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II 子供ができることになりそうです


「…………困ったことに、なった」

 侵入者を引き渡したのち、白い研究衣を纏ったお姉様は私の持っていたはずの小瓶を見て眉間に皺を寄せた。

「…………あなたとこのE2056号被験体の子供が出来る可能性3%がほどあるわ。しかし、この施設に不法侵入者が来たことは公表出来ない。この意味、わかるわね」

「あぁ」

 私はこの事業の有用性をよく理解していた。風通しの悪い一族経営の研究所で問題が隠蔽されることもよくわかっている。お姉様は続ける。

「…………今日は冬至祭。このE2056号被験体も近々プロポーズをして相手と共に再訪すると言っていた。世の中には知らないことが良いことが、多くある」

「わかっている」

 眩暈がする。こんなミスで全く縁もゆかりもない人物との子供ができるかもしれない。仕事だってどうなることか。折角、男社会である魔騎士の中でここまで務めてこれたというのに。

 しかし、そんな考えはお姉様の次の行動で吹き飛んでしまった。

「…………E2056号被験体はこの人。顔を覚えて、会わないように」

 私はカルテを見て言葉を失った。表情を読まれないように咄嗟に踵を返す。

「次の刻から仕事で呼ばれている。すまないがここまでにしてくれ」

 *

(被験体となる個人にお姉様は興味などない)

 お姉様は知らないのだ。私はカルテに掲載されていた精悍な魔騎士を思い出す。決して愛想がいい男ではない。しかし、誠実で仕事はきっちりとこなす。何よりも獲物を狩るときの鋭い眼光が忘れられない。

(E2056号被験体――即ちシグルド=フォン=ロズウェルは私の隣の部隊の隊長。そして――私が密かに想いを抱いている相手だ)

 先程、縁もゆかりもない人物との子供は御免だといったが、相手がシグルドであれば話は別だ。

(絶対に恋が叶わないと思っていた相手との子供ができるなら)

 そして一方で、あの場で知った事実にも少し傷ついてしまう。

(シグルドには好きな相手が居るのだな。これからどんな顔をして会おう。いや……いつも通りか)

 身分差で結ばれることがないことはとうの昔に知っていた。向こうも私のことは恋愛対象としてはみていないだろう。しかし、それでも一縷の望みを捨てられないでいたのだ。

 私は白いフードを下げて長い水色の髪を出す。効果なんてきっとないのに、私はこれがやめられない。

(シグルドに会うときだけは少しでも女らしくしていたい)

 私は疲れた身体に鞭打って、シグルドから呼び出された場所へ向かう。丁度二人で進めていた仕事があり、今日はその用事で呼び出されていたのだ。

 そして、冒頭に戻ると言うわけだ。

 真っ暗な夜の中、待ち合わせ場所に既にいたシグルドに声をかける。これが仕事でなかったら良かったのに。

「待たせて悪かった」

「いや。リノン、こんな日に呼び出してすまねぇな」

「問題はない。『春節の儀』の準備は魔騎士にとって重要な任務だ」

「儀式まであと三月はあるからな。まぁ、俺とお前なら女神様にご納得いただける儀式ができるだろうさ。……違う、こんな話がしたい訳じゃない」

 何故かシグルドの様子が少しおかしいように見えた。この男でも仕事の後の告白に気を取られて緊張することがあるということだろうか。私は助け舟を用意する。

「シグルド、この後用事があるのだろう? 手早く仕事を済ませよう」

「用事?」

「あぁ、今日は『冬至祭』だからな」

 私も可能であれば早く帰った方が良さそうだ。思った以上に消耗が激しい。しかし、そんな様子をシグルドが胡乱な目で見ていた。

「? お前、様子がおかしいぞ。何かあって――! その傷。誰にやられた?」

 私は自分で付けた腕の傷を見咎められる。

「いや……これは」

「馬鹿。見せろ!」

 シグルドが私に触れてくれる。

(もしも、もしも私たちが恋人になれたなら。このように触れ合うこともあるのだろうか)

 そんな甘い幻想を抱いた刹那、私の両腕に植物の蔦のような紋様が描かれた。

「――!」

 この紋様に私は見覚えがあった。

「お前……これ。魔工子宮計画の妊娠紋じゃ……」

「そうらしいな。成功確率は僅か数パーセントと聞いたのだが、成功したらしい」

 平静を装うが嬉しさが滲んでしまう。好きな男との子供が出来る。それがたとえ一方通行であったとしても、この想いが形になるのであれば大事にしたい。絶対に、絶対に隠し通さなければ。

「帰れ。いや、私が帰る」

 私は踵を返すとシグルドが手を引いて引き留める。

「待てよ! 相手は誰だ! こんなときに傍に居ないなんて――それに――」

 私はシグルドの言葉を最後まで聞くことが出来なかった。

(なんだか、急にダルくなって……)

 意識は冷たく、閉ざされていく。倒れていく私の身体を支えてくれる温かい腕の感触だけを覚えていた。

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