プロローグ
氷雨そら先生、木村ましゅろう先生のシクベ企画に参加しています。完結まで少し時間がかかります。
【魔騎士•リノン視点】
それは、大きすぎる幸福と心を突き刺す悲しみが同時に降り注いできた日の出来事だった。
*
「リノン、こんな日に呼び出してすまねぇな」
一年の最後の日。『冬至祭』は冬の暮れを大切な人と祝う日だ。真っ暗な夜を魔法の光がまるで光の帯のように点々と煌めき、暗闇を幻想的に彩る。恋人達を祝福するこの日に私を呼び出したのは、私の恋人ではない。
(いつ見ても美しい眼だ)
聖獣を使役する力を持った一族である彼は特別な眼をしている。氷魔法で作った結晶のような紋章が眼の奥に浮かんでいるのだ。彼の名はシグルド。中肉中背の体躯に黒のフード付きの魔騎士の制服を纏った彼は、黒の髪をほんの少しだけ後ろでまとめている。そして隣には彼の聖獣である黒いドラゴンを引き連れていた。
私は別部隊である彼に礼をすると、なんでもない風を装って声をかけた。
「問題はない。『春節の儀』の準備は魔騎士にとって重要な任務だ」
「儀式まであと三月はあるからな。まぁ、俺とお前なら女神様にご納得いただける儀式ができるだろうさ」
シグルドと私は先の任務のために協力関係にあった。私達は同じ魔騎士として以前から顔見知りであり、お互いの実力を認め合っている。しかし、私が彼に抱く感情はそれだけではない。
(好きだ)
私はもう、ハッキリと彼に恋愛感情を抱いていることを理解していた。一方で、この想いが成就しないことも既に知っていた。彼は特別な血を持った名門貴族の出身で、私のような弱小貴族との婚姻は認められていない。それに――
「シグルド、この後用事があるのだろう? 手早く仕事を済ませよう」
「用事?」
彼には用事があるに違いない。ふらつく体で私は彼の手の紫の花を認めた。
「あぁ、今日は『冬至祭』だからな」
「? お前、様子がおかしいぞ。何かあって――! その傷。誰にやられた?」
シグルドは白のローブからはみ出た私の腕の傷を見咎める。これは関係がないのだが、どうも力が入らない。先程から身体中の力が抜けていく感覚が止まらないのだ。
「いや……これは」
「馬鹿。見せろ!」
シグルドが私の手に触れたとき、私の両の手先から黒い蔦のような紋様が肘まで伸びていく。
「――!」
この紋様に私は見覚えがあった。
「お前……これ。魔工子宮計画の妊娠紋じゃ……」
「そうらしいな。成功確率は僅か数パーセントと聞いたのだが、成功したらしい」
数時間前、私は事故のようなものに巻き込まれた。魔工子宮計画では身体の交わりなしに魔法の力で子供を作ることができる。ひょんなことから私の遺伝子情報と盗難された男性遺伝子情報――即ち、シグルドの遺伝子情報が交わってしまったのだ。
(知らない間に自分の子供が出来てしまっているなどとシグルドに明かすわけにはいかない)
「帰れ。いや、私が帰る」
私は踵を返すとシグルドが手を引いて引き留める。
「待てよ! 相手は誰だ! こんなときに傍に居ないなんて――それに――」
シグルドが何かを言っているが、目の前の景色が混ざっていってなにもわからない。しかし、私が彼に二度と会うべきではないことだけはわかる。
(私は……絶対に秘密にするからな)
『冬至祭』に紫の花をプレゼントすると恋の告白になる。今日彼は、私の知らない好きな女の人に告白するのだ。そういう計画だと聞いてしまった。
(その花、私が…………欲しかったな)
願い事は叶わない。
深い微睡の中に私の意識は沈んでいった。




