X 【リリ視点】少し前研究所では
【研究員•リリ視点】
――数刻前。
「おやぁ、リリ。お前と聖獣使いとの子供は順調かい?」
「……ええ」
わたしは両腕の妊娠紋をヨヨ=ゾクレイ――即ちお兄様に見せた。お兄様がわたしの両腕を鈍く掴むと肌に線が出来る。
「ははは。お父様も考えたものだ。ゾクレイ家により良い遺伝子を組み込むために、人の遺伝子で勝手に子供を作るなんて」
「……そうね」
シグルド=フォン=ロズウェルの遺伝子を拝借することはお父様の決定で決まっていた。聖獣に選ばれた血であるロズウェル家。その血を受け継ぐ者に聖獣の加護を授けるという。後継である長男の子供を作るとなると揉める可能性が高いので次男が選ばれたのだろう。
(そしてわたしもゾクレイ家の四女)
この少子化の社会にも関わらずゾクレイ家には子供が多い。これはお父様が相手方の様々なリスクを放り出して至るところにタネを撒いているからである。王都では一夫一妻制を取っているにも関わらず、お兄様もリノンも他の兄姉もそれぞれお母様は違うと言えば少しはこの異常さが伝わるだろうか。しかし、お父様はそれを表には出さず全て揉み消している。全ては――
「全ては、ゾクレイの血のために」
わたしがそう答えるとお兄様は満足したように去っていった。
お父様は古の天才『ゼゼ=ゾクレイ』の血を引いている。ゾクレイ家の血を引くものは知において優秀な成績を残してきた。それは時代によって錬金術であったり薬学であったりとその功績は様々だ。それ故に王家からの信も厚く、独特の権力体系を築いている。
最近のお父様の興味関心は専ら聖獣と呼ばれる生き物に向いているらしい。この国の神秘である聖獣の謎を解き明かすべく、聖獣の加護を受けた一族であるロズウェル家に協力を仰いだが、足蹴にされたという。
そこで、とある策略が立てられたのだ。
(シグルド=フォン=ロズウェル、不運な男)
*
昨年。
お父様の招待状で研究所に呼ばれたシグルドは、真剣な面持ちでわたしと対峙した。魔工子宮プロジェクトにおけるモニター依頼という題目だが、特典として金貨や高品質の遺伝子情報の摘出•保存を謳って呼び出している。
勿論嘘である。
シグルドから得られた遺伝子情報を元に勝手に子供を作り、シグルドにはその後のフォローはするつもりはない。そして産まれた子供を使って聖獣の神秘を暴こうという計画である。
(お父様が非人道的な研究をするのには慣れている)
わたしの手もまたひどく汚れている。今更躊躇うものなど何もない――はずだった。シグルドの話を聞くまでは。
『俺……いえ、私には生涯を共にしたい相手が居ます』
相手は非常に努力家で、女の身でありながら魔騎士として身を立てている。彼女と身分に差はあるが、自分は次男で、なんとかしてみせるという意気込みと共に話されたのはどう考えてもわたしのよく知る人物のことだった。外界に疎くたってわかる。
(…………リノンだ)
お父様は昔からリノンが嫌いだ。他のゾクレイに連なれなかった子供達同様、人知れず殺してしまうおつもりだった。
わたしは利用価値があるといってリノンから魔力等を吸い取ることでリノンをお父様から守ってきた。けれど、お父様は魔騎士として成果をあげつつあるリノンに日に日に嫌悪感を増しているのは言葉の節々から感じ取れた。
『ゾクレイの血を引く者が知ではなく武で名を残すなど』
お父様はリノンを親戚に養子に出してしまったけれど、リノンが有名になればどこからかリノンの生まれが漏れてしまうのではと恐れていた。ゾクレイの血の価値は知でしか不要なのだと。
(…………わたしの可愛いリノン。せめて、リノンのことを思ってくれる相手と結ばれて)
シグルドが現段階で信頼に値するかはわからない。でも、リノンとの子供が居れば、リノンを守ってくれるはず。
それに、この魔工子宮プロジェクトの最終目標は王家の血を勝手にゾクレイの家と繋げることだ。お父様がやろうとしていることは正しいとは思えない。わたしはそう考えて、お父様からの反逆を考えた。
*
リノンを呼び出した。
侵入者のせいで綿密に準備をするところが狂ってしまった。双子が出来たのも予想外だ。結果的にリノンとシグルドの子供を作れたけれど、あれからリノンとは一度も会えていない。
(……まぁ、今まで冷たくしてきたから当然)
あの子がわたしを信用しすぎないように距離をとってきたのはわたし自身なのだから。
(……このインクもそろそろ描き直さなければ)
研究所ではリノンの代わりにわたしが妊娠したように振る舞うために妊娠紋を自分で描いた。魔工子宮での出産は生体の妊娠より三倍早く、生まれてくるときは母体にテレポートで産まれてくる。だから、地下の魔工子宮として動いているガラス管さえ無事ならば問題ない。
(!? 妊娠紋のインクが変色してる!?)
まるで、これが偽物であることを知っているかのように、お兄様が触った部分の塗料が変色していた。
(……これは……)
私は鍵を使って研究所の地下に下りる。
ここは研究員すら立ち入れないと言われているがそれは嘘だ。だって、立ち入れなかったら不正が出来ない。
魔工子宮の役割をしているガラス管を二つ抱えたお兄様が立っていた。
「残念だよリリ。この血は汚れた血――末妹のものじゃないか」
*
「……リノン……会える……かな」
お兄様に緊急用に作っていた催涙魔術を喰らわせた後、わたしはガラス管を魔術鞄に入れて運んだ。お兄様の反撃で内臓のあたりが少しやられてしまったらしい。
ヨヨお兄様は強い。どんな卑怯な手を使ってくるかわからない。それでも、この子達をリノンに渡さなければ。
いざというときのための準備をしておいて良かった。リノンの部屋の前で待っていると意識が朦朧とした頃に声が聞こえた。やっとの思いで子供達を託す。
「私が助けるからな」
けれど、その後に聞こえた悲鳴で――私は――。




