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I 魔工子宮プロジェクトへようこそ


 ――時は、数時間前に巻き戻る。


「魔力の供給に来た」

「…………いつも通りそこでやって頂戴」

「あぁ」

 私、リノン=ハートレットは研究所の机にある石板に手を差し出した。白い壁で覆われたこの研究所は王都でも数番目に大きい施設になる。石肌に触れると指先が少し冷たくなって魔力が抜かれていくのがわかった。

 私達はトニシルドと呼ばれる王国の民だ。私達の王都の社会問題は、魔力が高い者が子孫を残すのが難しいこと。優秀な魔力持ちの妊娠では、母体か子供のどちらかの身体に異変が起こることが多い。不幸な出来事を減らすために、国からの要請でお姉様らのグループが開発したのが人の胎ではなく魔術で作った胎で赤子を作る魔工子宮プログラムだ。

「…………今日はあなたの遺伝子情報も頂戴」

「どうしたらいい」

「…………腕を切って。流れる血に魔力を込める。それだけ」

 姉――リリ=ゾクレイは私にガラスの小瓶を渡した。お姉様と目線が合わないのも冷たい態度をされるのもいつものことだ。

「これでいいか」

 私は躊躇することなく腕を切ると、そこから掌におさまるくらいのサイズの小瓶いっぱいに血を入れた。

(これは思ったよりも疲れるかもしれない)

 今日は特にこの年の部署の仕事を納めた後に来ている。この後も呼び出しがあるため体力も魔力も残しておかねばならない。しかし、お姉様は無慈悲にも空の小瓶を追加で用意した。

「…………じゃあ後5本。よろしく」

「……。」

 *

 一時間後。

「これでいいか」

「…………いい。その瓶は第一研究室に持って行って」

「これは遺伝子サンプルなのでは」

 私は魔工子宮プログラムについて詳しくはない。が、これは魔工子宮プログラムの利用者――即ち子供が欲しい人が使うものなのではないだろうか。

「…………何か問題が? あなたの魔力も血も全てはゾクレイ家のためのもの。知能が使えないならそれ以外のもので貢献して」

「そうだな」

 私はゾクレイ家に産まれた。しかし、知力をなによりも重視する研究者の家で知力に恵まれなかった私は、早々になかったものとされ、親戚に預けられたのだ。一方で魔力を持つ素材としては優秀だったらしく、こうして月に何度か呼び出されることがあった。お姉様は去り際にこう言ってきた。

「…………その瓶はこの世界で一番固い鉱物よりも固くする魔法を掛けてある。象が踏んでも壊れない。だから、安全」

 *

(流石に疲労が激しいな)

 表情が見られないように白いローブのフードを深く被り直す。お姉様と別れて6本の小瓶の入ったカゴを持って指定の場所に向かっていると、何やら騒がしい音がした。

『困ります! そちらのゾーンは立ち入り禁止です!』

『わたくしを誰だと思っているの!』

『それは! 個人情報ですよ!』

 研究所員とおそらくは施設の利用者が揉めているらしい。

(なんだ?)

『やめてください! その瓶は他の利用者のもので! ひぇ! 殴らないで!』

 どうやら受付に来た利用者が暴れているらしい。

「やめないか」

 私は思わずカゴを置き、研究員を庇って赤毛ハーフツインテールの女の前に立った。魔術学校の制服を着ていることから十代後半だろう。女は私を見るなり悲鳴を上げるようにこう叫んだ。

「お前はリノン=ハートレット!」

「? 誰だ」

 頭の中を探るが、知り合いにこんな女が居た記憶はない。考えるのを後回しにしてひとまずは暴れる女を羽交い締めにする。

「お前のような()には私の気持ちはわかりませんわ!」

 その言葉と共に投げられたのは、私が先ほど使ったのと同じ小瓶だった。顔に当たりそうだったので思わず避けたけれど、避けた先がよくなかったらしい。

「あ……」

 聞こえたのはパリン、という乾いた音。私はカゴに入れて居た小瓶が割れたことを知る。強度の高いものでも同じ強度のものとぶつけると割れるのだ。身体に走ったのはズン、と重くなるような衝撃。

(これは……マズいのでは?)

 ここで管理しているのは、魔力持ち向けの魔工子宮プログラム。それぞれの瓶の中に入っていた液体は混ざり合うと魔術が発動し、システムが起動してしまうと聞いている。システムが起動するということはつまり、その――。

(いや、今は考えるのをやめよう。まずはこの女をなんとかしなければ)

 私は目の前の赤毛ハーフツインテールの女に手を翳した。

『眠りの風』

 風は実体を帯びて女の四肢を拘束する。魔術学校の制服が宙に浮いた。柔らかに女に眠りをもたらしていく。

「兎に角、貴女は窃盗及び建造物侵入の容疑で管理局に突き出す」


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