IX お別れはすぐそこに
「や〜っぱり、嫌ですわ! 嫌ですわ! 嫌ですわ! 嫌〜ですわ!」
演習が終わって帰る頃。ツインテールの女、フレイズが私に絡んできた。どうやら私の部下にこってりと絞られたようだが、まだ何か文句があるらしい。
「見習いとはいえその口の聞き方はどうにかならないのか」
「まだ配属されていませんもの!」
春からの配属ということは丁度私と入れ違いになるだろう。周囲には伏せているが私はこの冬が終わる頃には部隊を去っている算段だ。そんなことは知らず、フレイズは私にこれを見なさい、と言って目を覗き込ませた。
(シグルドと同じ紋様。だが、薄く、片目にしかないな)
フレイズの話を聞くと彼女はロズウェル家の分家筋の者で、シグルドの従妹にあたるらしい。
「ズバリ聞きますわ! あなた、シグルド従兄様とどういう関係でして!」
「仕事上の知人だ。最近は仲がいい」
これは間違っていない。昨夜は誤ってキスをされてしまったが、我々の元々の関係性は仕事関係の知人である。
「今まであなたの話が親戚の集まりでシグルドお従兄様から出るたびに男だから良いと思っていました! いたんです! ですが、女であれば許せませんわ!」
(シグルドは親戚の集まる場で私の話をすることがあるのか)
私は少しだけ誇らしい気持ちになった。次のフレイズの言葉を聞くまでは。
「わたくしは見たんです! 貴方がシグルドお従兄様と一緒の家に帰るところを!! これも男ならと思っていましたが、女! 女! シグルドお従兄様がわたくしの告白をお断りになられたのも理解できません。伯父様が手配した婚約の件を止めてらっしゃるのも理解出来ません。あまつさえ! 年明けの親族会議では相手を連れてくると言っていたのにすっぽかして!」
情報量が多い。
ひとまずわかることと言えば、私の存在がシグルドの未来に影をさしそうだということだ。
(潮時だな)
そもそも、すぐに離れる予定だったのだ。
「問題ない。少し事情があって世話になっていただけだ。今日出ていく」
去る前に一つだけフレイズには聞いておきたいことがあった。
「そういえば何故、あの日瓶を盗もうとしたんだ?」
*
シグルドの家の合鍵は一緒に暮らし始めたその日に貰った。人の背丈よりも大きい聖獣が不便ないようにと、用意された広い家。この家が我が家のように思えていたのはきっと、シグルドも聖獣も私を快く迎えてくれたからだ。
(お別れは辛いが、しょうがない)
私は少ない荷物をまとめる。
(事前に手紙をしたためておいて良かった)
きっと近いうちに離れるはずだと思い、いつでも去れるように御礼の手紙は書いておいた。テーブルのわかりやすい位置にお金と一緒に置く。合鍵はポストかどこかに入れておこう。
(…………。)
ふと、花瓶に生けられている紫の花が目に入った。あれから一ヶ月近く経つのに枯れる気配がないのは、魔法で保存処理がされているからだ。シグルドは一体誰に渡すつもりだったのか、一ヶ月あっても聞くことはできなかった。怖かった。これだけ良くされているのに、一緒に住んでさえいるのに、シグルドが好きなのは他の女なのだという事実が私を憂鬱にさせた。
(一輪だけ)
沢山咲いた小花の中で、一番小さな花を小刀で切って手帳に挟んだ。私はフレイズを責められないかもしれない。フレイズは魔法の瓶を盗もうとした理由を「好きな人のものを何か一つでも手に入れたかったから」と答えた。私もそうだ。魔工子宮で出来ているというシグルドとの子供だけでは飽きたらず、気持ちさえも欲しいと思ってしまっている。
そのような強欲さは、許されない。
(さようなら)
*
自分の住んでいる部屋の前に戻ると、ドアの前に座り込んでいる人影が見えた。足元には血溜まり。
「…………リノ……ン」
「お姉様!?」
血だらけのリリお姉様は私に大きなバッグを渡す。高度な魔法術式が組み込まれたバッグだ。
「……追われている。この子達を連れて逃げて」




