第三十八話 絶交のはなし
――些細なことだった。
それは話が通じるようなものではなく、かなり一方的で気が滅入るような言葉責めばかり。
マナカの祖父はカウンターから、眉をしかめて様子を窺っていた。
「ヒマリの頭にボールが当たったのよ。成績が落ちたら、どうしてくれるの?」
二日酔いを隠すように濃厚なメイクをしたヒマリの母親は、胸元の開いたカクテルドレスに上着をかけ、マナカの母親に詰め寄った。
「マナカはちゃんと謝ったのよ。ヒマリちゃんも許してくれて、ケガだってしてない。ボールもやわらかいものだったし――」
「テストで一点でも落ちたら、責任取ってくれるわけ?」
化粧に皴が寄るほどに睨みつけてくる。
マナカの母親は身を守るように一歩下がった。
祖父は、小さく息を吐き出すと、ゆっくりとした足取りで外に出た。
「あーすまんが店の前でケンカすると営業妨害になるから、やめてくれんか。テストで一点なんか誤差だ、誤差。次のテストでうちの孫より点数悪けりゃ、俺がなんぼでも責任とる。病院だって連れていく。そんなに我が子の頭が心配なら、まずはヒマリちゃんのそばにいてやらんか」
「なによ……いつもマナカちゃんにボール遊びばかりさせてほったらかしにしてるアナタたちに言われたくないわ! 点数が落ちたら責任取ってもらうわよ!」
ヒマリの母親はさらに表情を険しくさせて、怒りで肩を揺らしながら立ち去っていく。
ふう、と呼吸を整えたマナカの母親は、少し緩んだ表情で祖父に何度も頭を下げていた。
「ありがとうございますお義父さん」
「いいさ、ママ友づき合いも大変だな。ありゃヒマリちゃんのお母ちゃんなんだろ?」
「はい……でも黒松さん、本当はあんな人じゃなかったんです。前にお店に来たお客さんとお子さんの話をしてから急に」
「ヒマリちゃんは元々頭良いから、一流の大学に行けるってか?」
「多分……」
お店の裏口からマナカが様子を見るように、顔を覗かせている。
祖父と目が合う。
マナカは体を引っ込めて、本棚の壁を背にして座り込んだ。
「こんにちは」
それから間もなく、今度はランドセルを背負ったヒマリがやってきた。
肩ベルトに皴できるぐらい、ぎゅっと握り締めている。
「マナカちゃん、いますか?」
呼び出されたマナカは、何を言われるのかという怖さに俯き、足が落ち着かない。
「どうしたのヒマリ、頭痛い?」
「ううん、やわらかいボールだもん、全然痛くなかったから大丈夫。あのね、マナカ――」
ヒマリは一秒だけ目を右上に動かす。
「絶交しよう」
力いっぱい肩ベルトをギリギリと鳴らし、声はしぼんでいく。
マナカは突然のことに困惑気味に眉を下げた。
「え……ど、どうして? ボール、当たったから? お母さんに言われたの?」
一歩踏み込めば、ヒマリは一歩下がる。
ヒマリは静かに、胸の奥を抑えながら首を振る。
「私が決めた。もう友達なんかいらない。マナカ……」
「や、やだ、お願い、絶交なんて言わないでよぉ」
苦しさで胸がギュウギュウになり、マナカの目から勝手に涙が溢れてくる。
「ごめんなさい、マナカ。もうボール遊び……しない。もう友達もつくらない。これがいちばん良いこと、多分――」




