XI 【シグルド視点】いい夢を見た、その後に
【寝起きの人•シグルド視点】
(いい夢を見た)
飲み会から帰ってきた朝、俺は健やかな気分で布団から起き上がった。リノンとキスをする夢が見られるなんて幸せ以外の言葉が見つからない。
(もちろん、普段は手を出さないように気を付けている)
いや、気をつけているどころではない。絶対にやってはならないタブーだと認識している。他の男の子供を身籠っている女性に自身の有利な立場――即ち魔力を供給する立場で男女の関係を匂わすことはあってはならない。
例えばお風呂でばったりと裸で出くわしたあの日。着替えの最中に下着を見てしまったあの日。俺はいつだって何も見なかったことにしたのだ。
(リノンは隙が多すぎる)
普段フードを被っているときはガチガチにガードしているのに、一緒に暮らすようになってからは無防備なところを見せてくる。きっと思わぬ体調の変化からなのだろうが、手を握りながら眠ってくれる様子は俺にしか懐かない野生動物を手懐けたような感覚がする。
(だからこそ俺がしっかりと意識を取って線引きをしないと)
しかし、アレはあまりにも現実的な夢であった。リノンの柔らかな唇、甘い吐息は実際にあったことのように感じる。
「リノン、おはよう」
俺は横で眠っているはずのリノンに声を掛ける。
「リノン……?」
いつもならまだ俺が起きる時間リノンはおきていない。俺は寝坊していない。つまり、リノンが早く出勤したらしい。真面目な性格のリノンは早出の時は必ず連絡をよこしたはずだ。
俺の背中に嫌な汗が流れた。
(…………。まさか、現実でやらかしたか?)
少し離れたところで丸まって眠る聖獣に声を掛ける。
「シシー。昨日、俺、酔ってたか?」
俺の長年の相棒であるドラゴンは大きく頷いた。
*
「…………。」
その日、俺は兵舎で平静を装っていたつもりではあったが、そうにはみえなかったらしい。
「これは友達の話だが、好きな女に恋人が居るのにキスしてしまった場合、どうすればいい」
部下たちに聞いてみるが、そもそも恋人がいる女は好きでも諦める。掠奪するなどとよくある話が噴出する。
「違う、関係性を大きく変えたいわけじゃない」
俺は説明をしようとして――口を閉ざした。友達の話だと言ったはずだ。
「やめよう複雑すぎる」
俺は部下達を散らして仕事に専念する。しかし、雑念は上手く払えなかった。
(お腹の子供共々面倒見てもいいって思ったから俺はリノンを泊めたんだ)
リノンの性格だ。もしかしたら口論になるかもしれない。気持ち悪がられる可能性だってある。しかし、うっかりとはいえキスしてしまったことへの責任は取りたい。
「きちんと告白しよう」
*
その後、急に入った仕事を終えて自家に帰るとリノンの荷物が一つもなくなっていた。テーブルには手紙とお金が置いてある。
(行動が早い)
そういえば俺が惚れた女はこういう女だった。サッパリとしていて行動が早い。
俺は見習わなければと迷わずリノンの部屋に行くことにした。
*
リノンの部屋の前に行くと不思議な匂いがした。まるで、薬品か何かを撒いたような。部屋の前の無色のしみも気になる。
「リノン! 居るのか?」
声を掛けるが返事はない。入れ違いにならないように自分の家に聖獣を返して、俺はリノンを待つことにした。
もうすっかり夜だった。リノンが自宅に帰らないのであれば、他に行き先があるのか心配だ。それに。
(暇になると不安になるな)
今回のリノンの行動が俺が手を出したことに対する不信感の表れであれば、もう俺のところには帰ってこない可能性が高い。
数時間待った。
しかし、リノンは現れず、もう帰ろうかと思った矢先にざわめきが聞こえてきた。魔術で危険を知らせるアラートが鳴り響く。
近くの魔道列車の駅のあたりだった。
「車両事故に巻き込まれて魔騎士が死んだって」
「女の魔騎士だ」
「研究員と一緒に即死だろうって」
「白いローブを纏っていたそうだ」
俺はすぐに現場に向かった。そして、リノンの死体を見たのだ。




