私を見つめた。
「帰ってきた全員が、自分は祭りなんて見ていないと言った。」
私は背筋が冷たくなった。
「じゃあ、行方不明って……」
「誰が言った。」
老人は静かに笑った。
「ちゃんと家へ帰って、家族と暮らして、年を取って死んだ。」
「みんな普通だった。」
「ただ、一つだけ同じことがあった。」
「亡くなる前の日に、必ず言うんだ。」
老人は窓の外の山を見た。
まるで誰かを待つように。
そして、小さな声で言った。
「今夜は、迎えが来る。」
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私は笑い話だと思うことにした。
その日の夕方、村を出た。
車を走らせ、山を下る。
バックミラーに、村が小さく見えた。
その時だった。
ラジオは消していた。
車内には私一人。
それなのに。
どこからともなく。
ヒィー……
笛の音。
続いて。
ドン。
ドン。
ドン。
祭囃子が聞こえた。
私は反射的にバックミラーを見た。
山道には誰もいない。
それでも音だけが、少しずつ近づいてくる。
まるで。
「今度は、お前の番だ。」
そう知らせるように。
風鈴を見てくれた方がわりといたのでもう一本書いてみました
夏の夜に涼しくなってもらえれば幸いです




